第2話 廃都の主

 どんな生き物も見たことのない生物に警戒を示すのは当然だ。


 それがどんなに友好的でも、好戦的でも、それでも危険を回避する手段として、それを排除することは最も有効なものであり、当然のものだ。だが、それをせずに初対面の、それが何かも分からない生き物に対して友好の意を示すには、身を危険にさらしてでも武力解除をする他ないだろう。


・・・


 周囲のヴァンパイアを観察する。数は20弱といった所か。見たところ武器らしい武器は見受けられない。恐らく俺の鱗があれば傷を負う可能性は少ないだろう。


 俺は目の前にいる蝙蝠の羽を背負うヴァンパイア達を睨む。そいつは俺の先ほどの行動に動揺したのか、視線を少し揺らがせた。


「お前らはなんだ?」


 言いながら首を回し、後ろにいるであろうガル、グレイ、タナムスに視線を向ける。首を左右に振りながらおろおろとする3人の首元にはそれぞれ1人の右手の鋭くとがった爪が向けられており、左手の手のひらを顔に向けている。


「お、おい、仲間が殺されてもいいのか?」


 ヴァンパイアの一人が叫ぶ。恐らく殺す気はあるのだろうが、俺が人質を取っている為か、返答をしたためか、その様子は明らかに動揺しており、口元が微かに震えているのが分かる。


「やれば? それに、」

「がっ……カハッ……!」


 地面に伏しているヴァンパイアの首元を絞める手の力を強める。喉をつぶされているヴァンパイアは超えにならない声を上げた。俺は浅い深呼吸をしたのち、できる限りの皮肉を込めて言葉をを発する。


「仲間が殺されてもいいのか?」

「き、貴様っ!?」


 ヴァンパイアの一人が叫ぶ。仲間思いなのだろうか、単にそいつの親友なのだろうか。必死な形相で叫ぶヴァンパイアの姿に俺は思考を落ち着かせた。少し感情が先行しすぎていたようだ。


(やるべき事を、すべきことの本質を忘れるな)


 そして、深呼吸をしたのちに左手の、人質の首を掴んでいる手を離し、立ち上がる。そして、腰に下げた剣を引き抜き、地面へと投げだす。


「お前たち、俺の仲間にならないか?」

「は?」


 俺の突然の行動にヴァンパイア達がきょとんとしている。そんな彼らを無視し、俺は足で剣をヴァンパイア達に向かって蹴りながら言葉を続ける。


「俺は人間という種族を根絶やしにしようと考えている。もし、お前たちにその気があれば手伝ってほしい」

「きさ……貴様……何を?」

「お前らに殺人趣味や食糧問題があるなら後ろのは殺せばいい。俺も人間を殺した後殺してしまってもいい。どうだ?」


 一通り言い終え、周囲に視線を向ける。 ヴァンパイアタ達は何を言っているのか分かっていないのか、動こうとしない。身体を半身ずらし、首を後ろに回すと人質を取っていたヴァンパイアはおろか、ガルやグレイも言葉を詰まらせている。


「どうだ? 時間が欲しいならそう言ってくれ。断っても俺からは何もする気はない」


 返答は返ってこない。まぁ、当然か。次にどう引き込もうかと考えていると地面から声が聞こえる。


「がはっごほっ……てめぇ何言ってんだ!!」


 声と共に俺の眼前にヴァンパイアがゆらりと咳をしながら立ち上がる。そして、俺を一発その拳で殴りつけた、


「仮にも仲間じゃねぇのかよ!!」


 痛みは無い。いつも通り鱗のおかげで衝撃だけだ。眼前のヴァンパイアは首だけ回して衝撃を受け止めた俺を睨み付ける。


「なんだ? 殺そうとしていたのはお前らだろ?」

「そりゃ……そうだけど……でもおかしいだろ! 仲間だろ!?」

「ともかく、どうなんだ? 殺る気なら反撃させてもらうが」

「おい、聞いてんのか!?」


 目の前のヴァンパイアは食って掛かるが、俺に手を出す気配は無い。


「だからその仲間を殺そうとしてたのはお前らだろ? そんなに仲間仲間いうなら俺に関わるなよ」

「だ……だけどよ……」


 ため息混じりに言葉を吐き捨てる。流石に反論できないのか、目の前のヴァンパイアは言葉を詰まらせる。そんなヴァンパイアの様子を見てか、周囲の者たちは気を取り戻す。


「ヴァン、ともかくそこから離れよ。して貴様、我々を仲間にしたいと、そういったのか?」

「ああ、人間絶滅のためにな」

「貴様はヴィスパラ……城の中の悪魔には会ったか?」

「ん? ああ。なんか俺を魔王にしたいとかなんとか言ってたぞ」

「そうか……ふむ……認められたのか……」


 恐らくこの中のリーダー格であろうヴァンパイアは顎に手を当て、何かを考え込む。そしてしばらくした後、顔を上げる。


「……アル、アーク、ノスフェラ、放してやれ」


 リーダー格のヴァンパイアの指示により、ガル達についていたヴァンパイアは離れていく。


「もう一度聞く。貴様、本気で人間を滅ぼす気か?」

「ああ、そうだ」

「……ストリゴ・アイカ。私の名前だ。貴様を信用したわけでは無いが、ともかく人間子絶滅の為に協力しよう」


 リーダー格のヴァンパイア――ストリゴはこちらに手を差し伸べる。俺は周囲を警戒しつつ歩み寄り、その手を握った。


「もし貴様が我らの上に立つべきでない者と分かれば我らは貴様に反逆の牙をむく。そこだけは理解したまえ」

「ああ、かまわない。俺も人間だからな」


・・・


――夕刻。


 既に疲れ切ったこの身体で見知らぬ土地での狩りは厳しい、というよりもそもそも俺が狩り方を知っている森があるかどうかも分からない。そんな俺たちの為に、ストリゴは料理を振る舞ってくれた。


 埃だらけだった城内の食堂として利用されていた部屋のテーブルは先ほどまで行った掃除のおかげかすっかり綺麗になり、現在は野菜や果物を中心とした料理が置かれている。


 先ほどの発言からか、俺の食事をとっているテーブルには俺の他にストリゴにヴァン、ガルの3人しかいなく、皆俺を避けるようにテーブルに座っている。また、他にも先ほどまでいなかった女ヴァンパイアやバーバー、ミラーカも座っている。特にミラーカは同族に出会えたためか、少しばかり元気を取り戻しているように見える。


「で、お前らはこれをどこから調達してんだ?」


 俺は眼前に座りゆっくりと食事を進めているストリゴに問いかける。ストリゴはフォークを口に運ぶ手を置き、こちらに視線を向けた。


「作っているよ。城下町の外の畑でな」

「そうか。やはりこの周辺には人間はいないのか?」

「ああ。そうだ。そのかわりミノタウロスどもが五月蠅いがね」


 俺は別のテーブルで食事をしているグレイに視線を向ける。グレイはヴァンパイア達を敵視するわけでも無く、黙々と食事をしている。


「あいつはいいのか?」

「害が無ければな。それに人間を滅ぼすのであれば協力が必要だろう」

「……そうだな」


 俺は隣で芋を貪るガルに目をやる。


「なんだ?」

「ガル、なんでさっき俺を庇ったんだ?」


 掃除の前にグレイとタナムスに見捨てようと、切り捨てようとした件について詰問されたが、それはガルによって宥められた為の質問だ。


 俺はガル達を見捨てた。いや、自ら切り捨てようとした。それはこれから俺がやろうとしている事には頭数がどうしても必要であり、そのための犠牲であるならば彼らを切り捨てることも必要と感じたためだ。だが、彼らを切り捨てようとしたのじゃ事実であり、それに憤慨するのが普通だ。


「人間を滅ぼすんだろ? それだったら仕方ねぇだろ。それに、俺でもああするかもしれねぇしな」


 ガルはそういうと、再び芋を食べ始める。こいつは俺よりもそういった事に理解があるのだろうか。それとも、決意の強さの違いからか。


「お前を囮にするかもしれないぞ?」

「ああ、構わない。それで平和な世界ができるならな」


 強い奴だ。そう素直に思った。


「そういえば、お前らはなんでこの城に入れたんだ?」

「ヴァン、飲み込んでから話しなさい」

「んっ……はいっ」


 食事をする俺にヴァンは無遠慮に聞く。先ほど殺されかけた相手だというのに、その態度や表情には怯えというものは一切ない。よほど理知的なのか、はたまた馬鹿なのかはわからない。まぁ、いま俺の方に向けているその顔は馬鹿そのものだが。


「俺たちは転移魔法でここに。お前らこの城に入れなかったんだっけ?」

「ああ、そうだ。正確には入ってもあいつのせいで門前払いだったけどな」


 ヴァンは芋を持つ手でタナムスたちの翻訳を行っているヴィスパラを指す。その態度にストリゴは眉間に手を当て、呆れた顔をしている。


「ヴィスが?」

「ああ、あいつつええぞ。近づけねぇもん」


 俺はヴィスパラに視線を動かす。ヴィスパラは悪戯っぽい笑みを浮かべながら会話を交わしている。どう見てもその躯体は細々としたもので、その外見では赤子ですら殺すことが難しいと誰もが思うだろう。


「あいつが……ねぇ……」

「ヴィスパラはかなり長い間この地にいるようだぞ」


 ヴィスパラを観察する俺にストリゴはヴァンに代わり言葉を続ける。


「奴は我らの祖先の時代にも居たと聞く。私の祖父がここで人間たちと戦っていた時も居たらしい」

「それはいつなんだ?」

「今から120年以上は前だな。第11代目魔王……いや、裏切り者をそう呼ぶのはよした方がいいか」

「裏切り者?」


 俺は思わず聞き返す。確か先ほども書斎に案内された際にヴィスパラがそう言っていたはずだ。


「ああ、そうだぜ。なんでも勇者に心打たれたとかどうとかで人間側についちまったんだ。そうですよね?」

「・・・・・ああ。それと飲み込んでから話しなさい」

「はいっ」


 あきらめたような表情をしながらも注意を促すストリゴの顔はどこかアレイジに似ている。親が子に何かを教えるということはこういうことなのだろうか?


 ヴァンが食べ物を飲み込むのを確認してから、ストリゴは話を再開させる。


「ともかく、我々は長きにわたり人間たちと戦っている。それはいつからかはすでに分からないが、それでも何度も何度も我々は今回のように新たな魔王を迎え入れ、人間たちと戦っている。そして、その度に人間たちに大きな爪痕を残した後、我らが魔王は勇者に殺されている。私はそう聞いた」

「勇者……か」


 それはどれほど強い存在なのだろうか。ブレイブよりも強者なのだろうか。技量はどのくらいなのだろうか。これから行うべきことを考えると、それはとても強大な壁であり、それがまだ成長途中なのであれば力ないうちに叩かなければならない。


「そいつはどこから来ているんだ? どんな奴なんだ?」

「……さあ、私も見たことはないものでな。ただひとつ分かるのは、そいつはいつも魔王がその座に座った時に現れる。それだけだ」

「現れる……ねぇ……。それで、裏切り者はどうなったんだ?」

「わからん。人間どもに裏切られたのか、はたまた野垂れ死にしたのか。誰も知らない」


 ストリゴは視線を窓へと向ける。外はすっかり夕焼けにより橙色に染められ、その優しい日差しは食堂の中の俺たちを同じく橙色に染め上げている。


 野菜類の多い、避けられながらの食事だったが、それでも無理やり詰め込まれていたあの時に比べれば数百倍旨く、ほっとするものだった。


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