第2章 戦う者たち
第6話 壁内の戦い
「おいおい、マジで行くのか? お前仮にも王様なんだぜ? お前が死んだら終わりなんだぜ?」
広い草原の中、異形の者たちが行進する軍隊の先頭で黒い光をほんのりと放つ悪魔――ヴィスパラが私に向かってギャーギャーとわめき立てる。
当初、作戦の進行と、その判断以外何もしないはずの私だったが、私よりも優秀であろうと感じたストリゴという存在と、私自身の王としての支持を得るために、移動中に今回の戦線では私自身もその最前線へと加わることになった。
「分かってる。でも、それでも私が行かなければ格好がつかないだろ」
「いや、そうだけどよぉ」
「第一、私が行かなきゃ国の中で分裂が起きるぞ? それでもいいのか?」
「……ッチ」
ヴィスパラは説得を諦めたようで、舌打ちをした後に「死ぬなよ」と言葉を残し、どこかへ去っていった。
「まったく、なんなんだよあいつは……?」
「お前も大変だな」
ガルは私の背中をポンと叩くと、ニヤリと鋭い歯を見せる。
「まったく、心配してくれるのは嬉しいんだが」
「心配……ねぇ」
ガルは視線をさまよわせ、溜息を一つ吐き出した。そして私の顔を見上げ、鋭い視線を飛ばす。
「お前、あいつの事信頼してんのか?」
「ん? ああ、そうだけど」
「そうか。俺にはそんなにいい奴には見えないけどな」
ガルはそれだけ言うと、視線を前方へと戻す。なんだかもやもやする物言いだったが、ガルはそれ以上何か言おうという雰囲気ではなくなったため、私自身も視線をガルから前方に向け直す。
「……そろそろだな」
視界の遠方には左右にズラッと並んだ石壁による壁が見えてくる。石壁は見るからに堅牢で、そこには隙というものが伺えない。堅牢、という言葉が似合うものだ。
「ガル軍隊長、戻ってまいりました」
軍隊を止め作戦の再度確認をしていると、ガルの隣に突然フロッグマンが現れる。フロッグマンの体表にはより魔法の精度を上げるためにヌラヌラとしたスライムが塗られており、その風貌も相まってか気味の悪さが上乗せされているようだ。
「おう、ご苦労。バレては無いか?」
「はい。どうにかバレずに済みました。それと、これが壁内の情報です」
フロッグマンは服の内側からこれまたスライムで濡れた一枚の羊皮紙を取り出した。ガルはそれを平然と受け取ると、それを広げる。
「内側は民家か。手前に兵舎があるようだが大した規模ではないようだな。国の中心部ではないようだから、戦闘はそう激しくならなさそうだが……問題はやはりこの壁か」
フロッグマンの持ってきた地図にはそこまで詳しくはないものの、城壁に設置されている兵の数と投石器等が書き込まれている。あくまで異形の者たちの進行を止める為に造られたのだろう。その壁の内側は兵舎に民家、それと畑のみだ。
やはりというか、なんというか、どう突破すればいいのやら。内側の兵舎付近に階段が設置されているところを見るに、接近したら弓兵が壁上から撃ってくるだろう。一応考えに入れていた事態だったが、それでもこれを突破するのに幾人かの死人が出ることは間違いない。
「……行くか」
私は覚悟を決め、軍隊へと身体を向ける。壁さへ突破できればどうにでもなるはずだ。私は深呼吸をし、出せる限りの大きな声で皆に言葉を投げかける。
「皆の者! 我々の平穏の第一歩として我々はこれからあの壁を突破する! 破城槌の部隊は最前線にて最速で門前までそれを運べ! 他はそれを守るように! そして、狙撃部隊、投石部隊は可能な限り壁上の人間どもを蹴散らせ!! 全軍! 進撃!!」
「「「「「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」
怒号にも似た雄叫びを上げながら全軍が進行を開始する。総勢3万の軍隊は石壁に近づくにつれ徐々にその速度を加速させ、壁門へと向かって進行していく。
「敵襲ぅぅ!! 敵襲ぅぅぅ!!!」
我らが近づくにつれ、人間たちもこちらに気が付いたようで壁上からこちらに向かって弓矢や魔法による攻撃が飛んでくる。だが、想定済みであるその攻撃は仲間の魔法によってその半数ほどが撃ち落とされる。また、敵が準備するよりも早く壁上に向かって投石器を使用し、それにより次々と壁の上部が大きな石によって破壊される。さらに上空からはハーピィ達有翼部隊が壁のさらに上空から弓矢や魔法で攻撃を開始した。
「突っ込めぇぇぇ!!!」
「「「「「うおおおぉぉぉ!!!」」」」」
壁門まで到達したミノタウロス達、破城槌部隊が分厚い木製の門に向かってその大きな杭をぶつけていく。初め、門はその堅牢さを示すようにその扉を開くまいと破城槌を受け止めるが、それも5回、6回と重ねていくうちにその門はミシミシと木特有の破壊音が鳴り響いて行く。
「くっそ、弓兵! あの獣どもを撃てぇぇ!!」
「オーガ部隊!! 破城槌部隊を守るんだ!!」
怒号と悲鳴。それらが織り交ざりながらも戦線は激化していく。
初めは優勢であった戦闘だったが、地の利とでもいうべきか、それとも初の実践による弊害か。城壁の上部からは破壊できなかった投石器から随時石が投げられ、壁の側にいる者たちは壁上の人間たちから狙撃される。
「まだか!? まだ突破できないのか!?」
私は声高に声を上げた時、大きな破壊音と共に壁門が破られる。
「全軍、突撃ぃぃぃ!!!」
ガルの雄叫びにも似た号令と共に全軍が突撃していく。上空を飛行していたハーピィやヴァンパイア達も滑空しながら壁上の人間たちに攻め入る。そして、私自身も進行していく。
「くそっ、死ねぇぇぇ!!」
「いけぇ! 殺せぇぇ!!」
周囲からは悲鳴にも似た叫び声や、やられた仲間を助けるための声が各地で上がる。私自身もわらわらと蟻の様に出てくる人間たちを片っ端から剣で切り付け、その進行の援助を行っていく。
「よし、火を放てぇぇ!!」
突撃し、その戦線を門の内側へと押し上げた頃、ガルの一声によって火炎魔法や雷撃魔法が各地から放たれていく。それらの魔法は戦闘を行う兵士では無く、その居住地である兵舎や民家等の家々に焼き尽くす勢いで放たれていく。
「くそっ! 民間人は逃げたか!?」
「お前の家族は逃がした。それよりもお前はもう下がれ。そんな怪我じゃ戦えない」
「いや、今やらなきゃいつやるんだよ!!」
壁内へと押し入っている最中、人間たちからは時折そんな会話が聞こえてくる。こんな戦乱の中でも、この体質のせいか少し余裕が生まれたのだろうか。その会話が聞こえた瞬間、目の前の人間に止めを刺そうと振るった剣が止まった。
「あぶねぇ!!」
一瞬の空白の後、目の前の人間の私の喉元へと向かおうと進んだ剣が彼方へと弾き飛ばされ、その一瞬後にその喉元には私のではない剣が突き立てられた。
「おい、大丈夫か?」
ハッと我に返り、目の前の存在に顔を上げる。そこにいたのはガルだった。ガルは厳しい視線をこちらに送りながら、それでも不安げに私を見る。
「すまん、油断した」
「……元人間、だったか」
「ん?」
ガルが何を言ったのか聞き取れずにもう一度ガルへと視線を移すが、ガルは「いや」と言っただけで。すぐさま戦線へと戻っていく。
(ああ、私は何をしているんだ)
覚悟はしていた。だが、足りなかった。そんな磁選機の念に駆られながらガルに目をやる。ガルは先ほどと同じように血しぶき上る戦線で必死にその剣を振るっている。
「クソッ、行くぞ!」
私は自身を奮い立たせて周囲を見渡す。壁上の進行はまだ半ばといった所で、壁上からの遠距離攻撃は激減したものの、それは壁上への戦いに変化したのみだった。そして。その壁上の一か所、まだ進行がなされていない箇所からキラリと太陽の光で何かが私の後ろに向けられる。
「……!? 危ない!!」
とっさの判断でガルの背中を庇うようにガルの背後へと身体を移動させる。そして、その一瞬後に右の脇腹、ガルの頭部の直線状の箇所に激痛が走った。
「くっそ……いってぇ」
当たり所が悪かったのだろう。矢は剣でもなかなか傷つかない鱗の合間を縫って私の皮膚を貫いた。あまりの痛みに私は地面に倒れ伏す。マグマの様に熱い感覚が伝わってくる腹からはぽたぽたと赤い血が地面をその色に染めていく。
「おい、大丈夫か!? くっそ、邪魔だぁぁ!!」
そんな私に気が付いたようでガルは視線だけこちらによこしながら目の前の敵を屠る。
「すまん。出しゃばったな。大丈夫だ。すぐ塞がる」
私は矢を掴み、思いっきりそれを引き抜く。腹からは激痛が走り、血が一気に流れ出るが、数秒でそれも止まった。
「アキラ!! お前は戻れ!! 危険だ!」
「いや、だが……」
「いいから! 早く!! 邪魔だ!!」
ガルの叫びに私はハッと我に返る。戦場で最も弊害となるのは足を引っ張る何もできない兵士だ。そして、それは今の私に該当してしまうのも事実。私はすぐさま戦線を引きながら戦場からその身を引いた。
「……!? 大丈夫ですか!?」
戦線から離脱し、守られながら草原にある簡易的な拠点へと移動すると、すぐさまストリゴが駆けよってくる。腹部からはまだ完全に塞がっていないからか、それとも無理して動いたためか、ぽたぽたと赤い血が地面を濡らしている。
「ああ、大したことない。それよりも、戦線は?」
「……現在、進行率90%といった所ですね。このままいけば後数分後には完了するかと」
「そうか、ならよかった」
「王は休んでいてください。あとは我々で何とかなります」
「ああ、大丈夫だ。このままでいい」
私は荷馬車の荷台に座り、今なお戦いが起きている壁上へと目を向ける。壁上では目視で確認した限りでは戦闘の大半が終わっており、人間たちを追いつめるハーピィ達の姿が目に映った。
「……意外とあっさりだな」
私はふと、そんな言葉を漏らす。戦線ではあれほど激しい戦いを行っていたが、すでにそれが終わりかけの現在、異形の者たちが逃げる人間たちを殺している姿が遠目から確認できる。俺の言葉にストリゴも同意見のようでふぅと息を吐き出した。
「そうですね。戦闘開始から1時間経過してこれですから。ま、ここが首都でないことにも起因していますが」
「攻城戦にでもなればもっと激しいものになるかも知れないのか」
ストリゴの言葉を生返事で返す。俺自身、戦線で戦っていた時は時間間隔がめちゃくちゃになっており、何時間と戦っていた印象があったが、まだ1時間しか経っていないことを聞かされ、やけにあっさりと、そう、やけにあっさりと人間たちや仲間たちが死んだ現実に虚構のようなものを覚えた。
「さて、どうやら終わったようですよ」
ストリゴの言葉通り、壁内からは怪我をした仲間に肩を貸すようにしてこちらに向かってくる異形の者たちの姿が伺える。皆、どこか傷つき、疲れ切っており、中には動かないものを必死にこちらに運んでいる者たちの姿も伺えた。
(また、たくさん死んだな)
明らかに数の利はあった。その上奇襲も仕掛けた。だが、それでも死人はでる。出てしまうのが殺し合いというものだ。
私は奥歯を噛み締め、その様子を見る。横を通り過ぎる者にはせめてものお礼として「ご苦労」と言葉をかけた。中には聞こえてないのか、ただ項垂れる者もおり、心が苦しくなる。
「よぉ、大丈夫か?」
自身が起こした戦争に自責の念を感じていると、ガルがこちらに向かって声を掛けてきた。
その身体はボロボロで、多くの切り傷を鎧に受け、砂埃で汚れた顔や腕には所々切り傷が見受けられた。
「終わったのか?」
「ああ、今残りの人間を始末しているとことだ。見たところ戦闘員はいないっぽいし、油断してるわけじゃねぇが、ストリゴの命令で戦線に出てたものの大半を引き揚げさせた」
「そうか」
戦闘が終わり、これから行うのは民間人の掃討作戦。異種族と人間だ。捕虜という考えはない。だが、それでも元人間であるためか、戦闘をしない者たちを殺すからか、心が痛んでくるのも事実だ。
私がそんな暗い顔をしているのに気が付いたのか、ガルはこちらを真っ直ぐ見据える。
「……助けてくれてありがとな。危うく死ぬところだったぜ」
ガルは私に拳を突きだし、その尖った歯を見せ笑って見せた。
「ああ、私も礼を言わねばな。助けてくれてありがとう」
私はガルの差し出した拳に自らの拳を当てる。それに対してガルは俺の腹部を一瞥した後、真剣な眼差しをこちらに向け、口を開く。
「これからもお前が苦しむことをしていくだろう。だが、どんなに苦しくてもお前がやろうとしたことだ。だから、これ全部を終わらせるまで死ぬなよ、相棒」
ガルはそういうと、再び笑みを投げかけ俺の側を離れて行った。
「相棒……か」
私はガルの背中を見る。その小さくもゴツゴツとした背中に私はどこか懐かしさを覚えた。
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