第11話 光の柱
戦線維持の指令役を預かった私――タナムスは、先ほどの出来事に頭が追い付けないでいた。
戦況は上場、死者がゼロとまではいかないものの、それでもあれほどまでに恐れていた人間に対して戦線を押し上げ、勝利を確信できるまでに至った。先ほどまでは。
この周囲のいやというほどの、耳が痛くなるほどの静寂は、1本目の光の柱、とでも形容すべき天を貫く光によって訪れた。
「「「「「……」」」」」
轟音が治まった今も、私を含め、周囲には誰も言葉を発する者はいない。そう、それを起こしたであろう人間たちでさえも言葉を発さずに、戦いを忘れ、ただ息を飲んでいる。しかし――
「こ、後退いぃぃ! 後退だぁ!!」
「に、逃げろおぉぉぉ!!」
「お、おい……。いま……砂に……」
二本目の光の柱が天を貫き、再び訪れた静寂の一瞬の間の後に、周囲からは恐怖混じりのそんな声が光の柱の付近にいた者たちから瞬く間に戦場を支配した。
「何が……起こったんだ?」
それでも未だに戦場の状況を把握できていない私は、ただ茫然と慌てて逃げ出す者たちの様子を見ながら呟く。
「き、君!! 聞きたいことが――」
視界には仲間達の姿。困惑する者や、恐怖に引きつった者など顔色は様々ではあるものの、その混乱は混乱を呼んでいるようで、皆パニックに陥っている為か私の言葉に耳を傾ける余裕が無い。
「待ちなさい!!」
私はようやく一匹の恐怖に引きつった顔をしているゴブリンを捕まえる。ゴブリンは全身から冷や汗を噴出させながらその場に足を止める。
「いったい何があったのですか!?」
「は、早く逃げてくだせぇ!!」
ゴブリンは私の顔を見ながら腕を引く。その形相はとてもこちらの話を聞けるようなものでは無く、ただ強大な何かに怯えるようにして私を引きずるようにして無理矢理歩を進めている。
「まっ……」
ゴブリンは一瞬力が緩んだ隙に後方へと凄まじい速さで走り去ってしまう。私はそんなゴブリンを呆然と見送ってしまった。
「一体……何が……」
原因を探るべく、依然として逃げ回る仲間たちの方向へと視線を向ける。相変わらず逃げ惑う仲間たちの隙間からは人間たちが自身に陣営へと逃げ帰る姿が垣間見えた。
「……人間が……逃げている?」
人間が逃げている。それは光の柱ができた後の人間たちの静寂に加えてのこの現象は、今まで考えていた光の柱についての可能性の裏付けをするものだった。その可能性とは――
「これは
一体この光の柱が何を意味しているかは分からない。しかし、少なくともこれが私たちに良い結果をもたらすものでは無い事は確実だ。
「ひっ……ひぃぃぃ!!!」
数秒間、思考の海に浸りながら周囲を見渡していると、私の目の前に一人の人間――いや、耳が異様に長いエルフが何かに躓いたのか眼下にその身を投げ出す。そのエルフは自身についたであろう傷を気にすることなく、ただただなにかから逃げるようにしてこちらに這いずってきた。
「何が……!」
視線を上げると、眼前には白いローブを纏った一人の人間の姿があった。人間はゆったりとした足取りを止めると、袖から何かを取り出す。
(……!?)
何か嫌な予感を感じとり、ともかくその場を離れるために足を動かす。だが――
「
そこ言葉の後に足元へと転がってきた球から閃光が迸る。そして、私はその光を浴びながらその足を止めた。
「……!!」
いや、止めたのではない。私の足は動かなくなった。動かなくなってしまった。
(くそっ!? 何があった!?)
動かせない足のままその轟音と光が止む。そして光が消え去り、私の視界に映ったのは砂と石像だった。
(なんだ……これは)
目の前に広がるのは先ほどまで共にいたゴブリンや他の仲間たちの形を模った石のような質感の像と、まるで何かにくり抜かれたかの様に円形に模られた日の光が降り注ぐ砂の大地。その範囲は直径約20m。その範囲内にあるものと言えば石化したように見える像以外に無い。
(一体……何が起こったんだ?)
結局、私自身もその視界に映る石像になっていたと気づいたのは逃げ惑う仲間たちが視界から消えて、しばらくしてからだった。
・・・
何本の光がこの視界に映り、消えて行ったのだろうか。
戦場は戦いどころでは無く、それぞれの陣営に兵士たちが逃げ帰った後。すでに豪雨は小雨へと落ち着きを見せ、光の柱によってできた円形の雲の切れ間も風に流された雲によってその形を変えている。
「それで、一体何があったんだ……?」
そんな中、俺はただ茫然とその短い言葉を呟く。緊急時の対応に適しているであろうタナムスの姿も見当たらないため、その言葉は空気に紛れるように静かに消え入る。
「石に……なったんです」
そんな俺の言葉からたっぷりと間が置かれたのちに、誰かの震え声が戦場に静かに響く。
「ガル……軍隊長……、光が出て……それで……気付いたら……石に……」
言葉はそれっきり途切れる。俺は更に詳細を知るために、その声の音源を辿るように静かに振り向く。
「それで……」
だが、俺の声はあるものを視界に入れると同時に途切れる。
俺の視界に入ったものは、まさしく異形のものだった。
サテュロスと思わしきものは、元々下半身にのみ生えていた毛が中途半端な位置まで上へ上っており、その毛で覆われてしまった手からは白く尖った骨のような部位が付きだしている。また、ハーピィと思わしきものは元々一体となっていた翼の部分の中ほどから中途半端に腕が突出しており、目には何かを覆うかのように薄い膜が張られている。そして、ゴブリンと思わしきは顔の骨格が細長くなり、まるでカメレオンのように目玉が左右に突出、加えて顔にある耳や鼻などのパーツはより大きなものへと変貌している……。
先ほどまで光の柱ばかりに気を取られていたため気付けなかったが、戦場にいた一部の兵士はこういったどこか中途半端な変化が起こっている。まるでこれからなにか別の生物に変貌していく途中を見せられているかのようなものだ。
「なんなんだ……。なんなんだよ、こりゃぁ」
頭の整理がまるで追いつかず、ただそう声を漏らす。そうして呆然としていると、逃げ帰った兵士の集団の中ほどから何かが連れてこられる。
「ガル軍隊長、敵兵が紛れ込んでいたようです」
そう言いながら身体の変化のない2人のリザードマンが一人のエルフを連れてきた。
エルフとは
「あ、ああ。ご苦労」
未だにまとまらない脳内を必死に動かし、言葉を吐き出す。そして敵兵と呼ばれたエルフを無理やりその場に座らせる。
「そこのエルフ、これは一体何があったんだ? お前らの仕業だろ?」
「……」
質問を投げかけるが、エルフはその言葉に反応することなく、ただ地面のどこか一点を見つめるのみ。
「おい、聞いてるのか?」
俺はエルフの髪の毛を掴み、その顔を上向かせる。エルフはそこでようやく質問されているのに気付いたのか顔を上げ、「俺に聞いているのか?」と言葉を発した。
「聞いているのかって、今ここにエルフはお前だけだろ? そんなに早く死にたいのか?」
俺は少しイラつきながら鞘に入った剣を抜き取り、首筋へとあてがった。
「エルフ? 俺は人間だぜ? にしても喋れる魔物がいたとはな」
「あ゛? そんなに早く死にてぇのか?」
俺はゆっくりと首筋にあてがった刃を引く。エルフの首筋からは真っ赤な血が滲み、首元から降りて行った。
「へっ、早く殺せよ。エルフと人間の区別もできない低能種族が」
そんな俺の行動にもエルフは動じず、ただ諦めたような声で呟く。
口を割らないどころか、自らの死すらも騒がずに受け入れようとしているこのエルフの口ぶりは、まるで自身が被害者であり仲間を失ってしまっているようにも聞こえる。恐らくはこのエルフは、下っ端だか何だかの理由であの光の柱について何も知らないのだろう。
「……始末しておけ」
俺はこのエルフから情報を得るのを諦め、処分指示を出す。エルフはそれに対し、特に何か抵抗するわけでも無く、リザードマン達に引きずられていった。
「俺もあの時はああだったな……」
エルフの顔を見て、人間たちの手によって作り上げられた殺人ショーで仲間が殺されていったあの時の事をふと思い出す。アキラと出会った時こそ勇んではいたものの、殺された直後は精神がすり減り、あのような顔をしていた。恐らくあのエルフもあの時の俺と同じく仲間が死んでいったのを目の当たりにしたのだろう。
「しかし、なんで人間どもは仲間も一緒に……」
「軍隊長、裏切り者を発見しました」
今後の計画を考えていると、再び兵から声がかかる。
「今度は何なん……は?」
俺は顔を上げ、声の方向を見る。声の方にはリザードマンやフロッグマンに引きずられた3人の仲間の姿があった。
一人はいやに背の高いゴブリン、一人は羽の生えていないハーピィ、そして、一人は脚が石化したミノタウロス。
彼らはいつの間にか敵から奪ったのか、しっかりとした人間たちの鎧を着ており、ミノタウロスを除いて一様に中途半端な姿の彼らは、周囲に憎悪の視線を向けながら、今にも暴れようとしているのが分かるほど殺気立っている。
「はぁ。事情を聞いておけ。なんなら縛って大人しくなってからでもいい」
「それが……言葉が通じないんですよ」
「種族が違えばそうなるだろ?」
「いや、そうでなくて。同じ種族同士でもどうにも通じないようで」
暴れようと動くミノタウロスに視線を向けながら、それを連れてきた同族のミノタウロスはそう言葉を放つ。
「はぁ? 一体なんなんだよ、こりゃ」
なにが起きているのか一向にわからないこの現状に、底知れぬ不安を感じつつも俺は裏切り者だという3人に問いかける。
「一体何をそんなに怒ってるんだ? 仲間が死んだにしても向ける相手がちげーだろ」
「黙れ! 魔物がぁ!! 殺す! 殺してやるぅぅぅ!!」
「……は?」
仲間達から聞くことのない単語を聞き、一つの可能性を思い浮かべながら、俺は思わず目の前にいたゴブリンに聞きかえす。
「お前にとって俺たちゃなんだ?」
「敵だ! 殺すべき、人間の敵だぁ!!」
背の高いゴブリンは血走った眼をこちらに向け、そう答えた。
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