第3章 3人の侵略者

第13話 懐かしき場所

 「……着いたか」


 眩い光が次第に落ち着いた静寂に包まれた洞穴を見回す。石を削りだして作ったであろう台座に地面いっぱいに描かれた魔法陣。どこから来たのか、壁には蔓や蔦が這っている。


 ガル達と別れてから10日後、私達はかつて自国に行く為に使った魔法陣を用いて、逆にかつて俺が暮らしていた大陸へとやってきた。


「ええ、そのようですね」


 右隣では私の声に答えるストリゴの姿が、そして左隣にはどこか不安げな態度で地を踏むバーバーの姿。場所はかつて闘技場から逃げるために使用した魔法陣の描かれた洞窟の中の祠。約5年ぶりに来たが、やはりというかなんというか、当たり前ではあるもののこの洞窟を整備するものはいない。そのため、5年という時間の流れを感じさせるかのように洞窟の壁にはまるで這うように生えた蔓や蔦が見受けられる。


「さぁ、行こうか」


 私はそんな軽い口調で足を踏み出す。ストリゴとバーバーはそれに追従するように後ろを歩きだした。


・・・


「しかし、思ったよりも遠いな」


 祠から出発して約2時間。すでに荒野を超え、視界には平原の景色が映ってはいるものの、目的地は未だに視界の中に無い。


「やはり、王様の言っていた馬車を待つべきでしたかね」


 バーバーの言葉に後悔の念が先ほどよりも少し大きくなる。


 私たちが最初に辿り着いたあの祠は、私がかつて奴隷の時にいた坑道の近くにある。その為、当初はかつてこの坑道に私を連れて行った張本人であるトードーを脅し、馬車を奪おうと考えた。しかし、そのよそくとは裏腹に坑道自体は残っていたものの、その付近にはトードーどころか働らかされている奴隷すらおらず、唯一いるのは腐敗の進んだ痩せ細った人間の死体だった。


「いや、そうとも言い難いでしょう。もし廃坑にでもなっていた場合、時間が無駄になります。その可能性がある以上やめた方がいいでしょう」


 歩き続けているせいか、少し疲れ気味の顔をしているバーバーの言葉をストリゴは否定する。


「それに、もしそのせいで時間が足りなくなった場合、それこそ元も子もありません」

「……そうですね」


 バーバーは少しだけ項垂れながら返事を返す。


 私は空を見上げる。遮るもののない青空からは絶えることなく太陽の光が降り注ぎ、肌をジリジリと焦がしている。獣たちに比べて毛量の少ない私でさえこの暑さだ。私やストリゴに比べ、羽の分発熱性能の低いハーピィであるバーバーからすれば、ただでさえ鳥脚という歩くには不便な足で歩いていることも加わり、疲労は相当なものだろう。


「しかし、予想以上に何も通りませんねぇ」


 ストリゴは荒野のその先に広がる森との境界になっている平原に視線を向ける。ストリゴの言う通り、視線の先には風に揺れる草花が見えるだけで、幸か不幸かその他に動くものは見えない。もっとも、人間に危害を加えるような生き物が住処にしているこんな場所に人間が馬車も引かずにいるはずがないだろうが。


「ストリゴ、ガル達からの連絡は?」

「ここに来る前に一度しましたが、今はまだ移動中との事。今はまだ周囲にそれらしい人間もいないようです」

「ま、その時になれば連絡は向こうから来るか」


 私は平原を歩きながら左側、暗く、障害物が多い為先を見通すことのできない森に視線を向ける。


(確か、この辺りだったな)


「なぁ、頼みがあるんだが」

「何でしょうか?」

「少し寄り道していいか?」


 私はそう言いながら親指で森を指す。ストリゴとバーバーは少し怪訝な顔をしながらも、逆らう事も、意味もない彼らは私の言葉に了承の意を示した。


・・・


 向かう方向を変え、歩き続ける事約30分。私はとある場所へとやってきた。


「……さすがに、随分と景色が違うな」


 ストリゴとバーバーが怪訝な表情をする中、私は辺りを見回す。


 そこは今まで歩いてきた道にあった木々よりも少しだけ若い木々が立ち並ぶ場所。この森に初めて来たものであれば周囲との違いにすら気づくことのできないであろう場所だが、それでも私には、俺にはこの場所がかつて1年間過ごしたゴブリン達の集落跡地であることを容易に理解した。


「確か、この辺りだったな」


 私はそんな若木たちが並ぶ木々の一つの地面を撫でる。


「……ただいま」


 私は静かに座り、目を瞑り、片方にのみになった手で祈りをささげる。


 当時、ここに来るのはブレイブを殺してからにしようと思っていた。だが、結局それもできず、多くの命を使い、見捨て、見殺しにし、そんな中で私は今まで生きてきた。


 それでもそんな中生きていた私は、自身を殺すことすら許されてい無いような気がして、多くの命を踏みにじりながら生きている。


 多分、こんな私を見れば仲間達ゴブリン達は幻滅するだろう。自身のエゴだという事は承知の上だ。それでも、せめてこの私が生きている限りは、それがたとえ彼らの望んでいない事だとしても、止まるわけにはいかない。


「王様、ここは……?」


 私が祈り終え手を下ろすと、バーバーがふとそんなことを聞いてきた。


「……仲間の墓だ」

「そう……ですか」


 私の言葉にバーバーは少し後悔したようで、その顔を僅かに暗ませる。


「気にするな。それよりも私の我儘に付き合ってもらって悪かったな」

「い、いえ、そのような事は……」

「ええ、このぐらいの時間は誤差の範囲内です」


 バーバーは首を大げさに振り、否定する。ストリゴを見ると、流石というか、その表情は落ち着いたものであり、ただ静かに目の前の計画を見据えているようだ。


「それで、王よ。もうよろしいですか?」

「ああ、用は済んだ。ゆっくりしている意味もない」


 私は立ち上がり、その足を踏み出す。二人はそれに追従するように歩き出した。


・・・


「見えてきたな」


 再び草原へと戻り歩くこと2時間。いままで草が生え広がり、痛いほどの緑を瞳に映すのみであったその景色の遠くに、緑の絨毯をくり抜くかのようにそそり立つ石の壁が見え始めた。


「そのようですね」


 ストリゴは壁のさらに奥を見据えながら静かに返事を返す。


「あれが、人間の国、ですか……。私たちのものと見た目は変わりませんね」


 バーバーの言う通り、眼前の国、グラント王国の外見は多少の差異はあれど自国の外見と比較すると、手入れができていない分自国のものは見劣りはするもののその造りかたや見た目はかなり似通ったものだ。


 5年前、私が奴隷として召喚され、私の仲間を殺した人間を排出し、その後やガルが捕獲されていた闘技場の見世物として殺し合わされた人間の国、グラント王国。そんなこの国に対して何一つ復讐が出来ていない。


 多分、そんな感情もあったからだろう。私たちの国と同じ大陸にある国を最初の標的としなかった主だった理由としては、勇者がこの国から召喚されているかもしれないという推測や、私やガル、バーバーが多少だがこの国を知っているということだった。だが、それ以上に私自身のこの国での記憶から最初の標的としたのかもしれない、


「さて、まずは一国落とすぞ」


 私は後ろを歩く二人に声を掛ける。それに対し、バーバーは強張った表情で、ストリゴは至極冷静な様子で頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る