第1章 魔の者たちが集う国
第1話 小さな悪魔
「お、来たか」
目をくらませるほどの眩い光が消え、少し高めの子供のような声と共に眼前に表れたしっかりとした石レンガ造りの壁と開け放たれた鉄製の扉が目に入る。
「ここは……?」
俺は疑問の声を口からもらす。記憶の中ではここは王城の跡地のはず。だが、やはり自分のものでない記憶に疑いは持ってしまう。他の奴らも俺と同じようで目を細めながら周囲にキョロキョロと視線を向けている。
「……おい、ありゃなんだ?」
ミノタウロスのグレイは野太い言葉を口にしながら空中に浮かぶ小さな生物に指を向ける。その声に反応してか、俺を含め皆その生物に視線を集めた。
「良く来たな、待ってたぜ」
「……」
黒い光を放ちながら宙に浮く小さな生物は先ほど聞いた子供のような声を発する。全長が人の頭の半分ほどの小さな悪魔のようなその生物は黙りこくる皆を一瞥したのち、頭をボリボリと掻くと再度言葉を発する。
「良く来たな」
「……お前は……なんなんだ?」
ゴブリンのガルは悪魔に対して厳しい視線を送りながら質問を送る。皆目の前に浮いている生物に警戒をしている為、その視線は厳しいものだ。
「俺か? 俺はこの城の管理者みたいなもんだ」
悪魔は口元の鋭くとがった牙を見せながら自慢げに話す。俺はそんな悪魔に訝しげな視線を向けながら口を開く。
「管理者?」
「ああ、そうだ。次期魔王を立てるためにこうしてお前らみたいな魔の者を迎え入れてんだ」
「魔王……」
魔王。人間たちが付けた魔の者たちを統べる王の称号。話を信じるのであればこの悪魔は魔の者の国を再建するためにいる、という事だろう。
「ま、聞きたいことは他にもあるだろ? とりあえずこっちに来いよ」
悪魔は口端を吊り上げ、悪戯をする子供のような笑みを浮かべる。俺たちはそんな悪魔に警戒心を抱きながらも後を付いて行った。
・・・
悪魔は俺達を窓から日の光が差し込む明るい部屋へと案内する。部屋には周りに20人は座れそうな大きい長机が中央に置かれており、その最奥には他の椅子よりもはるかに値の張りそうな革張りの椅子が置かれている。だが、ここまで来る時もそうだったが、地面や机、あの高級そうな椅子にさえ埃がうっすらと積もっている。
「さ、好きなとこに座ってくれ」
悪魔は悪戯な笑みを浮かべながら机の中央へと着地する。俺たちは悪魔に近い窓側の席へと座った。
「よっし、何が聞きたい?」
俺たちが座ったのを確認すると、悪魔は質問を向ける。
「まず初めに、お前はなんなんだ?」
「んだよ、随分抽象的な質問だな。名前はヴィスパラ。ヴィスって呼んでくれ。俺を一言でいうなら管理者だよ、管理者。国の再建を望んでいるアドバイザーみたいに思ってくれ」
俺は聞くが、再三の質問の為か、ヴィスパラはめんどくさそうに答える。
「アドバイザー……ねぇ」
「ところでよ、お前はなんで俺達と口聞けるんだ?」
「ん? なんでって、そういうもんだからな。詳しくは知らねぇぜ」
ヴィスパラはガルの質問に曖昧な答えを返す。恐らく俺と同じように生まれた時から持っている能力なんだろう。
その後もヴィスパラは皆の質問に答えていく。ヴィスパラ曰く、ここは魔の者たちの暮らしていた王城の一室であり、約100年間誰も空き家になっていたようだ。ヴィスパラはこれまで俺たちのようなここへ来た者たちを迎え入れ、王国再建の手伝いをしているのだと言う。その数10。その全てが勇者によって殺されたそうだ。
ちなみに寿命について聞くと、「俺一応妖精? だから」とあいまいな回答を返された。
「そうか、大変だったんだな」
俺の言葉を皆が理解できるためか、いつの間にか質問の代表者の様になった俺は同情の声を述べる。ヴィスパラがその元魔王たちにどのような思いを抱いているのかは知らないが、それでも仲間を失った痛みを知る俺はいつの間にか警戒心を解いていた。
「ところで、その100年間誰もこの城に来てないのか?」
「ん? 来たことあるぜ。今も外で暮らしてる奴らもいるしな」
「そいつらじゃ駄目なのか?」
俺の質問に対し、悪魔は少し顔を俯ける。そして、何かを考えた後、顔を上げる。
「駄目だ。あんなのじゃ勇者に勝てねぇ」
ヴィスパラは眉間にしわを寄せながら答える。恐らくこれまでも幾人の強者と呼ばれる者たちが勇者に倒されてきたための選別だろう。
「で、お前を見つけたってわけだぜ」
ヴィスパラは尖った爪先を俺に向ける。
「見つけた?」
「ああ、お前に可能性を感じてな。ちょいと記憶を足させてもらったぜ」
足された記憶というのは恐らくここまで来る為に思い起こされた記憶の事だろう。祠までの道のりからその先の場所までと短いが、確かに俺の知らない記憶が俺自身に刻まれていた。だが、俺がこいつと会ったことは無いはずだ。
「いつ俺にそんなことをしたんだ?」
「いつって、お前が湿地で気絶してた時だぜ。あんときは人間が来たからそれだけで引き上げたけどな」
ヴィスパラは悪びれもせずに答える。その時に助けてくれれば、とも思ったが、あの貧弱な躯体では人間はおろかゴブリンの子供でさえ相手をするのは難しいだろう。逃げるのは仕方がない事だ。少し違和感もあるが。
「で、どうだ? 王になる気はねぇか?」
ヴィスパラはその大きな目で俺を見つめる。目を逸らすと、逸らした先の仲間達もこちらを見つめていた。
「……いや……考えさせてくれ」
俺はぽつぽつと言葉を吐き出す。俺の回答にヴィスパラは眉間にしわを寄せながら溜息を吐き出した。
「そうか。ま、そりゃそうか。じっくり考えてくれ」
ヴィスパラは一度目を閉じ、瞼を開ける。そこには先ほどの難しそうな表情は無く、出会った時に見た悪戯な笑みを浮かべていた。
「ヴィス、俺達はこれから人間を排除しようと考えている。それでも手伝ってくれるか?」
「ああ、いいぜ」
最後に俺は最も重要な、これから行おうとしていることを問うと、ヴィスパラはそれに対して笑みを崩さずに答えた。
・・・
「あの、信頼してもいいんですか?」
城内の案内をするというヴィスパラの後を付いて行っていると、ヴァンパイアのミラーカが俺に耳打ちをする。
「主導権さえ握られなければ大丈夫だろう」
俺の回答にミラーカは不服そうに、しかしどこか納得したような表情を浮かべる。
「着いたぜ。歴代魔王の書斎だ」
ヴィスパラは扉の前に止まると、その扉を指さす。開けることができないのか、それとも面倒なだけなのか、扉を開けようとはしない。そんな俺の心情に気付いたのか、顎を俺に向けて動かす。
「……ゴホッ」
舞い上がる埃と共に扉を開けると、壁に幾つかの本棚が並んだ書斎が目に入る。中は応接室も兼ねているのか、埃の積もった2対のシックなソファとその間に背の低いガラス製の机が置かれている。
「掃除が必要だな」
本棚を見ると、大半が丸められた羊皮紙で埋められており、幾つかの手書きの英語で題名が書かれた本も収納されている。
・魔法とは
・不死の生物 願いの島
・周辺地理
・遠距離武器の有用性
・成長限界について
・勇者、召喚とは
etc……
知らない英語も何故か意味を理解できたが、すでにゴブリンやリザードマン達と意思疎通をできている為、恐らく俺の能力の一つなのだろう。しかし、ここにある本には少し興味が引かれる。
「これが歴代魔王だぜ」
ヴィスパラの言葉に本に伸ばしかけた手を下ろし、顔を上げると、壁の上部には12枚の額縁が掛けられている。
「なぁ、なんであれだけ絵が無いんだ?」
俺は額縁の一つに指を向ける。その額縁には他と違い似顔絵は無く、額縁の下部にあったであろう11代目魔王の名前も取り外されている。
「ああ、ありゃ裏切り者だ。気にすんな」
「そうなのか……」
昔にいろいろあったのだろう。何気なく額縁とその下部に掛けられている名前を見ていると、その中の一つに俺の知る名前を見つける。
Joan of Arc
日名、ジャンヌ・ダルク。詳しくは知らないが確か100年戦争で活躍した後、火刑に処された歴史的英雄だったか。こんな人物もここに来ているのか、それとも他人の空似か……? それに処刑されたんじゃ……?
「おい、次行くぞ」
ガルの言葉に意識が思考の海から引き戻される。気付けば埃っぽい書斎には俺とガルしか残っておらず、入ってきた扉から他の仲間たちの背中が見える。
「ああ、そうだな」
俺は後ろ髪を引かれながら気になるものの多い書斎を後にした。
・・・
玉座や食堂、各寝室など一通り城内の案内が終わり、最初の会議室に戻る。どこも長い間誰も使ってい無いせいか、埃っぽいものの、どうにか使えそうだ。
「腹減ったな」
会議室の椅子に座り今後の事を考えていると、ガルが言葉をこぼす。見たところこの城の中には食糧が無いようだ。調達する必要があるが……、
「問題は意思疎通だな」
そう、そこが一番の問題だ。今現在俺とヴィスパラ以外会話をすることができない。それは今挙げられている食料調達の際にも弊害になる。
「とりあえずある程度簡単な会話ができるようにハンドサインを決めておこう。あとは筆談できるように何か書く物が必要だな。それが終わったら狩りにでも行くか」
「「あの」」
言い終わるとハーピィのバーバーとヴァンパイアのミラーカが同時に口を開く。
「なんだ?」
「……狩りしたことないです」
「……ならここに何があるか調べておいてくれないか? 筆談の準備とかも」
俺がそういうと、彼女たちは少し間を置き、コクリと頷いた。
・・・
「さて、行くか」
ゴブリンのガル、ミノタウロスのグレイ、サテュロスのタナムス、そして俺はヴィスパラに案内された武器庫から軽装備や武器を装備し、城門を開ける。
すでに昼を過ぎているのか、太陽は頭上をゆっくりと移動している。外はグラント王国と同じような城下町になっており、木や石材でできている各建物が立ち並んでいる。それらのいくつかは一部が欠けていたり崩れてはいるものの、素人目ではあるが修理すればどれも住めそうなものばかりだ。
「……本当に……出られたんだな」
タナムスはポツリと言葉を漏らす。自由になった実感は俺自身も今なおじわじわと大きくなっている。
「さ、行こうぜ」
ガルが俺にそう話しながら進むと、突然視界が暗闇に奪われる。
「なんだ!?」
突然の出来事に困惑し叫ぶが周囲から返事は無い。いや、何も聞こえないというのが正しいだろうか。自分の発した言葉すら聞こえないでいる。
「お前は何者だ?」
何もできないで狼狽えていると、突然仲間では無い何者かの言葉が耳の中に入ってくる。首元には何かが押し付けられている感覚が伝わってくる。
「何って、なんだよこれ!!」
再び叫ぶが、帰ってくる言葉は無い。暗闇で見えない中、俺は思い切って首元に当てられている何かを力いっぱい掴む。
「いだ、放せ!!」
掴んだ途端、先ほどまで耳に入ってきた声が痛みの声に変化し、視界が晴れていく。晴れた視界を頼りに目の前で痛みを耐える男の首元を掴み、地面に叩きつける。
「ぐ……はなぜ……」
「これは……」
周囲には背中に蝙蝠の羽を生やしたヴァンパイアたちが俺たちを取り囲むように立っていた。
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