第15話 芽生え

「王よ、終わりましたか?」

「……ん? ……ああ」

「生き残りは?」

「先ほど息を引き取りました」

「……そうか」


 私が3つの死体を見下ろしていると、後ろからストリゴの声が耳に入る。はっとして振り向くと、手の甲で頬についた血を拭っているストリゴの姿はあった。ストリゴの言うように来た時に手を伸ばしていたサテュロスは地面に血の池を作って動かぬ物へと成り代わっていた。


「ストリゴ、それは?」

「申し訳ございません。王が全て狩るとの事でしたが、人間の一匹は私が狩りました」


 ストリゴは頭を下げるが、その顔に反省の色は無い。というよりも、これで何か言われるなど微塵も思っていないようだ。


「潜んで気を伺っているようだった為、万一に逃げられた場合を考え、命令に背きました」

「いや、いい。むしろ手間が省けた。感謝する」

「ありがとうございます」


 ストリゴは今度は違う意味で再び頭を下げる。恐らくこうなる事が分かっていたのだろう。その顔に疲れは見えるものの、そこに不安や恐怖といった感情は確認できない。


「しかし、弱いな」

「……王が強すぎるだけですよ」


 私は再び死体に目を落とし、そんな疑問を口に出す。そして、ストリゴはまるで当たり前の様に返事を返す。だが、それでもやはり自分が強くなったという実感は持てない。


 この5年という歳月の中、私自身それなりに自信を鍛えてきたつもりだ。最初の2年間はあの黒鬼のクロに文字通り半殺しにされながら、そしてクロのいなくなったその後の3年はガルやストリゴを相手取って。


 しかしながら、そのおかげで自身が劇的に強くなったという感じはしない。


 そもそも戦闘力などの能力は、種族が違えば元々の数値も違い、成長速度も違うだろう。人間がどれらけ鍛えようとゴリラの握力には届かずない。逆にどんなに猿が知識を得ようとも、猿という種族である限り、人間の知力には敵わないだろう。それはここでも同じ。


 力ではオーガに負け、知力もヴァンパイアの方が高く、統率力もゴブリンの方が高い。その上魔力はからっきしだ。鱗の硬度はリザードマンよりも高いが、それも元の持ち主であるズメウには負けることも容易に想像できる。


 だからだろう。この5年で人間として筋力や戦闘技能を得られたが、それでも周囲にいる者たちよりも圧倒的に強いわけでも無い。各値の伸びしろは人間並みのものだ。


 恐だから仮に、ガルやタナムスが私に戦いを挑んだとして、一人を相手にしたならば勝ち星を挙げられるだろうが、相手が一人でも増えれば途端に勝率は下がると私は確信している。そういうものだ。


 仮に彼らヴァンパイアが私を分析し、戦いを挑めば恐らく私は負けるだろう。だが、そんな私でもストリゴはさも当然とでも言うように私を「強い」と評価した。


「そうか」


 私はそう、ただそれだけの言葉を発する。


「しかし、もう少しやり方を考えてもらいたいですね」


 ストリゴはそう言いながら私の後ろへと視線を向ける。振り向くと、先ほどまでいたはずのサテュロスはいつの間にかどこかへ消えていた。


「バーバー、そう怯えなくとも大丈夫ですよ」


 そして、ストリゴは来た道へと視線を向ける。その視線を追うと疲れと怯えと恐怖、3つの感情の混じったハーピィの姿があった。そしてその感情の内、怯えは私に対して感じているものと、その視線から感じ取れた。


 私は三度足元の死体に視線を落とす。死体からはじわじわと溢れだした鮮血の赤で地面をゆっくりと染め上げている。


(どうやら、やりすぎたようだな)


 正直、殺すだけであれば簡単に殺せた。決して手を抜いていたわけでは無いが、それでもかつての光景とこの場所の光景を重ね合わせてしまった私は、周囲に一切の目を向けることなく、自身の思うように振る舞ってしまった。


 ようはただのストレス発散だ。


「怖がらせたようだな。すまなかった」


 私の言葉を聞いてもバーバーの表情は変わらない。しかし、それでもそこに居座るのはやめたようで、木陰から姿を現した。


「あの……その……」


 バーバーは何かを口籠りながらその両の手に持ったものを差し出す。それは、先ほど見つけたサテュロスの子供。子供は明らかに先ほどよりも弱っており、息も絶え絶えといった様子で虚ろな目をこちらに向けている。


「助けられ……ますか……?」


 バーバーは今にも泣きそうな表情へと変化させる。その顔には私柄の怯えが相変わらず存在しているが、それでも私とストリゴに助けを求めている。


「……見せてみろ」


 私は子供を自演へと置かせ、その状態を確認する。


 子供の背中からは黒く固まりかけている血が一筋の線となって付いている。外傷を見る限り、痛みはするが死ぬほどの怪我を負っているわけでも無い。とすると、


「毒、か」

「た、助けられるんですか……?」

「ストリゴ、人間どもから解毒剤を探せ」

「承知しました」


 ストリゴはすぐさま人間の死体を漁りだす。私は私で子供の状態を確認する。


「助けられるとは……言い難い」


 出会ってからまだ数分。毒は当然即効性のものだとして、ここまで弱っているのは恐らく子供であるがゆえだろう。その証拠に、虚ろな目に浅い呼吸。すでに痛みすら感じていないであろう。


「王、これを」


 ストリゴから受け取った小瓶に入った液体を子供の口に含ませる。子供はその液体を辛うじて飲み込むが、しばらくしてもその瞳に再び光が射すことは無い。


「……遅かった……ようですね」


 ストリゴの少しだけ沈んだ声が耳に入る。子供は相変わらずその虚ろな瞳で虚空を見つめ、弱々しい呼吸を繰り返す。 


「……本当に助からないんですか?」

「ああ」


 バーバーの言葉を否定するが、それでも納得できないようでバーバーは叫ぶ。


「まだなにかできるはずです!!」

「いや、無理だ」

「でも――」

「なら何ができるんだ?」

「それは……」


 私は問いにバーバーは声を詰まらせる。


「どうするんだ? ここじゃこれ以上何もできないぞ? 今から城に戻るか?」

「……飛べば間に合う……かもしれません」

「それで転移して治療をすれば舞いあうかもしれないと、そう言いたいのか」

「……はい」

「で、助けられたとして、どうやってここへ戻る?」

「……」


 バーバーは再び声を詰まらせる。恐らく分かっていたんだろう。転移魔法1回に必要な魔力は多い。その為、私達の国では今回の往復分の魔力も用意するのに約1週間かかった。確かに今から戻ればこの子共は助かるかもしれない。だが、子供を助ければ今回の作戦に間に合わない可能性も出てくる。どちらを取るかなど、明白だ。


「分かってるなら、諦めろ」

「……またそういって」

「なんだ?」

「……いえ」

「……せめて看取ってやれ」

「……はい」


 バーバーはそれ以上何か言うことなく、ただじっと視線を落とした。


・・・


――夕刻


「……行くぞ」

「……」


 4つの盛り上がった地面を静かに見下ろしているバーバーへと声を掛けるが、その視線を外そうとはしない。


「……行くぞ!」

「……」


 再び声を掛けると、何も言わないもののバーバーは顔を上げる。納得いっていないのだろう。その鋭い視線は隠すことなく真っ直ぐと私を見ている。


 助けられたかもしれない命を助けなかったんだ。恨まれても当然だ。


「恨むなら恨め。実際、私はその子供を殺したようなものだ。不満があるなら行動しろ。今より良くなるように行動しろ。私はそうしているつもりだ」

「……行きましょう」


 バーバーの絞り出した声は、どこか決意と憎悪に満ちているような、そんなものに聞こえた。

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