第14話 ありふれた日常

 国への侵略。それもここまで強固な壁を築き、疲弊もしていない国を落とすのは至極難しい。その上、私達の国は建国してまだ5年。10日前の初戦闘では種族としての力の差と数の差によって無理やりの勝利を収めたものの、兵士の訓練や軍の統率力の向上以前に食糧の問題や武器、防具などの調達方法などまだまだ国として危うい問題が積み重なっている。そんな自国が国一つを落とすのに真正面から挑んだとして、仮にその国が落とせたとしてもその被害は甚大なものになり、とてもじゃないが他の人間の国と戦う事が出来なくなるだろう。


 そんな私たちが被害を抑えながら国を落とそうとする場合、その手段はいくつかのものに制限される。それも、成功の可能性が極端に低いものに。


・・・


 どこまでも広がる草原と、深く暗い影を落とす森の丁度境界、まるでその部分だけくり抜いたかのように聳え立つ自然ならざる知的生物の手によって造られたであろう石壁を眼前に見据え、この国に忍び込むためのあるものを探す。


「あそこか」


 そして、そう長い時間がかかることなく、あると確信していたそれを発見する。


「やはり、ありましたか」


 見つけたものは川。どちらかと言えば水路に近い森からやってきたそれは吸い込まれるように石壁の内側へと流入している。森から流れている事から、恐らくイーブルグ湿地の水が森を超えてここまで流れていたのだろう。


「……何も出てこないな」


 1時間ほどだろうか。しばらく石壁によって守られているグラント王国を観察しているが、門の外にいるのは3人の門兵のみで、そこから誰かが出てくる様子は無い。時間が悪いだけかもしれないが、案外私たちが来るときに使った転移魔法を活用しているのかもしれない。しかし、転移魔法は相当燃費の悪い魔法だ。魔力消費は重さによって増えていく為、音や小さな物であれば微小な消費で済むが、人や物はそう多くのものは送れないと思うが……。


「い、行かないんですか?」


 そんな物思いに耽っていると痺れを切らしたのか、1時間前から全く変化の見られない強張った表情で私に問いかけてきた。


「今行っても見つかる可能性が高いでしょうから、行くなら見つかりにくい夜にすべきですよ。それに、ガル軍隊長の方からも」

「そ、それはそうですが……」


 私に皮ってストリゴがバーバーの問いに諭すように答える。バーバーはそれに対し慌てて返答をしする。


「だったらなんでここで待ちぼうけているんですか?」

「いや、誰か出てこないかと思ってな。私もあの国へは一度行った事はあるが、内部を全て把握しているわけでは無い。だから、あそこから出てきた人間から地図でも奪えればと考えていたんだが……、どうやら無駄骨になりそうだ」


 私は小さな溜息を吐き出すと、少しだけ肩を落とす。だが、そんな私の期待を裏切るようにストリゴが声を上げる。


「王よ、扉から誰かが出てきました」


 ストリゴの言葉につられて落とした顔を上げると、門に付いている潜戸から人間が3人、外へと出てきているところだった。遠すぎる為、性別や装備などは分からないが、門兵となにかをやり取りしている。


「ストリゴ」

「……軽装備の雄と雌ですね。装備からして恐らく王の言っていたギルドの者でしょう」


 ストリゴは私に言われるよりも前に発動していたであろう千里眼クリアサイトによって仄かに青く光るようになった眼で人間たちを観察する。


「雄2に雌1.雄の1匹の主要武器は片手剣、もう1匹は弓。雌の方は短刀ですかね。罠を作るための道具が多いですね。武器には毒か何かがが塗ってあると考えるのが妥当でしょう」


 ストリゴは遠方の人間を見ながら淡々と語る。


「……そうですね、恐らく森で獣か何かを殺すことを想定した装備でしょう。毒は厄介ですが、王の鱗であればそれも無意味でしょう」


 ストリゴは千里眼クリアサイトを解除すると、私に向かってそう告げる。その口ぶりからストリゴ自身、あの3人に対して苦戦しないと考えているのだろう。


「……森に向かいましたね」


 ストリゴの言う通り、やり取りを終えたのか、3人は門兵から離れ森へと向かって行っている様子が見えた。


「……行くか」


 3人の人間が森へ入るのを見送った後、私達は同じく森へと足を踏み入れた。


・・・


 再び森へと足を踏み入れた私たちは慎重に森の中を歩く。


  昼でもその影を濃く落とす森の中では臆病なくらいに慎重であるべき、そうグーグからは教わった。事実、森の中は一見何の生物もいない様に見えるが、その実、様々な生き物が息づいている。生き物たちの性質は種々様々であり、中には毒を持つものさえいる。どの生物も縄張りに侵入したり、刺激しなければ襲ってくることは無いが、どの行動がきっかけとなるかはそれぞれ異なる為、慎重に動く必要は大いにある。


 その上、ストリゴやバーバーもいる。バーバーはまだいいかもしれないが、ストリゴの場合、自国の領地で農作物を栽培して暮らしていた事から森には不慣れと考えるのが良いだろう。


「それで、奴らは?」


 しばらく進んだのちに歩みを止めた私は、屈んだ姿勢でじっと森の奥を凝視するストリゴに問いかける。


「先ほどと同じく南東に移動してますね。もう少しで出会うでしょう」


 ストリゴは悪びれる様子もなく答える。千里眼クリアサイトは利便性の高い魔法だが、反面欠点もいくつか存在する。その一つが一つは眼前の景色が見れなくなることだ。正確には双方の景色を同時に視る事は出来るのだが、その際に脳が情報過多になり、パンクしてしまう為だ。その為、この森の中では眼前が見えていないストリゴに歩きながら魔法を使わせることができないでいる。


「そうか。なら今のまま進むか」


 私は後ろの二人に合図を送る。二人はそれに答えるように移動する姿勢になるが、その顔からは明らかに疲れが見えている。ストリゴは慣れない森と魔力消費からか。バーバーは先ほどの疲れが残っているのだろう


(まぁ、丁度いいか)


 私は前へと歩を進ませながら、静かに二人に声を掛ける。 


「今の私の現状を確認したい。あの人間どもは私一人で始末するから手を出さないでくれ」


「「……はい」」


 ストリゴからは冷静な、バーバーからは少し安堵を感じさせる返事が返ってくる。


「……行くぞ」


 バーバーに対して多少の不安を感じつつ、私は歩を進め、更に奥へと進んで行く。時折、ストリゴに人間の居場所を確認させながら徐々にその距離を詰めていく。


 そして、


「……あれは、サテュロスですね。数は少ないようですが……」


 4度目の千里眼クリアサイトによって、人間たちの目的が判明する。かつて私の仲間を狩った時と同じく、奴らは敵となりうる脅威を狩るためにこの森へと来たのだろう。


「……急ぐぞ」


 歩く速度を速め、進んで行く。周囲は変わらず森の中だが、さらに奥へ、奥へと進むと、次第に木々の向こう側が明るくなっていく。


「……遅れたか」


 私は小刻みに震える身体を木の影に隠す、背中から血を流した泥だらけの子供のサテュロスを発見し、その姿を一瞥したのちに悟る。


「……ひっ!?」


 突然現れた私達を恐れているのだろう。サテュロスは私たちの存在を認識すると、頭を抱えるようにして顔を体の内側に入れ込むように丸くなる。


「王よ、行きましょう」

「……ああ、バーバーはこいつを見てろ」

「え……? は、はい」


 唖然とするバーバーを置いてストリゴと共に足早に進むと、間もなくして森の開けた場所へと到着する。


 もし、あと数分ここへたどり着くのが早ければ、小屋と呼べるほどの簡素ながらも2つの建物で暮らす6人のサテュロスが居ただろう。しかし、そこに広がる光景は小さな血だまりを今まさに広げている2人のサテュロスに止めを刺す女と、子供を庇いながらも眼前に立つ地に濡れた片手剣を持った人間に恐怖の色を示している者、そして動けないのか全身を小刻みに震わせながらその子供に向かって左手を伸ばす、背中に矢の刺さったサテュロスの姿があった。


「あんまり手応えねぇな」

「まぁ、私達もそれなりってことじゃない――危ないっ!!」


 私は森を飛び出し男への距離を一気に詰め、手に持った片手剣を振り下ろす。


「……!! 他にもっ!?」


 男はすかさず剣で私の攻撃を防ぐ。だが、男の筋力は外見とは裏腹に貧弱であり、私の剣を両手で受け止めきれず、後ろへと吹き飛ぶ。


「こいつっ……くっそ!!」


 だが、それで私が攻撃を止めるわけが無く、更なる追撃を必死に受け止める。しかし――


「かはっ!?」


 私の膝がもろに腹へと入った男は剣を持つ力を緩ませてしまう。私は男の剣を中空へ弾くと、その身体に一筋の斬撃を叩きこんだ。


「……あ゛?」


 男は空中を舞う自分の武器を瞳に映し、そしてその視線を下へ移す。


「え……? あぁ……」


 男はそれだけ言うと、白目を剥いて地面へと倒れる。


「て……てめぇぇぇぇぇぇ……!! なっ……あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ」


 遅れてやってきた女の付きだそうとした手を掴み、腕力に物を言わせ、粉々に砕く。


「ふっ……ふーっ! でめぇ……!!」


 女は私血走った眼をこちらに向けながら私を睨み付ける。私は女の首を無造作に掴み、そして白目を剥いている男の側へと放り投げる。


「ぃだっ……ひっ!?」


 女は眼前に倒れる男を瞳に映すと、小さく悲鳴を上げる。そして、先ほどまでの闘争心が失せて行ったらしく、その身体を小刻みに震わせ始める。


 そんな女の側に近づき、腰を下ろす。


「で、なんで殺した?」


 私は女にゆっくりとした口調で問いかける。しかし、女は唇を震わすだけで何も答えない。


「なんで殺した?」

「……」


 女は震える唇をパクパクと動かすのみ。


「最後だ。なぜ殺した?」

「魔族だから……です」


 女は蚊の鳴くような声で言葉を発する。


「人にとって……あ、危ないから……」

「なら……」


 私は立ち上がり、女が殺したサテュロスを引きずって、地面に血の跡をつけながら女の側へと持ってくる。


「何が違う?」


 私は持ってきたサテュロスと男を顎で指す。男の腹部から溢れだした血はいつの間にか女の頬へ触れるほど広がっており、その鮮血で女の髪を地に染めている。サテュロスも同じく腹部から血を溢れさせながら静かに横たわっている。


「な、何が……ですか?」

「そうだな、これじゃ少し違うか」


 私は剣を男の喉元に突き立てる。


「で、何が違う?」

「……ひっ!?」


 女は何も言う事が出来ずに小さな悲鳴を上げる。


「死ぬ前に一つ教えてやる。俺たちがやっていることもお前らがやってることも同じなんだよ」


 俺はそれだけ言うと、女の首元へと刃を突き立てた。

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