due
落ち着け。
落ち着いて素数をかぞえるんだ。
え~っと、1、2、3……。あれ? 1って素数だっけ……などとすっかり動揺している俺を尻目に、芦名美馬はさっさと服を脱ぎ始めた。
「おいっっ!! 何やってるんだよっっ!!」
「服を脱いでいるんだよ」
俺があわてて窓の方を向いたのは言うまでもない。
「着替えないの?」
「そっちが着替え終わってからでいいよ」
「ふうん」
俺は美馬が着替え終わるまで、窓のほうを向くことにした。
が、窓に美馬の着替え姿が反射されて映っている……。
俺は大急ぎでカーテンを閉めた。
「僕はもう着替え終わったよ」
「え?」
やけに早いな、と思った。
執事の服なんて、そんなにすぐ着替えられるか?
しかし、ウルトラマンだって3分あれば怪獣をスペシウム光線で倒せるだろうから問題ないか……。
そう思った俺は安心して振り返った。
全然着替え終わっていなかった。
スポーツブラにパンツ一丁。
はじめて見る同じ年頃の女の子の下着姿。
「あ、あ、あわわわわわわわわわ……」
すっかり動転してしまった俺は、どうしたらいいかわからない。
素数をかぞえる余裕もない。
視線を逸らそうにも目を背けることができない。
まさか間近で女の子の下着姿を見ることになろうとは……。
「どうしたい、顔を真っ赤にして。熱でもあるのかい?」
「いや……」
こっちも好きで茹でダコになってるわけじゃないから……。
いや、見ていいならいくらでも見ていたい。
しかし、21世紀の日本でしかも公共の場で女子高生の下着姿を間近で見ていたらそれは変態さんになっちゃうんだよぉ……。
「妹子は純情だねぇ。着替え中、一度もこっちを見ないよね」
美馬は腰に手をあてて余裕の態度だ。余計な脂肪が一切ないスリムな体型だ。贅肉がないのはサッカーのおかげだろう。
「どう?」
「どうって……」
「僕の身体。どう?」
「とても綺麗だよ。それに……」
「それに?」
「理想の体型だよ。僕が代わりたいくらいだよ」
その瞬間、美馬の後頭部で見えないスイッチが点いたような気がした。
「妹子。それってどういうことだい?」
「……美馬?」
「僕が男みたいな身体だと言いたいのかい?」
「美馬、それは……」
「貧乳だと言うのかい? カップはAAなのは女として生きる価値がないとでも言いたいのかい? 空母の甲板みたいに飛行機で滑走できるような凹凸のない身体だと言いたいのかい?」
「そ、それは被害妄想だろっっ!! いまの会話からどうすりゃそういう考えが生まれるんだよっっ!!」
「そんなことよりもさっさと妹子も服を着なよ」
「いや、そっちが先に着替えろよ……」
「そうだ。いい事を思いついた」
美馬はニヤリと笑った。
「せっかくだから僕が服を着させてあげるよ」
「……何を言っているんだ?」
「だって、このまま会話してたってラチが開かないじゃないか」
美馬が近づいてきた。
何をするかとおもえば、ズボンをいきなり下げた。
が…………。
「ごめん。パンツまで一緒に下げた」
下のほうがすごくスースーする。
ということは。
剥き出しのものがそのままの状態で露出しているわけで。
しかも、それを美馬がすぐ近くで見ているわけで……。
「うわああああああああああああああああ!!」
「いや、ごめん」
パンツだけ元の位置に戻した。
しかし、もう一度パンツを下げる。
「でも、妹子のはこうなってるんだ……」
「やめてくれっっ!! 頼むからっっ!!」
俺はパンツを強引に元の位置に戻した。
こいつ、とんでもない女だ……。
この瞬間、俺の男としての誇りは完全に崩壊した。
「さて、時間がないからさっさと着替えようか」
美馬は箱を開けると、白いスカートのようなものを手に取った。
「それ、スカート?」
「違うよ。パニエだよ」
「パニエ?」
「パニエとか知らないだろう。これを下に穿くとスカートにふくらみが出て、いっそう女の子らしくなるんだよ」
つまり、女性の下着のようなものか……。
パンツの上に女性ものの下着を身につけるなど、どう考えても変態行為だ。
「足を上げて」
美馬はパニエを手ににじり寄った。
「君は女物の下着なんか身につけたことないだろう。僕が穿かせてあげるよ」
「嫌だよっっ!! そんなの……」
「足を上げるんだ」
命令だった。
逆らえなかった。
俺は、右足から上げた。
涙が流れた。体がすこし震えていた。
「片足だけで立つのは不安定かい? 僕の肩に寄りかかっていいよ」
美馬の双眸は爛々と輝いている。
俺は美馬の着せ替え人形のような状態だった。
「さあ。どうだい……」
青いトランクスの上に白い透けたパニエ。
お父さん、お母さん。ごめんなさい。
俺、女ものの下着をつけてます……。
「さて、次はワンピースだ。おやおや、どうしたい? 泣いているのかい?」
「いや、そんなことはないよ。ははは……」
「そうかな? トナカイさんみたいに鼻が赤くなっているけど」
「そ、そんなことないよ……」
「男のくせにだらしないなぁ。いや、この場合は『男の娘』のくせに、かな」
美馬は嗜虐的な笑みをうかべる。
頬が紅潮している。
SかMかといったら、ぶっちぎりのドSである。
鬼畜である。サディストである。
「次はワンピースだよ、自分自身で着れるだろう?」
そう言って、黒いワンピースを俺の目の前に突き出した。
俺は仕方なく服を着替えた。
美馬は俺の着替えの様子を、人指し指を噛みながらじっと見ていた。
「素晴らしいよ! 素晴らしいよ妹子!」
美馬は、吼えるように叫んだ。
「君はやっぱり素晴らしい『男の娘』だ! 僕の見立てに間違いはなかったよ!」
ワンピースが着替え終わると、美馬はいてもたってもいられない状態になっていた。エプロンを持ってきて自らの手で俺の腰につけた。
「見てごらん! 見事なメイド姿だろう! 最後はカチューシャだ」
カチューシャが装着されると『男の娘』の出来上がりだった。
『男の娘』なんて漫画の世界の話だと思っていた。
でもこれって哀しいことに現実なのよね……。
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