第7話 遺体と死体

 壁内の戦闘が終わってから約数時間後、その周辺の確認や残党の処理が終わり、私達は壁内にある噴水前広場へと集まっていた。


「これほど死んだのか」


 眼前には並べられた仲間の死体がある。その数約300。どの死体も噴水前広場に丁寧に並べられ、胸を貫かれた者、頭を強打した者、様々な死因の末に目覚めない眠りについている。


「だけど、勝ったんだぜ」


 ガルは嬉しそうに、そしてほんの少しだけ、悲しそうに言葉を放つ。恐らく私への励ましも籠っていたのだろう。ガルは私の背中を優しく叩くと、ただじっとその死体を見つめる。


 だかガルの励ましがあっても、私の中の自責の念が消える事はない。3万という全体の数からみれば300という数は微々たるものであるかもしれない。それでも自らの指揮によって戦ったもの達である以上、必ず幾らかは死ぬこの戦いであっても責任を感じざる終えない。


 だが、それでも冷徹に状況を把握しなければならない。


「戦死者の内訳は?」

「こちらをどうぞ」


 フロッグマンから受け取った羊皮紙に目を落とす。羊皮紙にはサテュロスやミノタウロス、ゴブリン等の様々な種族の名前と、その戦死者の数が記載されている。


(やはり……そうなるか)


 中でも生き絶えたものが多いのは有翼部隊であった。その数は全体の60%を占めており、広場を見てもその死体は多くあることが分かる。


 これは当然の帰結であり、戦闘前から分かっていたことだ。


 何故なら有翼部隊は壁上の敵に対して最も効果的な攻撃を行え、最も敵に狙われやすい部隊である為だ。加えて有翼部隊の者達は人間大のその身体で空を飛行する為、フルプレートの様な重い鎧は当然ながら装備できない。その為、一度攻撃に当たれば、その当たりどころが良かろうが悪かろうが、はるか上空にいる彼らはすぐさま重力に従って落下を始め、地面に叩きつけられ死亡してしまう。


 だがそれでも、戦闘機やミサイルの無いこの世界で、制空権を支配できる彼らは今後の戦闘での大きな戦力になり、戦死者の多くは彼らになってしまうだろう。


(駒とは……言い得て妙だな)


 私は苦々しい笑みをこぼしながら深いため息を吐き出す。作戦を構築し、どちらの兵が制圧するかのこの戦場に置いて、まるで兵士達を駒の様に使ってしか勝つことができない自分へのため息だ。


 そして――


(これだけ殺したのか)


 丁寧に並べられる仲間達の死体の隅。雑に積まれた、殆どのものが興味を示さないそれに視線を向ける。


 それの多くは人間の男、つまりこの壁内で働いていた兵士達であった。しかし、その中には年端のいかない子供や、深い皺が幾重にも刻まれた老人も混ざっており、その光なき淀んだ瞳がこちらを凝視している。


 彼らに同情という感情は無い。私達を痛めつけ、嘲笑った種族だ。仮にそれをしていない者達でも、その現状を止められなかったというだけでその対象だ。だが、産まれたばかりの赤子や、年端もいかない幼子は違う。彼らは何も知らず、ただ暮らしていただけだ。


 この戦闘を仕掛けた第一人者という事もあるが、そんな彼らの死体を見ると、いや、死体に見られていると、背中に重苦しい何かを背負っているような、這い回っているような錯覚を覚えてしまう。


「それでも……前へと……」

「王よ、よろしいですか?」


 次第に落ち込んでいく私は、ストリゴの声にはっと顔を上げる。ストリゴはそんな私に一瞬不安げな表情を見せるが、それも直ぐにいつもの冷静なものに戻る。


「なんだ?」

「あちらの死体を食料に回しても良いですか?」


 ストリゴは先ほど私がみていた人間の死体を指す。元は人間と言ってもすでに死体であるそれらは、彼らにとってただの肉塊なのだろう。


「……ああ、構わない」


 私は少し考えてから答える。以前ギガに食べさせたことがあるためだろうか、それとも私自身、それらの死体を心の奥底では肉塊と認識してしまっているのだろうか、その判断は思ったよりも短い時間で下すことができた。


「……そうですか。では、そのようにしておきますので」


 ストリゴは少し驚いたようで、少し言葉を詰まらせたのちに各員に指示を出し始める。どちらにせよ今のままでは食料が少ないのは事実だ。こうなることは必然だろう。


 私は再度周囲を見る。傷を癒す者、勝利の喜びの声を上げる者、死者の側で静かに泣くもの、生きている者たちは皆それぞれ感情を体で表現しながらそれぞれ何かをしている。


「なんだ、まだそんなシケた面してんのか」


 ストリゴの指示に従い、人間の死体を運ぶガルは私の様子を心配したのか、その向かう先を私へと変更し、そんな言葉を掛けながら近寄ってくる。


「まったく、そりゃ勝者がする面じゃねぇだろ。もっと喜べよ」


 ガルは手首を左右に振り、オーバーな呆れ顔を示す。


「ああ、すまない。手伝うよ」

「やめとけやめとけ。王様がそんなんすんなって。それを差し置いても怪我人だっつーのに」


 今度は本心からの呆れ顔で溜息混じりに言葉を吐きながら私の横へと立つ。私の視界にはガルの担いでいる少年の死体が目に入った。死体はこちらを落ちくぼんだ目でじっと、瞬きすることなく凝視している。


「ん? どうし……」


 ガルは言葉を切り、その死体を地面へと降ろす。死体の視線がそれたことによって心の奥の安堵を感じながらガルを見ると、申し訳なさそうに頭をボリボリと掻いている。


「まぁ、なんだ。死体が見慣れないのか?」

「まぁ……そんなところだ」

「……そういえば前に、自分のことを人間って言ってたよな」

「……ああ」

「……同族殺しはキツイか?」


 ガルは先ほどとは打って変わって静かな声で話す。私は少し考え、首を横に振るう。人間を滅ぼすことを目標にしている私だ。人間を殺すことに関してだけ言えば、ブレイブを殺そうと決意したあの日からそこに大きな抵抗は感じない。


「まぁ、そりゃそうだわな」

「……昔、人間の子供を助けたことがあってな」


 私はゆっくりと口を開く。そんな私にガルは静かにこちらへと振り向いた。


「その時は特に理由もなく……まぁ、同族だったからってのもあるだろうけど、ただ何となく助けたんだ。少しの同情からの、ただの気まぐれでな。まぁ、その時はリザードマン達と生活をしてたんだが、彼女は、アビーはそんな場所で言葉が通じない中、彼らと上手い事共生してたんだ。私よりも中の良い者の居たくらいだ。それで……まぁ……こうしていることからも分かるとは思うが、一人の人間の男によって私以外殺されたんだよ。……多分その時の出来事が原因なのだろう。情けない話だが、私がやられそうになった時に彼女が庇ってくれてな。どうにも人間の子供の死体を見るとその時の彼女に見られているような、彼女を私が殺したような、そんなことを考えてしまうんだ」


 私はわざと笑い声をあげる。だが、その声は自分でも分かるくらい空虚で、どこか悲しみに満ちていた。


「それで、その庇った人間を殺した男はどこにいるんだ?」


 一人で笑い声をあげた後、その空しすぎる声に落ち込んでいると、ガルは少し怒気混じった声を上げながらこちらに顔を寄せる。


「……そいつなら死んだよ?」

「……死んだ?」

「ああ……私の目の前で。自分で自分の首を貫いて……な」


 私がそれを言い終わると、ガルはその肩を落とす。しかし、ガルはふと何かを思い出したかのように肩を持ち上げ、再度私に向き直る。


「なんでそいつは死んだんだ? それも自分からなんて」

「さぁな。私もその時はひどく混乱したが、今じゃ結局それも分からずじまいだな」


 ガルは「そうか」と一言呟くと、一度落とした肩をもう一度落とし、押し黙ってしまう。このガルというゴブリンは随分と優しい。これはゴブリンという種全体にも言えることなのかもしれないが、それを差し引いても彼の優しさは私を暗闇から救い上げてくれる気さえしてくる。その為、そんな彼を落ち込ませたことに罪悪感を感じる。


「なぁ、そういえば何故私を相棒、と呼んだんだ?」


 沈んだ空気を変えるべく、ガルに気になっている質問を投げかける。ガルは少し申し訳なさそうな顔をしながらその肩を上げる。


「ああ、それか。まぁ、なんつーか、命の恩人だしな。それに付き合いも長いし……」


 ガルの言葉は次第に歯切れが悪くなっていく。最終的にぼそぼそと口元で呟かれるようになった言葉は耳で拾えなくなってしまった。


「……まぁ、あれだ。もし嫌なら止めるが」


 ガルは一度大きなため息を吐いた後、ぶっきらぼうに言葉を吐き出す。私はそんなガルに好感を覚えながらその返事を返す。


「いや、これからもそう呼んでくれ。相棒」


 私はガルに拳を向ける。ガルはその拳を見てか、その鋭い歯をニカリと見せ、自らの拳を私のものにぶつけた。

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