第10話 万の軍勢
人間との最初の戦闘を終え、アキラ、バーバー、ストリゴと別れてから約20日後、北上し平原から荒野へと場所を移した俺たちはそこに腰を下ろす。隠れる場所のないこの周辺は見通しが良い物の、視界には生き物らしい生き物が映ることは無い。
(ま、敵も見つけやすいからいいが)
そんなことを考えながら天頂の空を仰ぎ見る。空は晴れ渡っており、雲一つ作ることなくその青が瞳に映る。だがその遠方、風上の方向にある連なる山脈の上空には黒く分厚い雲が形成されている。
「……一雨来そうだな」
「ですねぇ。それにしても、あの戦闘以来順調ですね」
隣を歩くタナムスは同じく遠方の山脈を眺めながら落ち着いた様子で言葉を吐き出す。
あの戦闘から今の間、俺達は北端にある人間の国を目指して進む最中にいくつかの人間たちの集落を襲った。そこでの戦闘は戦力差が大きすぎたため、あの壁を挟んだものと比べると非力としか言いようが無く、侵略や虐殺に近いものだった。
「ま、おかげで食料も潤沢だがな」
俺は後ろの食糧を運ぶ荷馬車を親指で指す。だが、そんな楽観的に見える態度を見せた俺にタナムスは怪訝な表情を浮かべる。
「どうした?」
「いえ、やはり楽すぎるので、なんというか、逆に不安で」
タナムスは更に難色を示す。実際、あの壁を越えたというのにこの道中これといった問題が無く、いたって順調に歩みを進めてしまっている。そもそもあんな壁を築きあげるという事は俺達異形の者に危険意識を持っているという事であり、そこを大群で超えたとなると何らかの報告が行っているはずだ。たまたまあそこにいた者たちを全て始末で来たという可能性もあるが、すでに20日間こんな大所帯で動いている俺達を見つけられない程、奴らも無能ではないはずだ。
「そうだな、もしかしたらそろそろ――」
「ガル軍隊長!! 奴らの大群が!!」
俺の言葉を遮るようにはるか上空から三人のハーピィが大声を上げながらこちらに急接近してきた。
「ほ、報告します!! 20㎞前方に敵の軍隊を確認!! その数約4万!!」
「国章は?」
「4種です」
「4……まぁ、大丈夫か」
俺は報告に対して頷き、腰を上げる。予想とは少し違っていたが、どうやら兵を少しはこちらに引きつけられたようだ。これで向こうの城の警備が手薄になってくれればいいが……。
「タナムス、アキラ……国王に連絡頼む」
「ええ、直ちに」
タナムスに指示を仰いだ後、ふと視線を動かすと不安げな表情をするハーピィが視界に映る。これから起こる戦争に不安を感じているのだろう。俺は額から流れ落ちる冷や汗を感じながら笑って見せる。だが、そんな俺の心の内が伝わったのか、ハーピィは更に不安げな表情をこちらに向ける。
「そう不安な顔すんな。あいつらはもっと危険なことしてんのによ」
俺は僅かに震える手をハーピィの肩に置く。そして俺たちの仲間の方へと振り返る。多く場緊張や動揺が隠せないようだが、それでも皆、覚悟はとっくに決めているようで俺に力強いまなざしを向けている。
「さ、やろうか」
あとは、できる限りやるだけだ。
・・・
「全軍! 位置に付けぇぇ!! おい、オーガの隊はどうなってるんだ!?」
「はっ、食糧の補給が出来たので間もなく」
「早くしろぉ!!」
敵の軍が来るという事で皆が次々と隊列を組んでいく。所々からオーガ等大型種の陣形形成の遅さに怒号が飛ぶが、問題にならない程度だ。
「はぁ、隊長かぁ……。あんまりこういうのガラじゃねぇんだけどなぁ」
そんなことをぼやきながら相変わらず何も見えない荒野の遠方を見据えていると、タナムスが俺の横へとやってくる。
「ガル軍隊長、隊列形成完了しました」
「おう、ご苦労」
タナムスの報告を受け、俺は後ろへと向き直る。先ほどまで足音や怒号等で騒がしくなっていたその場所は静まり返っている。
(圧巻だな)
サテュロス、ケンタウロス、リザードマン、ミノタウロス、オーガ……綺麗に整列した軍隊は見るも圧巻だ。そんな隊列を組んでいる者たちからの視線を一挙に浴びるこの場所は些か緊張する。
(まぁ、この汗はそれとは関係ないか)
乾いた大地に冷や汗を流しながら俺は一歩前に出て息を吸い込む。
「みんな、いよいよだ! 分かっているとは思うが、これから俺たちは人間たちと戦闘をする! 今回は今までよりも4万と数が多い! だが、それでも一人が2匹殺せればこちらの勝ちだ!! 油断は禁物だが、気負う必要はない!! 勝つぞ!!」
「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」
皆の気合と覚悟の籠った雄叫びに耳を震わせながら、再び敵の方向へと向き直る。地平線の向こうからは姿こそ見えないが、多くの者の統率された足音が微かに耳に入る。
「全軍! 進めぇぇ!!」
俺の指示と共に皆が全身をし始める。その数の多さから彼らの足音だけで大気が震えているような爆音が鳴り響く。
「……やるぞ」
俺は前へと進んで行く隊を見ながらすでに手汗でじっとりと濡れる剣を握る拳に更に力を込める。
指揮官という立場はどうにも歯痒い。皆が前進する中、ただそれを見ているしかない立場だ。もちろん統率を失わないために後方にいるのだが、それでもまるで死ぬための行進をしているように見えてしまう彼らの後ろ姿は俺に息苦しさを生み出す。
「前方15㎞、敵の軍隊を確認」
「作戦通り、注意して行け。こっちから仕掛けるぞ」
ヴァンパイアに指示を仰ぎながらケンタウロスの背へと乗り、前方を確認する。ヴァンパイアの言った通り、前方には砂煙と共に幾人もの人間らしき集団の影が小さいながらも確認できた。
「各員、遠距離攻撃注意しろぉ!」
注意喚起をしながら、進んで行く軍隊。次第に敵の軍の姿もはっきりと見えてくる。そして、接敵まで500mを切った時、
「遠距離部隊よーい!!」
「「放てぇぇぇ!!!」」
まるで開戦の合図化のような互いの隊から響く叫び声と共に空の青がかすむ程の弓矢が降り注ぐ。
「っつ、結構きついな」
降り注ぐ矢を鉄製の盾で防ぐ。盾とはいっても自身の戦闘スタイルに合わせて小さいものを選んだため矢を完全には防ぎきれず、矢の雨が止む頃には体表のいくつかの部分に浅い傷を作った。
「おい、大丈夫か?」
「ええ、なんとか」
自分が乗っているケンタウロスに声を掛ける。ケンタウロスは少し顔を歪めながらも返事を返す。その返事に少し安堵し、周囲の状況を確認する。
想定はしていた。そして、想定以上だ。周囲の多くは目立った傷は無い。だが、当たる体積の大きいオーガやミノタウロス、オーク達の身体には幾本の矢が刺さっている。また、それ以外でも矢を防ぎきれずに倒れる者たちも少なからずいた。
「ッチ、進めぇ!!」
俺は支持の声を上げる。他の部隊ごとの長も同じように指示を出し、先兵としての役割の者たちは敵陣に向かって横一列に歩き出す。
「「「「「うおおおぉぉぉぉ!!!」」」」」
上空から矢が降り注ぐ中、互いの先兵たちが長槍を手にぶつかっていく。衝突の瞬間、幾人かの悲鳴と金属の衝突音が響き渡るが、どちらも一歩も引かず、怯んでいる様子は無い。
「投石部隊! やれぇい!!」
先兵の拮抗状態は目に見えて数の少なくなった矢の雨を切り開く巨石によって破られる。巨石は人間たちの軍隊の中央付近や、先兵たちの少し奥へと落下した。それにより、人間たちの間に混乱が生じ、その亀裂から先ほどまで拮抗していた先兵の仲間たちが攻撃を加えていく。
「有翼部隊! いけぇ!!」
そして矢の雨が止むと、前方の指揮官の号令と共にハーピィやヴァンパイア達が空へと一斉に舞いあがり、はるか上空から遠距離の魔法や投石で敵陣へと攻撃を始めた。
「さて、そろそろか……。騎馬隊! 出撃!!」
「「「「「うおおおぉぉぉぉ!!!」」」」」
俺の号令と共にケンタウロスやサテュロス達は混戦状態にある戦場へと駆けていく。指揮官であり、皆への指示を任された俺はそんな血と血で洗う戦いを目の前に、ただただ皆の無事を祈ることしかできない。
(戦えないのがこうもつらいとは)
「巨兵部隊! いけぇぇ!!」
「「「「「うがぁぁぁぁ!!!」」」」」
そんなことを考えていると、後方に待機していたオーガ達が戦いへと加わる。幸いにもこちらが優勢なようで、戦線は少しづつではあるものの人間側に動きつつある。
「やはり有翼部隊が効いているようですね」
俺が乗っているケンタウロスは激しい戦いが繰り広げられる戦場を見て、そんなことを呟く。そんな声を聴き戦場の空を見上げると、そこには上空から的確に敵に攻撃を繰り出している仲間の姿があった。加えてその仲間達に向かっては、魔法等の攻撃を放たれてはいるものの、先ほどの矢の雨と比べて数は圧倒的に劣っており、こちらの優勢は見るに確かなものだ。
「さっきので矢をほとんど使わせられたみたいだな」
「このままいけば勝ちが見えそうですね」
「ああ」
(アキラからは最悪撤退をしていいとまで言われてはいたが、どうやらその必要もなさそうだな)
「……降ってきたな」
気が付けば上空には分厚い雲が広がり、そこからぽつりぽつりと雨粒が振り落ちてきている。そして、その雨粒も次第に数を増やし、雨は戦場で戦う兵士たち全員を濡らすほどの範囲での豪雨へと瞬時に変化した。
「……視界が悪いな」
だが、その雨が戦場に与えた変化は有翼部隊の動きを鈍らせるという事のみ。俺たちの優勢は変わらないようで、豪雨の中着実にこちらが敵を討ち滅ぼしているのが雨の隙間から垣間見える。
(これなら有翼部隊を下げても大丈夫か……)
「おい、有翼部隊を下げ――!!」
俺が隣のフロッグマンへの指示の途中で突如、地面の揺れと共に轟音が鳴り響く。戦場へと顔を向けると、その音の源であったであろう場所に太陽の光が差し込んでいる。
「おい! 何があっ――」
再び俺の言葉を切り裂くような、地面を揺らすほどの轟音が鳴り響く。
「……なんだよ、ありゃ……」
轟音と共に俺の視界が捉えたのは、雲を裂きながら一瞬にして天頂へと伸びた一筋の光の柱だった。
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