第21話 母の力

 デッシュはいつの間にか手にした鞘に入ったナイフをくるりと空中で一回転させキャッチすると、それを私へと差し出す。


「さ、どうぞ」

「……何のつもりだ」


 魔物の姿である私に平然と武器を差し出すデッシュに不信感を感じながら立ち上がる。先ほど浴びせられた液体のせいか、はたまた自身の持つ凄まじい回復力を持つ能力のせいか、痛みは感じるもののその痛みにさえ耐えられれば走れる程度に身体は回復していた。


「おや、喋れるんですか。これは興味深い。ところで貴方方は――っとっと」


 少し動けるようになったとはいえ、万全でない私の剣戟はデッシュの軽やかなバックステップを捉えきることが出来ずに空を切る。私の敵意にデッシュは少しも怯むことなく薄ら寒い笑みを私に向けている。


「お前、魔物に対して何のつもりだ?」

「何故魔物などに手を貸すのだ!?」

「何って、さっき言ったじゃないですか。面白そうな展開になるからって。簡単な話ですよ」


 デッシュはくるりと身を翻し、バーバーの隣へと静かに移動する。そして、恐怖のせいか震えたまま動こうとしないバーバーの顔を覗き込む。


「どうせ死んだら全て無意味になるんです。だったら少しでも自分が面白いと思えるように努力するのが人間ってものですよ」


 デッシュは本当に嬉しそうにそう呟くと、バーバーの肩に手を置きこちらに笑みを向ける。


「さて、僕のやることはもう無さそうなので帰りますね」

「……貴様ぁ!!」

「あ、そうだ」


 女王陛下と呼ばれた女は叫ぶが、まるで動物園の動物にするように手を振っりながら無防備な背中を曝け出す。しかし、部屋の出口である扉の前で立ち止まると、何かを思いついたかのように声を上げる。


「事が済んだらまた会いましょう。会わせたい方が居ますので」


 私へと視線を向けうすら寒い笑みを浮かべながらそれだけ言うと、私達からの攻撃など無いと確信しているのか、無防備な姿を曝け出したままに部屋から出て行った。


「殺らなくて良かったのですか?」


 デッシュが出て行った後にできた一瞬の静寂を打ち破るように、肩を押さえたストリゴが私の横へと並ぶ。押さえた肩から流れ出る鮮血はストリゴの服を赤く染めあげているが、致死量では無い事が直感的に判断できた。


「いや……そうだな」


 確かにデッシュは無防備だった。だが、それ以上に奴が持つポテンシャルが不明瞭であり、私やストリゴが手負いの為殺さなかった。と、いう建前はあるものの、隙だらけのデッシュはこの上なく無防備であり、不気味に感じた奴を殺すことができなかった。そう表現する他ない。


「だが、殺すのは話を聞いた後でいいだろう。それに、それならストリゴ、お前が殺せばよかっただろ?」

「……そうですね」

「まぁ、ともかくだ」


 半ば責任を押し付けるように話を終わらせ、少しだけデッシュが出て行った扉の向こうを警戒しながらその対面で佇む女に視線を投げる。


 豪華なドレスを着飾った女は先ほどの様子からは打って変わって表情に怒りの色はなく、覚悟を決めた表情で鋭い眼差しを私達はと向けながら、短いナイフを構えている。


「随分とやる気みたいだ」

「そのようですね」


 女の立ち振る舞いはつい先ほど仲間を殺された者とは思えない程冷静であり、加えてその立ち姿を見るだけで武術をある程度嗜んでいる者と分かる程度にはしっかりした構えだ。


「ストリゴ、やれるか?」

「ええ、やります」


 ストリゴの言葉を聞き、私はブレイブの首を刎ねた剣を持ち直す。女は扉の前でまるでそれを守るかのように立ちはだかっている。


雷槍ライトニングランス

血霧ブラッドミスト


 腹の痛みに耐えながら距離を詰める私へ女は剣先から雷撃を飛ばす。だが、直後にストリゴによって私の周囲には赤い霧が発生し、私に届く前に雷撃が霧散する。


「っらぁ!!」

氷壁アイスウォール


 私が女へ放った横なぎの剣戟は女の前に突然現れた氷壁によって阻まれる。


融解メルト

「なっ!?」


 そして、女の言葉と共に氷壁は水へと変化し、その水の隙間から突き出た女のナイフが私へと突きだされる。が――


「な――がっ!?」

「残念だったな」


 女から突き出されたナイフは耳に残る金属音を響かせるのみで私に突き刺さることは無く、女の攻撃に構うことなく再度振るわれた私の剣により、女の腕が肩口から切り落とされる。


「い゛っ……」


 女は豪華なドレスに鮮血をまき散らしながら後ずさる。だが、それでも諦めていないのかその刺すような視線はじっと私を見据えており、そこに絶望や諦めといった感情は一切感じ取ることができない。むしろ敵意はさらに増しており、腕を失っているにも拘らず、無意味さが証明されたはずのナイフを私へと向けている。


「あ゛あ゛―――」


 ナイフを突きだす女に私は同じく剣を突きだす。


 リーチの長い私の剣は女のナイフが届くよりも先に女の喉元へと到達し、女は首から血を噴出しながら仰向けに倒れた。倒れた女は身体をぴくぴくと痙攣させながらも未だ息絶えていないようで、その瞳をただ天井に向けている。


「かあさ……ま……」

「……ん?」


 女がすでに攻撃できる状態に無い事を確認した後に、その僅かばかりに残った命の灯を消そうと女に突き刺さった剣の柄に手を伸ばしていると、自身の横側から木の軋む音と共に少女の声が耳に入る。


「か……かぁ……さ……」


 声の方向へと視線を向けると、眼下に倒れている女によく似た少女が震える戸惑いと恐怖の色を含ませた声を発しながら眼下に倒れる女を見つめている。少女の視線は女へと釘付けになっており、その様子は私の存在すら認識する余裕などないらしく、今にも転びそうな危うい足取りでゆっくりと女へと足を運ぶ。


「なん……え……血が……」


 少女は女の傍まで到達すると、眼下で倒れている女を見つめながら、その瀕死の状態をゆっくりと認識し始める。


「何が……かあさま……何故……倒れているの……ですか……?」

 

 少女は声を絞り出す。儚げで吹いてしまえば消えそうなそんな声を発する。しかし、喉を貫かれた女にはそれに答える術は無く、代わりに少女へと血にまみれた手が伸ばされる。


――生きて




「あっ……」


 しかし、女の手は少女の頬へ僅かに指先が触れた後に急激に力を失い、自身から作られた血だまりへと落ちた。


「どういう……こと……ですか……?」


 少女はゆっくりと言葉を吐き出す。すでに少女の眼下に倒れる女の瞳に光は無く、それを認めたのか少女は頬に涙を伝わせながら私へと振り向いた。


「……」

「なんで……かあさまは……」


 私はゆっくりと女に突き刺さった剣を引き抜き、それを少女の首元へと運ぶ。少女は抵抗どころかそんな動作のどれか一つにさえ意識を向けていないようで、異形である私の瞳をじっと見つめ続けている。


「なんで……?」

「……」


 私は少女の首元へと狙いを定めた剣を振りかぶる。


「……!?」


 しかし、眼前で静かに泣く少女が、かつて私が助けられた少女、アビーの姿と重なり、それと同時に剣に込めていた力が抜け、剣は地面へと落とした。


「なっ……アビー……?」


 私は瞬きを数度行った後に、再度眼前の少女に視線を向ける。先ほどとは違い、少女の姿はアビーと重なることなく、先ほどと同じ視線が私へと向けられている。しかし、何かが私の行動を邪魔しているのか、不思議と眼前の少女を殺そうとすると、腕の力が抜けていく。


(罪悪感……?)


 眼前に立つ瞳を絶望の色へと染め上げている少女は何をするわけでも無く、それこそ恐怖すら感じないほどの深い絶望に染められた瞳をただ私に向けている。


「……王、殺さないのですか?」

「……」

「王?」


 私は剣を拾い上げ、眼前の少女を見据える。しかし、いくら殺そうと意識を向けようとしても、それに反するように、気持ちが、力が軟弱になり、どうにも殺す気になれない。


「ああ、これには利用価値がある」

「利用価値、ですか」

「あのデッシュの口ぶりから、恐らくこれは王族の娘だろう。ならば、これを利用すればこの国の人間を動かせるだろう」

「……ええ、可能でしょう」

「なら、今わざわざ殺す必要はないだろう。人間どもを監視下に置くという意味ではそちらの方が確実になる。それに上手く操れば人間どもも動かしやすい。殺すなら後でもできるしな」


 ひとまず少女を殺すことを保留とし、ふっと湧いて出た言葉を綴る。そんな考えなど思いつかなかったわけでは無いが、それでも王族を裏からか操る案を取り下げた理由はそれなりのリスクがあるからだ。だが、何故かは分からないが、この少女を今、その策を取らざる負えない。


「そう、ですか。承知しました」

「いや、ここでの管理はバーバー、お前が主導でやれ」

「え……?」


 バーバーは私の声に驚きの声を上げる。バーバーからしてみればここに来てから何もできていないのだから、そんな事を任されるなどと思いもしないことは無理もないだろう。


「安心しろ。すぐに増援は寄越すつもりだ」

「……はい!」


 これまでのバーバーの性格からして、こうしたことに対して気弱な反応を見せるかと思っていたバーバーは、予想に反してどこか決意に満ちた声を上げた。


「行くぞ、後は王だ――!?」


 私はバーバーから強い視線を受けながら振り返ると、私達が来た扉が大きく開かれる。


「終わったようですね」


 開かれた扉の先には、先ほどここから出て行ったデッシュと、その後ろに2人の白いローブを纏った人間が立っている。しかし、デッシュと同じくローブの男も異形である私たちに敵意を示している様子は無い。


「……何の用だ?」

「そんな怖い顔しないでくださいよ。僕らは貴方に危害を加えるつもりはありませんよ、僕たちのここでの目的は完了しましたから」


 臨戦態勢に入る私達とは対照的に、デッシュ達は何をするわけでも無く、むしろ気持ち悪い暗い有効的な口調で話しかける。


「それを信じるとでも?」

「なら、ほらっ」


 警戒する私にデッシュはサッカーボールほどの大きさの何かを投げつける。何かは私とデッシュとの中間地点に鈍い音共に落ちると、そのくすんだ瞳を私へと向けた。


「これはこの国の王様です。……いや、もう元王様ですか」


 デッシュはと呼んだそれに視線を向けることなく答える。そこには笑みは無く、しかし憎しみといった感情も見えない。


「……何が目的だ?」

「そうですね、しいて言うなら」


 デッシュは私を見つめながら笑みを浮かべると、何でもない事の様に言葉を発する。


「この輪廻を壊したいんですよ」

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