幕間
閑話7 受け止めきれない現実
「かあさま! 出来ました!!」
「良くできましたわね。シャーロット」
太陽の日差しが降り注ぐテラスで、齢10程の少女、シャーロットは満面の笑みで母親であるエリーゼへと駆けよる。エリーゼはシャーロットの持ってきた一枚の紙を眺めた後、甘えてくるシャーロットの頭を優しく撫でる。
「えへへ」
「これであなたにこの国を任せられますね」
「え……?」
エリーゼの声に違和感を感じたシャーロットはその顔を上げる。
「かあ……さま……?」
顔を上げたシャーロットの視線の先には、先ほどと変わらない慈愛に満ちたエリーゼの表情があった。しかし、その首元からは血に濡れた剣が突き出ており、ドレスの赤とは違う真っ赤な液体が吹き出し、シャーロットの顔を濡らす。
「……なん……で?」
気づけば周囲の景色は自身の心情を映したかのような赤黒い何かに染まっており、動かせないでいるシャーロットの視界から地面へと倒れこんだエリーゼの姿は消えた。
「まも……の……」
そして、エリーゼが倒れたことによりその後ろに立っていた者の姿が視界いっぱいに入る。
全身を覆う鱗、突きだした角、尖った耳、虚ろな目、そして上腕の途中までしかない右腕。
人間のシルエットを持つそれはシャーロットの姿を見ると、左手に持った血が滴る剣をゆっくりと持ち上げ、動けないでいるシャーロットに振りかぶる。
そして――
――生きて
・・・
「……ハッ!?・・・・・・ハァ、ハァ」
悪夢にうなされていたシャーロットは荒い息を吐き出しながらあたりを確認する。背中は冷や汗によってびっしょりと濡れており、額からは一筋の汗が垂れ落ちる。
以前より国政の為の本が増えた本棚、身だしなみを直すためのドレッサー、そして3人の大人が並んで寝れるほどの大きなベッド。夕暮れ時らしく、周囲は夕日によって赤く染め挙げられているものの、それ以外はいつもの風景であふれかえっており、意識を失う前までにあった母の死体は無い。
「なんで……ここに……」
少女は混濁している自身の記憶を探る。記憶には先ほどまで見ていた夢と同じような殺される母親と自身を殺そうとする異形の化け物、そして、真っ赤な鮮血。しかし、シャーロットの服には血の一滴も付着しておらず、その服も寝る前とは違うものではあるが、綺麗なままだ。
「夢……そっか、夢、だったんだ」
それらの判断材料を元に、気絶する前に見た母の死の記憶を強く否定する。先ほどまで思い起こしていた記憶を、夢の出来事を。シャーロットはその虚構を強く信じながらベッドを降り、扉の前まで移動する。
「夢だったんだ。あれは……そう、きっと……」
しかし、扉のドアノブに手を掛けるシャーロットには妙な鉄臭さが鼻を掠めており、ドアノブに掛ける手は僅かに震え始める。
「夢……だよね……?」
扉を開ける。
そんな簡単な行為だが、シャーロットにとって扉を開けるという行為は脳裏を掠める最悪の出来事を肯定してしまうものであり、その肯定絶望を受け止めきることができないことをシャーロットは無意識ながらに理解しており、ドアノブに掛けた手に思うように力を加えられない。
「夢……そう、夢……!」
シャーロットは意を決して扉を開ける。扉は思った以上に簡単に、軽い力で開く。
「夢……ゆ、め……じゃ……なかった……」
赤、赤、赤――
扉の向こうには赤黒く固まった血がそこらじゅうにまき散らされており、扉の目の前、シャーロットの目下には自身の母親の死体に父親の生首が転がっている。
「あぁ……ああぁ……」
シャーロットは扉の前でへたり込む。地面を濡らす血だまりはまだ完全には固まっていないようで、シャーロットの綺麗な服を赤く染めあげるが、シャーロットはそんなことに目をくれずにただ、呆然と目の前の光景を見る。
「かあさま……とうさま……なんで……なんで……」
両親が殺された。その至ってシンプルな真実は未だに幼いと言える少女の頭では理解し難い真実であり、シャーロットはその事実を否定するために眼前の景色を見直し、そしてその景色から肯定し難い真実を理解していく。
「……」
「ねぇ、人間。私の言葉、分かる?」
ただ目の前の景色に目を向け続けるシャーロットの耳に女性の声が入ってくる。だが、力の抜け切ったシャーロットには声の方向へ首を回す力すらないようで、その視界は僅かにも揺れ動くことは無い。
「……」
「身内が亡くなったのだから無理もないわね」
声の主は言葉を発することの無いシャーロットに言葉を続ける。
「一つ、提案があるのだけれど、私にあなたの敵討ちを協力させてくれないかしら」
「……へ?」
声の主の言葉にシャーロットはようやく顔を上げる。そして、その姿は窓から差し込む夕日によって照らされる。
「隻腕の王を、魔王を討ち取りましょう」
シャーロットの視界には一人の天使が立っていた。
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