幕間

閑話6 受け継がれたモノ

 ぼんやりと灯る薄明かりで照らされるグラント王国王城地下の一室、ひんやりとした空気が漂う無音に限りなく近い静かなこの部屋で、王女エリーゼはじっと台座に横たわる死体を見下ろす。


「なぜできない!!」


 エリーゼは静かな地下室全体に響き渡るほどの声を出しながら死体の乗っている魔法陣の中心にある台座にその細い拳を叩きつける。


「理論はあっているはずです。なのに……なぜ……?」


 エリーゼは奥歯を強く噛み締めながら眼下の死体、第11代目勇者であるシズカ・ゴウマを恨みを籠こめた視線で見下ろす。だが、そんな視線に死体であるシズカは答えることも無く、その虚ろな目を動かすことは無い。


「……はぁ」


 そんな全く動く気配のない死体を目に、エリーゼは溜息を一つ吐き出し、棚に並んでいる書物の内の一つ、並んでいる本の中でも最も古びている本を取り出す。


――魔法:内部、または外部に存在するエネルギー(本書ではこれを魔力と呼称する)を用いて、術者の言葉を起点にその術者の思い描いた効力を発揮する自然現象。これを発動できるかどうかは術者の能力に大きく起因しており、種族や個体ごとの差によって発動の難度が異なる。しかし、発動の難しい魔法も一定の魔力を用いれば――


「……なんでできないの」


 何度も読み返したことのあるその本をぱたりと閉じ、エリーゼは再び溜息を吐き出し、首に付けている真紅のチョーカーを撫でる。。


 いったい何度これと向き合ったのだろうか、いったいどれだけここで死者を冒涜したのだろうか、自身の代ではいざ知らず、先代、先々代から孤独の中で続くこれはいつ終わりを迎えるのだろうか。


「……はぁ」


 エリーゼはさらに深い深い溜息を吐きだし、頬についた凝固した黒い血の塊を払い落とし、再び物言わぬ死体に視線を向ける。


「クロコ、ブレイブ、元に戻しておいてください」


 しばらく項垂れた後、疲れ切った顔を上にあげ、エリーゼは何者かに指示を出す。すると、その声に呼応したのか部屋の奥から2体の黒い鎧を身に纏った兵士が姿を現す。


 兵士たちは何一つ言葉を交わすことなく台の上の死体を持ち上げると、元あった扉の側の氷壁へと立て掛けた。


氷結フリーズ


 エリーゼが短く言葉を吐き出すと、死体を立て掛けた場所の床から死体を包みこむように氷が天井に向かって生え始め、死体全体を包み込むとその成長を止めた。


 エリーゼはそれを見届けると再び溜息を吐きだし、鎧の兵士の片方を追従させ、部屋を後にした。


・・・


「……朝ですか」


 地下室から出て、着替えなどを済ませたたエリーゼは一人、窓辺から射すように注がれる夜明けの光に目を細める。


 結局、今日も何も成すことが出来ず、また無駄に時間を使ってしまった。その事実に息苦しさを感じながら、エリーゼは愛娘のいる部屋柄と向かう。


「おはようシャーロット」


 エリーゼが部屋に入るとその気配に気が付いたのか、その小さな体に不釣り合いなほど大きいベッドで眠っていたエリーゼの娘であるシャーロットが眠たげな目を擦り、身体を起こした。


「おはようございます、かあさま……ふぁーぁ」

「いけませんよ、はしたない」


 大きな欠伸をする娘に対してエリーゼは優しく声を掛けながらベッドの側へと座る。エリーゼが座るとシャーロットは母親の顔を覗き込む。


「かあさま、大丈夫ですか?」

「何がですか?」

「なんだかとっても疲れているように見えます」

「……そうですか」


 シャーロットの言葉にエリーゼは少しだけ顔をくらませるが、心配そうに顔を覗き込む愛娘の様子を見ると、すぐにその顔に笑みが浮かんだ。


「心配してくれてありがとう」


 エリーゼは愛娘の頭を優しく撫でる。シャーロットはそれに少しくすぐったそうにするが、不快なものでは無いようで楽しげな笑みを浮かべた。


「かあさま、一緒に寝ましょう」


 頭を撫で終わりその手を離すと、シャーロットは快活な笑みをこちらに向けながら布団を被る。


「そうですね。まだ起きているには早い時間ですしね」


 エリーゼは娘の提案に賛成し、ベッドへと入るために立ち上がる。


「あっ……ぐっ」


 だが、立ち上がった直後に首元のチョーカーの部分を手で絞めつけるように押さえながら、先ほどまで座っていたベッドの端へと腰を落とした。


「大丈夫……ですか?」

「ええ……大丈夫……です」


 シャーロットは不安げに母に視線を向ける。母の顔は先ほどとは打って変わって見るからに青くなっており、とても正常な状態とは思えない。しかし、そんな状態のエリーゼは青い顔のまま笑みを娘へと向けた後、顔を伏せる。


「だ……大丈夫ですか?」


 笑みを向けられたシャーロットだったが、それで不安がぬぐえることは無く、先ほどよりも更に心配そうな表情をエリーゼへと向ける。


「……はぁ……。もう大丈夫です。心配してくれてありがとう」


 しばらくすると症状が落ち着いたのか、まだ健康的とは言えないまでも先ほどよりも顔色がマシになったエリーゼが娘に笑みを向ける。


「本当に大丈夫ですか?」

「ええ、ありがとう」

「……」


 大丈夫というエリーゼの言葉を信用できないシャーロットは不満げな顔をエリーゼに向けた後、ベッドから飛び出して壁に備え付けられている本棚へと走っていく。そして、一冊の本を取り出すと、再びベッドへと戻っていく。


「シャーロット、何をしてい――」

「かあさまは寝てください!!」


 娘に叱責され、何も言えないでシャーロットを見るエリーゼだったが、子供なりの厳しい視線を無言で送るシャーロットに白旗を上げたエリーゼは仕方なくベッドへと横たわる。


 シャーロットはそんなエリーゼに満足したのか、ベッドのそばに置いてあった椅子に座ると、わざとらしい咳払いをした後に持ってきた本を膝の上で広げる。


「今から本を読んであげますので、かあさまは寝てください」


 シャーロットはそう言いながら本の内容を読み上げる。


 その内容は、この大地にやってきた一人の男が魔物からの支配から人々を解放するために魔物の国を打倒し、今ある3つの国を造りあげたというもの。男はその後勇者と呼ばれるが、再び別の場所の人々を救うためにどこかへ去ったという。


 昔から娘へと読み聞かせてきたこの物語を語る娘を見たあと、エリーゼは奥歯を噛み締めながら目を瞑る。


(もし、このまま成功することなく、私が死んだら……)


 消えることなく続く首元からの痛みにエリーゼは僅かに苦悶の表情を浮かべる。


(幼いころから断続的に、次第に大きくなっているこの痛みだが、この調子で大きくなっていけば3年……いや、2年もすれば耐えられないものになるだろう)


 エリーゼはそんなことを思いながら昔の記憶を思い出す。それは、実母が痛みにもだえ苦しみながら自らの首を絞め、自殺した光景。


(私はいい。なんとしても娘だけは……でも、私が死んだら……)


 エリーゼは決意し、目を開く。シャーロットは丁度本を読み終わったようで、エリーゼとシャーロットの視線がぶつかり合う。


「かあさま、寝れないのですか?」

「いいえ、寝るのを忘れて聞き入ってしまいました」

「そうですか」


 シャーロットは嬉しそうな表情を浮かべ、エリーゼもまたそれにつられ笑みを浮かべる。しばらくそうした後、エリーゼは真剣な表情をシャーロットへと向けた。


「シャーロット」

「はい、なんでしょう?」

「これから話は私とあなただけの秘密の、大切な話です。誰にもしゃべってはいけません。聞けますか?」

「とうさまにもしゃべってはいけないのですか?」

「ええ、そうです。守れますか?」

「……はい」


 シャーロットは納得はしていないようで不満げな顔をしながら同意の声を上げる。


「この話をする前にまずは昔話をしなければなりません。約200年前、11度目の魔王が誕生した時代の話です。魔王が誕生した時、同時に勇者も召喚されました。その名前は――」

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