第17話 屋敷に響く音

 私はトードーの屋敷のドアをノックする。だが、当たり前の様に返事を返す者はいない。


「留守ですかね」


 ストリゴの言葉を無視し、ドアノブに手を掛ける。だが、案の定開いていない為、私はその扉を腕力に任せ、ゆっくりとこじ開ける。


「……ひっ!?」


 扉を開けると、中は高そうな調度品で飾られた応接間のような造りの部屋になており、高級そうな革張りのソファの側でロングスカートを着た、いわゆるメイドのような恰好をした女が私たちを見て固まっている。


「おい女、トードーという男を知っているか?」


 私の問いに女恐怖を顔に浮かべながら首を横に振る。女の首元では銀色の枷についた十字架のアクセサリが揺れる。そして、その首元には赤黒い痣も目に付いてしまった。


(知らないはずないんだが)


 そもそもここはトードーの家のはずだ。だから仮にこの女がこの屋敷のものでなくとも屋敷にいる以上、知っているはずだが、女に嘘をついている様子は無い。


「どうしますか?」

「放っておけ。それより家主を探すぞ」


 ストリゴの問いを私は否定する。装飾がされているとはいえ、あの銀色の枷は奴隷が付けるもの。という事はこの女が何を言おうがそれに説得力は生まれない。むしろここから離れれば主人の命を逆らった事になるかもしれない。その上こんな夜中だ。奴隷が外を歩いたとして、耳を貸す者も助ける者もいないだろう。


「お前の主はどこだ?」


 私の問いに女は一つの扉に震える指を向ける。私がその扉を開けると奥には廊下が続いており、その先で何か物音が聞こえる。


「行くぞ、バーバーはその人間を監視しろ」


 バーバーは私の言葉に素直に従い、女と一定の距離を取った。私はそれを確認したのち、ストリゴを連れ廊下を進む。廊下を進むと次第に物音の正体である何かを地面に叩きつけるような衝撃音がハッキリと聞こえてくる。


「ここか」


 扉の向こうからは何かを地面に叩きつけるような衝撃音に加え、衝撃音によって私たちの元まで届かなかった男の愉悦の声が聞こえてくる。私はその扉を無造作に開ける。


(……悪趣味な奴だ)


 扉の向こうには所々赤黒い染みの付いた部屋で見知らぬ痩せた長髪の男が、天井から吊るされた縄で両手を拘束された全裸の女に向かって鞭を振るっている。そして、その部屋の隅では2人のメイドの格好をした女が痛々しげな表情をしながらその顔を伏せている。


「……ご……ご主人……さま……」

「あ゛あ゛ん? 誰が喋っていいって言ったぁ!?」

「あ……あれ……は……」

「な、なんだてめぇらは……」


 痛々しげな表情から、恐怖の色に染め上げられた2人の女の声に、男は私たちの存在に気づいたようで、後ずさりながら女と同様にその表情を恐怖の色に染める。


「……はぁ。やれ、ストリゴ」

「はっ」


 私の命に、ストリゴは男に向かって素早く接近し、その腕を切りつける。唖然としたまま動くことすらできなかった男は、急接近したストリゴに対して言葉を上げる事すらできず、その両の腕から血を流し始める。


「あ……あ゛あ゛……いでぇぇ――」

沈黙サイレンス

「うぐっ……う゛う゛……」


 ストリゴは今にも叫びだそうとする男に沈黙の魔法を掛け、その言葉を封じる。男はそれでも腕からきているであろう痛みに顔を歪めながら、その場へとうずくまった。


「どのようにしましょうか?」

「うぅぅ……」


 ストリゴは血を流している両手が上がらないようで、その手を地面に置きながら私たちを見るが、明らかに怯えているようで僅かにだが後ずさりをしている。


「とりあえず死なない程度に治した後、動けない様に縛ってさっきに部屋にでも転がしておけ」

「承知しました」


 ストリゴはマントの下から荒縄を出すと、男の腕を締め付け止血したのちに縛り上げ始める。私は唯一私達に驚くことなく、いや、驚く余裕もない裸の女の縄を切り落とした。女はその場に蹲り、特に何をすることもなく虚ろな目で血で汚れた地面をただ眺めている。


「おい、女」

「……」


 私はその場で蹲る女に声を掛ける。だが、女は返事をすることなく変わらず地面を見つめ続ける。蹲る女の背中は血だらけであり、滲む血は目にするだけで自分の背中まで痛みだすような錯覚まで覚えるほどひどい状態であったため、私はその背中に乱暴に自身のマントを投げた。


「……はぁ。ストリゴ、こいつを治してやれ」

「……承知しました」


 ストリゴは少し間を置いたのちにいつもと変わらない冷静な声で返事を返す。


 ストリゴが鞭を打たれていた女と縛られた男を運ぶのを確認したのちに隅で怯えている女たちの前へと立つ。女たちは私を見て更にその身体を震わせ、身体を小さく丸めた。


「おい、トードーという男を知らないか? この屋敷の主だったはずだが」

「し……しりません」

「なら、今の主はさっきの男か?」


 女たちは震える顔を縦に振る。


「お前たちはあの男の奴隷か?」


 再び、女たちはその顔を立てに振るった。予想通り、この女たちは男の奴隷であり、恐らくだが私と同じく召喚されて飼われていたのだろう。そうであるならばこの女たちが何かを知っているとは考えにくい。


「ついてこい」


 女たちは三度、同意の意を示したのを確認したのち、その部屋から移動を始める。女たちは縺れそうな足取りで私の後を付いてくる。


 私が初めの応接間のような部屋へと戻ると、バーバーが濡れたマントを纏った女を魔法により治療しており、それを怯えたような、不思議そうな表情を浮かべた女がその様子を観察している。そんなバーバーの様子を同じく観察しているストリゴの足元には縛られた男が新たに猿轡を追加された状態で文字通り芋虫の様に転がっている。


「ストリゴ、その男と話がしたい。悪いがその猿轡を外してやってくれ」


 私は高そうなソファへと腰を下ろし、目の前の同じソファへと座らされている男を観察する。


 男の身なりは見るからに豪華なものであり、それこそあのトードーよりも豪華なものを身に纏っているように感じる。その上綺麗に刈り揃えられた金髪、引き締まった身体、肌の健康的な色。ストレスを感じさせないその様子を見るに、あの残虐的な行為はこの男の趣向によるものだろう。


「さて、いくつか質問があるが、返事には気をつけろよ」

「な……なんだ貴様らはっ……!?」


 猿轡を外された男は少し冷静になったのか、私へと必死な声を上げるが、それもストリゴによって当てられた首筋の刃に思わず唾を飲み込んだ。


「言った側から……か。さて、まずお前の名前から聞こうか」

「カストロ・バネッサ……です」


 カストロはその視線を首元に当てられた刃に視線を落としながら答える。首元からは一筋の血が流れていくが、その表情が憎々しげなものへと変化しているのが読み取れた。


「仕事は?」

「鉱石商人……です」

「5年前までここにトードーという鉱石商の貴族がいたはずだが、そいつは今どこだ?」

「トードー……ですか。死にましたよ」

「死んだ……?」


 私の言葉にカストロは少しだけ下卑た表情を表にだす。


「ええ、はい。罪人ですから、その5年前に処刑されました」

「罪人か。なんの罪だ?」

「それは……」


 カストロは言いにくそうに、私達の様子を伺う。だが、そんな僅かな沈黙も許すまいとストリゴは首筋に当てる刃に力を込めた。


「わ、分かってますって。隠すつもりは……無いのですが」

「いいから言え」


 私の言葉にカストロは一瞬言葉を飲み込んだ後、観念したように言葉を続ける。


「闘技場の魔物たちを逃がしたためです。そのため住民への危険や闘技場の財産の喪失など、大きな被害を……」

「……貴様」


 言葉を続けようとするカストロだったが、ストリゴが首元へと当てていた刃への力を強めたため、言葉を途切れさせる。


「ストリゴ、やめろ」

「……申し訳ございません」

「さ、続けろ」


 ストリゴが力を弱めるのを確認し、私はカストロに声を掛ける。カストロは自身の首元に当てられた刃を見つめながら、再び口を開く。


「……つまり、この国の大きな収入源である闘技場に大きな被害をもたらしたトードーはその後、処刑されました」

「そうか……」


 恐らく私のおかげで死んだのだろう。死ぬのは構わないが利用できる唯一の人間であるトードーが死んではここでの活動がよりやりにくくなる。そういう意味では死んでほしくは無かったとも言えるのか。


「さて、お前鉱石商といったな。それはどこに卸しているんだ?」

「主に中央の市場ですかね。それと最近では王都にも魂留石こんりゅうせきも卸していました」

「魂留石?」

「魂を拘留する石です。あれらの様に奴隷を召喚する際に用います」


 カストロはソファの脇に立つ3人のメイドを顎で指す。


「召喚……どうやって?」

「魔法の原理は知りませんが、まぁ、簡単に言うと適当な死人の魂をその石の中に召喚して、別で作った肉体ににその石を入れて作るそうですよ。言わば肉でできたゴーレムのようなものです」

「死人……」


 死人……死んだ人間……。


「……いつっ」

「……王?」


 死人、という言葉に頭に痛みが走る。


(召喚……奴隷……死んだ人間の……魂)


 脳内を反復する言葉に頭が支配され、その言葉の反復に脳が軋みだす。


「……かはっ……かっ……」


 自身の心臓の鼓動が早まり、過度な呼吸により息が詰まる。


 虚ろな目、振り乱す髪、狭まる器官、皮膚を削る爪の感覚、早くなる自身の鼓動……。


 数々の封印していた光景が脳を駆け巡り、そして、思い出した。思い出してしまった。あの日の出来事を。

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