第12話 異形になった者たち

 あれから約3時間、互いに何か動きがあるわけでは無く警戒心と共にお互いがお互いに、戦闘可能範囲に入らない様に警戒しながら戦場の調査を行った。


 結果、戦場にあったのは俺達が争った後である死体と、不自然に、まるでくり抜かれたような円形のきめ細かい砂地、そしてまるで今でも生きているかのように錯覚すらしてしまうほど精巧にできた種々様々な種族の石像だった。


「で、だ」


 俺はそう、短い言葉を口にしながら、リザードマンに組み伏せられている中でこちらを睨み付けるミノタウロス、そして少し離れたところですぐにでも逃げられるような体制で待機をしている出来そこないのゴブリンとハーピィを顎で指す。3人は3時間前とは違い殺意はそのままであるものの、ある程度落ち着いた様子を見せている。


「お前たちは自分が人間だったって言いてぇんだな?」

「ああ、そうだよ」


 ハーピィもとい、ハーピィ人間はそう、相変わらず敵意むき出しの、しかし諦めが混じった声色で俺に答える。捕まっているというのにどこまでも舐め腐った口調で喋る奴らだ。俺以外にこれを聞いている奴がいたらすぐに殺さていただろう。


 どうやら、この状況は人間どもにも想定外のものらしく、人間の形の石像と俺たちの仲間の形の石像を見せながら協力を求めると、以外にも冷酷、もとい冷静な奴ららしく、会話の最中は自陣にその情報を持ち帰れる状況を作る、そしてこいつらの解放という条件の元、人間擬きたちとの会話が成立している。


 そのため、俺の目の前にいる自ら人質として名乗り出たミノタウロス人間は3人のリザードマンに組み伏せられており、その少し離れた場所にハーピィ人間とゴブリン人間がいる。また、こちらも全軍を俺の後方に待機させ、ここにはリザードマン3人の他にミノタウロスと、身体が不自然に変化した仲間の代表として、最初に俺の前に出てきたサテュロス、ハーピィ、ゴブリンを待機させている。


「で、あの光の柱を近くで浴びたらそうなったと」


 俺はゴブリン人間の尖った耳や大きく伸びた鼻、そしてハーピィの筋張った手やミノタウロスの石化した足を指す。


「さぁな。この状態になる時は足以外が剣で抉られるように痛みだしたからな。落ちた光の柱の近くた居たからこうなったんだろ。足の方は痛みどころか感覚すらねぇ」


 奇妙に変化し、石化した足では逃げることもできない、との理由から自ら人質として名乗り出たミノタウロス人間は憎々しげに、しかし冷静に答える。


「光が落ちた後、光の柱が直撃しただろう俺の後ろの奴らは全員石になってたからな。恐らくだが、そうだろ」

「ふむ……、それで、お前らもそうだったな」


 俺は横にいる身体が不自然に変化した3人に視線を向ける。3人はお互いに顔を見合わせた後、おずおずとハーピィが話し出す。


「ええ、私達もそうです。近くで光が落ちたと思ったら、私の場合両腕から激痛が走って、気が付いたらこの状態になっていました」


 ハーピィは不気味に生えた中途半端な右手でもう一方の腕をさすりながら答える。同じくゴブリンとサテュロスも、鼻をさすったり突出した骨のような何かを見つめている。


「ってことは、だ。その光の影響で身体が変化したってわけか。となると、何かの魔法の可能性があるが……」


 俺はそんな言葉を口にしながら人間もどきたちを見る。


 恐らくはこの現象を起こしたのは戦争を目的としてここに来たやつではないだろう。もしそうであるならば、仲間を巻き込むにしてもその混乱に乗じて俺達を殺しにかかるはずだ。だが、すでに3時間が経過したというのにその様子はない。また、俺達はそもそもそんな魔法の研究を行えるほどの力は各種族にはなく、そんな力のない。


 そもそも人間から隠れながら、その日生きるのにも苦労するような暮らしをしていた者たちを集め、何とか国として成り立たせているのが現状だ。そんな国だから表面上とはいえ食糧事情が落ち着いたのもごく最近の事であり、そのことからも、この現象を起こしたのは安定して国を成り立たせている人間どもの仕業だろう。


 そもそも人間もどきたちと俺達が戦っている最中にそんな光が落ちたとして、双方ともそれを知らずにこれほど逃げ惑うというのは、逃げる事しかできていないのはおかしな話だ。


「あ゛ぁーー……わけわかんねぇ」


 頭に爪を立て、激しく掻き毟る。


 何を目的としているのか、どういう意図で人間や俺達を無差別に巻き込んでまであんなことをするのか、全く理解できない。一体、何を目的に同族まで殺そうとするのか、本当に分からない。


「なぁお前ら、どう思う?」


 俺は身体が不自然に変化した3人に問いかける。3人は先ほどと同じように顔を見合わせると、先ほどとは違い答えが出ないようでこちらに視線を戻した。


「まー……そうだよなぁ。それじゃ、」

「ただ――」


 考えるのを諦め、立ち上がろうとしたとき、サテュロスが自信無さげに声を上げる。


「……どうした?」

「記憶が曖昧なので確証はありませんが、光が消えた後、白いローブを羽織ったリザードマンが立っていた……たぶん……。なんていうか……まるで……虫でも観てるかような目で……」


 自身の無さからか、サテュロスの声は掠れていく。恐らく同族であるリザードマンを疑うのを躊躇っているからだろうか。


「そう……か。お前たちもリザードマンにやられたのか?」


 状況を見るに、そのリザードマンが件の張本人という事になる。だが――


「わ、私が見たのは……その……ゴブリン……でした」

「お、俺はミノタウロス……だった」

「え? ……ああー、そういう事か」


 他の二人が恐る恐る口にした別々の種族名を聞き、思わず頭に疑問符を浮かべる。だがその疑問も、次に視界に入った人間擬きたちによって解決する。


「要は身体が変化したんだろ」


 異形に変化した仲間、”魔物”に変化した人間、光に動揺することなく立ち尽くす同種。如何せん情報量も少なく、また俺自身も頭が悪いため確証とまではいかない。だが、今出ている情報を取りまとめ、結論を出すならば、それは【戦い以外の目的を持った人間の存在】。それが俺の中で出た最も可能性の高い答えだった。


「それで、白いローブを着た人間に心当たりは?」

「俺らがやったってのか!? こんな目に……いや、待てよ……」


 俺は再び視線の先の人間擬きどもに言葉を投げかける。だが、俺の言葉にゴブリン人間は激しい口調で反論をしようとするが、何かを思い出したようで言葉を止める。


「なんだ? 何か知ってんのか?」

「ああ、確か戦いの前、魔術結社の奴らが直前で加わったな。グラントからの加勢だったか……?」

「魔術結社? なんだそれ?」

「魔法を研究している陰気な奴らの集まりだよ。どこの国にも属さないから何やるか分からん奴らだ」

「で、そいつらの目的は?」

「知るかよ。今回も無理矢理付いてきたらしいし。俺たちにとっても害悪なやつらだよ」


 ゴブリン人間はそれ以上言う事が無いとでも言うように投げやりに答える。恐らく、こいつ自身魔術結社について詳しくは無いのだろう。


「ま、この事態はその人間どものせいってことでよさそうだな。それで、本当に知らねぇんだな?」

「知らねぇっつってんだろ!!」


 俺が再度確認すると、ゴブリン人間は噛みつくように返事を返す。こんな状況下で同じような問いをされて苛立っているのだろうか。それとも人間を蔑んでいることに苛立っているのか。なんにせよ、これ以上の情報は出そうにない。


「ま、今考えてもしょうがない事か。ま、その口ぶりじゃお前らの言う魔術結社ってやつらが原因っぽいな。それじゃ――」

「ガル軍隊長、よろしいですか」

「ん? なんだ?」


 小さな声で名前を呼ばれ、後ろを振り返ると一人のヴァンパイアが耳打ちをする仕草をしている。


「……ああ、……そうか、それで死んだのは?……そうか」


 俺はヴァンパイアから話を聞き終り、少しだけ高揚した気持ちを抑えながら、人間擬きどもに向き直り、人間どもの陣地に帰るように手を振る。


「お前ら、もう帰っていいぞ」

「「「「「は?」」」」」


 人間擬きどもは驚きの声を上げる。だが、それは仲間達も同じだったようで、人間擬きと同様に呆然とした顔でこちらを見ている。


「そら、行くぞ」

「よ、よいのですか?」

「ああ」


 リザードマン達は俺の言葉に若干の疑問を持ちながらミノタウロス人間から離れ、俺の後ろへと帰ってくる。そんな様子をしばらく見た後、襲ってこないと分かるとハーピィ人間とゴブリン人間はミノタウロス人間に肩を貸し、引きずるように自陣へと帰っていく。


「……本当によかったのでしょうか? 確かにあの人間どもからの情報で我々にも脅威である魔術結社、でしたっけ? それが排除されるのであれば良いのですが……」

「いや、多分人間どもは俺らの情報が無くてもこの原因が魔術結社にあるって分かるだろ」

「なら、なぜ……?」


 人間擬きが帰る様子を見ながら、リザードマンは不安げに呟く。


「大丈夫だって。あいつらとの会話聞いてたろ?」

「え、ええ。確かに逃がす約束はしましたが……」

「そこじゃねぇって」


 俺は溜息をつきながらリザードマンに目をやる。リザードマンはそれでも分からないようで、未だにその不安げな表情は晴れない。


「あいつら、俺と話す前も話した後も一言も会話を交わしてねぇんだぜ?」

「え?」


 リザードマンは次第に遠ざかりつつある人間擬きたちに目を向ける。人間擬きたちは思った以上のペースで進んでいるらしく、すでにその背中は小さいものになっている。


「それは、本当なんですか?」

「ああ、十中八九そうだ。多分俺たちが異種族間で話せねぇのと同じだ。それは人間との場合でも同様。だからどちらにせよあいつらが知り得た情報は向こうに漏れることは無いだろ。それに――」


 俺は人間擬きどもの更に先にいる人間どもの軍を見る。


「あいつらが仮に喋れる状態で向こうについたとして、人間どもがそのまま殺さずにいるわけがねぇだろ。だから、お前らが無駄に殺そうとして怪我する方が損になる」


 アキラ曰く、人間は違った価値観を持つ相手を酷く嫌う性質があるという。だからこそ俺達は当然として人間同士でも少しの違いから争い、迫害をする。人間とはそういう奴らだ。


(ま、俺達もそうならないとは限らんがな)


 俺は肺にたまった空気を一気に吐き出し、人間どもがこちらに向かってきていないことを再度確認し、自軍へと振り返る。


「さて、帰るか」


 役割を果たした事を知った俺は、その事実を約5000人の仲間が減った自陣へ伝えた後、、痛み分けに終わった戦場を去っていった。

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