第23話 凶報
グラント王国を乗っ取ってから4か月が経過した。
結局、あの日はあれ以上の事は起こらず、デッシュと白のローブを纏った集団は忽然と姿を消した。その城の中に残ったのは数々の死体に監禁または意識のない、無力化された兵士、そしてグラント王国のたった一人生き残った王族の少女、シャーロットであった。
生み出される勇者と魔王、
光の柱、
石化する者達、
異形に変化する人間、
魔術結社、
生き返る人間、
そして、アビーとしか思えないほど似通った容姿を持つアリス。
あの日、私達が戦ったあの2つの場所で魔術結社が行った出来事が気がかりではあるが、結果だけ見れば戦場でのたった5000の犠牲のみで一つの国を乗っ取った。そして、現在グラント王国は国王にあの時の唯一の生き残りの王族であるシャーロットを置き、その裏でバーバーが国を操っている状態にある。
「あと、二つ、か」
誰もいない書斎で言葉を漏らす。
事実上、すでに3つある人間の国の内の1つを手中に収めている現状、単純に考えれば残り二つの国を侵略できれば人間を完全に殲滅できる。
そして、ガルから戦争の様子を聞く限り、魔の者たちの能力は人間の能力を超えている事が分かる。であれば、後は数さえ揃えれば私達にも勝機があるという事だ。しかし――
――勇者ってそんなに強かったんですか?
――ああ、強かったねぇ。あらゆる魔法を使って剣術も完璧。魔王様は確かに強かったけど、あれを見てしまったら誰だって逆らおうなんて思わないさ
かつて私が共に暮らしていたゴブリン達の長、アレイジとの会話が思い起こされる。
この城に勇者に関する記述は勇者がどのようなタイミングで現れるか、それの予測をした物のみであり、勇者の強さに関する記述は無い。しかし、あの時のアレイジの言葉を考えると、勇者という存在は逆らう事すら諦めてしまうほど強い存在であり、そんな存在が生み出されれば果たして勝てるかどうか僅かな不安が脳裏を過る。
(勇者……殺せるのか……? だが……私と同じように戦いとは無縁の場所から召喚されれば……)
「おい、入るぜ」
私が思考を巡らしていると、ガルがノックもせずに部屋へと入ってくる。どうやら何かの訓練の後らしく、ガルの額にうっすらと浮き出ている汗がグラント王国からから調達した
「訓練ご苦労だったな」
「ああ、最近じゃ随分統率も取れてきて、なかなかいい動きになってきたぜ。ま、オーガどもは相変わらずだが」
「それは仕方ないだろう。そういう生き物だ」
「……そうだな」
ガルは首にかけた布で汗を拭きながら何かを探すように書斎をキョロキョロと見回す。そして、一通り探した後、諦めた顔で私に問いかける。
「ヴィスパラはまだ帰ってきてねぇのか」
「ああ」
ガルの言葉に私は中空を見上げる。しかし、そこにはあの黒い光を放つ小悪魔はおらず、光を反射する僅かな埃が目に入るのみ。
国を乗っ取ったあの日以来、私達はヴィスパラを見ていない。
それについて城にいた者達に聞いたが、ヴィスパラがどこかへ言った様子を見た者も、何者かが侵入した跡もなく、何の痕跡も残さずヴィスパラは消えた。
果たしてそれによって何か被害を蒙るわけでは無く、加えてヴィスパラ自身が何をしようが止める権利など私達には無いが、それでも誰にも知られず消えたというその事実は、どこか気味悪さを感じさせる。
「まぁ、そのうち帰ってくるだろう」
「あいつ、お前に対して過保護だからな。人間たちの戦闘の前も、国に侵入しようとした時もお前の事止めてたらしいしな。……案外、お前が無茶しようとすればひょっこり戻ってくるんじゃ――」
「し、失礼します!!」
ガルの冗談めいた声を遮るようにして、一人のハーピィが慌てた様子で部屋へと入ってくる。
「どうした?」
「あ……そ、それが……とにかくこれを」
私の声にハーピィはぜぇぜぇと激しい呼吸を繰り返し、息を切らせながら私へと水晶を差し出す。水晶はグラント王国にいるバーバーと連絡を取るための物であり、水晶の中にはバーバーの姿がぼんやりと浮かび上っている。
「バーバー、何があった」
『魔王様、ご報告申し上げます』
ハーピィの差し出す水晶に私は話しかける。水晶の中のバーバーは落ち着いた声で私へと返事を返し、言葉を続ける。
『勇者が召喚されました』
「勇者……か」
『どうやら地下深くに召喚するための場を造っていたようで、知らぬ間に召喚されたようです。申し訳ありません』
「そうか、つまり今勇者はグラントに居る、という事か。他に情報は?」
『召喚されたのは3人です。しかし、どれも剣や魔法を扱った事が無いようです』
「他には?」
『先ほど召喚されたばかりのようで。また情報を入手次第報告いたします』
「後でストリゴの方から指示を出す。それに従い、勇者たちを誘導してくれ」
『は……はい。承知しました』
私はバーバーとの通信を終え、ガルへと向き直る。一部始終を聞いていたガルは私の言う事を察したようで、その隠し切れない不安を隠すように口角を引き上げる。
「殺るのか……?」
「ああ」
私はガルに強い視線を向けながら返事を返す。ガルは額から汗を流しながら、私の返答に対してゴクリと唾を飲み込む。
「やる気のある奴ら……いや、人間に対して特に強い恨みのある奴らを集めろ」
「本当に……やるのか?」
わざとらしく上げた口角を引くつかせるガルに、私は敢えてその言葉を口にする。
「2週間後、勇者を狩るぞ」
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