第22話 白髪の少女
「それで、どうですか?」
デッシュは私ににこやかな笑みを向ける。しかし、その薄っぺらい笑みはかえって薄気味悪さを感じさせるものであり、私はデッシュに更に警戒心を強める。
「言葉の意味が分からん」
「魔法ですよ……呪い、の方が近いものを感じますが」
「何の話だ」
私はデッシュを睨み付けるが、それに対してデッシュはその笑みを更に深くするのみで、警戒というものを一切見せる気配が無い。
「僕たちが住まうこの島々は魔法にかかっているんですよ。そして、その魔法によって約1300年もの間、魔王と勇者は生み出され、殺し合っているんですよ」
「……何のために」
「さぁ? 大昔の話ですし、存じません。大昔の話ですし。僕たちはその魔法の解呪の為にここに来ました。そして、ここでのそれは完遂されました」
「……終わったなら、私に殺されてくれるのか」
「まぁまぁ、そう警戒せずに。殺すのなら話を聞いた後でも変わらないんですから。それに、その傷ではまともに戦えないでしょうし。しかし……+すごい回復力ですね」
私はデッシュを睨み付けるが、デッシュはそれに応じず私の傷口を舐めるように見まわす。
デッシュの言うとおり、私の腹部の傷は塞がり、血は出ていないものの、それは表面上だけであり、未だに腹部からは煮え滾る様な熱が感じられる。
「それで、お前たちは何がしたいんだ」
「力の――」
「
横からマリウスの言葉が呟かれると同時に、デッシュの側の男の首に音もなくナイフが突き刺さる。そして、それを投げた張本人であるストリゴは剣をデッシュへと振るった。
「おっと」
「かはっ!?」
しかし、その刃はデッシュに届かず、救い上げるようにしてストリゴの剣は弾かれ、それを振るった本人はデッシュによって首元を掴まれた。
「がっ……う゛う゛ぅ゛……」
「全く、酷いじゃないですか、話の途中なのに。……この魔法鬱陶しいですねぇ」
ストリゴは掴まれているデッシュの腕を外そうと躍起になるが、そんなストリゴを無視し、隣で倒れている人間には目もくれずにデッシュはもう片方の手で視界に入った何かを払うように動かした後に、にこやかな笑顔を私へと向ける。
「さて、話を戻しましょうか」
「お前……」
私は隣で倒れる死体とストリゴを交互に見る。手負いとはいえ、かなりのやり手であるストリゴの攻撃を軽々と防いだこと、そしてすぐ側に恐らく死んでいるであろう仲間を無視して話を続けるデッシュに対して若干の恐怖を抱いてしまう。
「おっと、これでは協力も何もないですね」
「……かはっ、げほっがはっ」
デッシュはストリゴをゆっくりと下ろす。ストリゴは咄嗟に距離を開け、私の側まで後退する。
「どうしたストリゴ」
「……人間、ですので」
ストリゴはデッシュを睨みながらいつの間にか手に戻した剣をデッシュへと向ける。しかし、得物を握る手は、デッシュへと向ける剣先は微弱に震えている。
「さて、話を続けましょうか。しかし、目が見えないのは面倒ですね」
デッシュはそう言いながらも私の隣に立つストリゴへと視線をしっかりと合わせる。その動作から、果たして先ほどのストリゴの魔法が効いていないようにも見えるが、デッシュはストリゴへと言葉を投げかける。
「ストリゴ、警戒するのはいい。だが、それでも早まるな」
「……承知しました」
ストリゴは少しだけ息を荒げながら、しかし冷静な表情で頷く。
「それで、えー、どこまで話しましたっけ。そうだそうだ、理由でしたね。理由は力の解放の為、ですよ」
「……どういうことだ」
「さっきも話した通り、はるか昔から現在に至るまで、この地にかかっている魔法は魔法や身体能力といった『力』を奪い取るものです。そして、その魔法は彼ら魔術結社の魔法開発の邪魔みたいで。それを消し去るためにこうしてここに乗り込んだんですよ」
デッシュは「まぁ、面白そうだから僕は手伝っているのですがね」と、今度は作り物では無い、本当に楽しんでいる笑みを浮かべる。
「それで、そんな話を聞いて私がお前たち人間の仲間になるとでも?」
「いやいや、そんな仲間だなんて。利用していただければいいんですよ。それに、この魔法が解けなきゃ十中八九勇者に殺されますよ? そんな確定した未来が変えられるんだから、あなた方にも悪い話でないと思うのですが」
「……」
デッシュは友好の意を示すためか、何も持っていない右手を前へと突きだす。
仮に人間と協力するとなっても隣のストリゴと同じく、人間を嫌っている者が多い為、そもそも話を受け入れること自体が難しく、それ以前にデッシュの言っている事がどこまで真実であるか判断しかねている部分もあり、信用に値しない。
ともすれば不確定要素は殺すが吉、ではあるものの、先ほどのストリゴとのやり取りを見れば、当然デッシュはそれなりにやり手らしい。全快であるならば苦戦はすれど勝てる相手であろうが、腹に風穴を開けた直後である今、奴とその取り巻きと戦えば苦戦は必至だろう。
「ま、すぐに回答を得られるとは思いませんよ。あ、どうやら迎えが来たようです」
デッシュは突きだした手を引き戻し、戻した手で自身の顎をさする。しかし、その一瞬後にデッシュは首を横へと動かす。
「おつかれさまです、クルトンさん」
「お疲れ様です、クルトン様」
「ああ、撤収しようか。……なにかしていたのかね?」
そのしわがれた声と共に白のローブを纏い、同じく白のフードを目深く被った4人の人間が部屋の前へとやってくる。その中の一人、クルトンと呼ばれた初老の男はそのフードを取り去ると、私達を一瞥したのちにデッシュの後ろにいるもう一人のローブの男に声を掛ける。
「ええ、交渉を少し。ああ、あとその際に一人死んでしまったのでお願いします」
「大丈夫ですよ。彼らに戦意はありません」
「そうか、デッシュ君が言うのなら問題は無いだろう。
「喉を一突きなので大丈夫かと」
クルトンは喉元から血を流す死体の傍まで近づくと、その喉に突き刺さったナイフを躊躇なく抜き取る。そして、そのままナイフでゆっくりと死体の胸部を切り開き始めた。
「ふむ……どうやら大丈夫のようだな。……アリス、こっちへ来なさい」
クルトンはナイフを地面へと置き、血に濡れた手でクルトンの後をついてきたローブの人間の一人に手招きをする。そして、それに応じるようにクルトンの連れた人間の内の一人が死体の側へとやってくる。
「さ、やってみなさい」
「はい、お父様」
「触らぬようにな」
アリスと呼ばれた人間は死体の側にしゃがむと、死体が見えづらいのか被っているフードを取り去る。
「お前は……アビー!!」
フードの中から現れたのはかつてブレイブから私を庇い、そして死んでしまったアビーの姿だった。
透き通る肌と白髪のかつての姿は変わらないアビーは、少女と呼ぶにふさわしく、しかし昔の姿よりも成長した彼女の瞳にかつての純粋さは映っていない様に感じられる。
「アリス、あの魔物の事を知っているのですか?」
私がアビーの姿に釘付けになっていると、そんな私に気が付いたようで、クルトンはアビーに問いを投げかける。
「……いいえ、知りません。それに私、アビーではなくアリス、ですので」
しかし、アビーは一瞬の間を置いたのちにその可能性を否定する。
(他人の空似……なのか……?)
確かに今の私の異形の姿をアビーは知ず、加えてアビーという名前をその本人の口から否定される。しかし、それでもそのかつての彼女のその顔を私が間違えるとは思えず、頭では理解したものの心の中では否定しきれないでいる。
「終わりました」
私が自身の内側でかつてのアビーの姿と目の前の少女の姿を比べていると、アビーは死体にかざしていた手をどかす。
「ご苦労だったな。ありがとう」
「ありがとうございます、アリス様」
そして、先ほどまで物言わぬ死体だったはずの人間は少し動きづらそうに起き上がると、アビーへと礼を言葉にした。
「生き……返った……?」
「え……ええ……。そのよう……ですね」
「さ、それでは用も済んだことですし、ここを発ちますか……アリス?」
生き返った人間に私とストリゴが絶句していると、アビーは私たちに向かって歩き始める。
「アリス様!?」
「アリス! 何をしているのですか!? 戻りなさい!!」
「大丈夫ですよ。彼らに戦意はありません。それにもしそうなった場合でも僕がいますから。それにそうやって刺激する方がマズイ」
私達へと歩みを進めるアビーをクルトンたちは止めようとするが、それを阻止するようにデッシュはアビーとの間に立ちはだかる。その間もアビーは歩みを進め、私達を横切る。
「その子を見せてください」
「……ひっ!?」
アビーはいつの間にか気絶した少女を抱えるバーバーの側で足を止めると、膝を折り、手を差し出す。相手が人間の為かバーバーは恐れを抱き、その身を後ろへと引く。
「大丈夫、武器はありませんしあなたには何もしません。ただその子を見せていただきたいのです」
「……っ」
アビーの物怖じしない態度にバーバーは恐る恐る抱えている少女を差し出す。アビーはバーバーが差し出した息が荒く、顔色の悪い少女を少しの間観察した後、その首元にそっと手を触れる。そして、そのままその手を少女の額へと運ぶ。
「
アビーが短く魔法を唱えると、もう用は済んだのか立ち上がり、再び私たちの横を横切るとデッシュ達の元へと戻っていった。
「アリス様、危険な事はおやめください」
「はい……申し訳ございません」
「さぁ、帰りましょうか」
アビーが戻ると、クルトンたちは私たちなどまるで興味が無いらしく、踵を返して廊下へと消えていく。
「おや、どうやら今度こそ僕たちは帰るようです。では、また会いましょう。それまでに先ほどの話の吟味をお願いしますよ」
デッシュはただ呆然とする私達に軽く手を振るうと、扉の向こうへと消えていく。その様子をしばらく呆然と眺めていると、私の隣のストリゴが地面へと崩れ落ちる。
「……くっ、がはっかはっ」
「おい、しっかりしろ」
ストリゴは床に血をまき散らしながら跪く。恐らく先ほどのデッシュとの接敵の際だろう。ストリゴの腹部には新たな刺し傷ができており、そこからは血が流れ出ている。
「バーバー!」
「は、はいっ!」
バーバーはすぐにストリゴへと駆けよると、抱えていた少女を地面に置き、すぐさま治癒魔法を掛け始める。
「申し訳……ございません」
「その様子なら大丈夫そうだな」
ストリゴの安全を確認した私は、ふとバーバーが地面に置いた少女へ視線を移す。少女は先ほどまでとは違い、静かな一定のリズムを刻む呼吸をしながらその瞳を閉じている。
「……」
私は再度、明確な殺意を持ちながら剣を振り上げるが、まるで何かに邪魔されるかのように剣を握った手から力は抜け、片腕はだらりと地面へと垂れ下がった。
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