幕間

閑話5 終わる日常

 朝。


 柔らかな日差しは窓辺から射しこみ、少女のその白髪と真っ白な肌はそれに呼応するように煌びやかに輝く。しかし、そんな穏やかな朝とは対照的に少女の額からは、まるでなにかから追われているかのようにじっとりとした汗が流れ落ちる。


「……っ!? ハァ……ハァ……ハァ……」


 少女は眼を覚ますと、息苦しそうに起き上がる。全身から出たじっとりとした汗がシーツに僅かなシミを作る。


「……なんだったのでしょうか?」


 少女は寝ている間にか流れ出た涙を服の裾で拭いながら、どんな夢だったのかを思い出そうと考えるが、いつもの様にまるで靄がかかったように思い出すことができない。


「アリス、起きましたか?」


 うんうんと考え込んでいると、階下から父親であるクルトンの声が耳に入る。そして、それと同時に芳ばしいパンの香りが鼻腔をくすぐった。


「はい、今起きました」

「朝食ができましたよ」


 階下に降りるとクルトンが食卓に朝食を運んでいるのが視界に入る。クルトンは少女に気が付くと、優しげな笑みを向ける。


「おはようございます」

「おはよう。良く眠れましたか?」

「……はい」


 クルトンの問いに少女は僅かに声を暗くして返事を返す。それにクルトンは気付いたようだが、それ以上何かを言うでもなく席に座り、パンを口に入れた。少女も同じように席に座ると、パンを頬張る。


 少女とクルトンは正確には親子では無い。その10歳ほどの年齢であろう少女が初めて眼を覚ましたのは約1か月前。その当時、彼女自身には父親がクルトンという事以外に記憶は無く、自分が何者なのかを理解していなかった。少女は自分が何者か、いったい何故この家のベッドで寝ていたのかを理解できていなかった。そして、そのことについて不安を感じた。しかし、目が覚めた時目の前にいたこのクルトンという人物に対しては何故か安心できた。クルトンは少女に対し、泣きながら少女を抱きしめると、少女にクルトンはアリスという名前を付け、そこからこの暮らしが始まった。


「時折、夢を見るのです」


 アリスの声にクルトンは食べるのを中断し、不思議そうに顔を向ける。


「夢、ですか」

「はい。内容は分かりませんが、ただその夢は辛く、悲しいものです。しかし何故か最後には安堵するのです」

「……不思議な夢ですねぇ」


 クルトンは表情を一瞬影らせるものの、しかし表情を優しげなものに戻した後、興味が無いと言った素振りで言葉を返した。


「それで、生活には慣れましたか?」

「はい、クルトンさんには良くしていただいているので」

「そうですか、それは良かった」


 穏やかな朝。いつも通りの朝。この後何をしようか? 読みかけの本を読み切ろうか?


 そんなことをアリスが考えていると、突然外に通じる扉が音を立てて開く。


「クルトン殿! クルトン殿はいるか!?」


 そして、荒げた声と共に数人のローブを纏った者たちがずかずかと部屋の中へと入ってきた。


「クルトン殿、やっと見つけたぞ」

「……何の用ですか?」


 入ってきた者たちの一人は嬉しそうにクルトンに声を掛ける。しかし、それとは対照的にクルトンは不愉快そうに渋々応対をする。


「クルトン殿がいなくなってから我々は大変だったのだぞ! 貴殿が蘇生の――」

「マルクル、そう急ぐでない」

「老師様!」


 ローブの男たちの後ろから白髭の老人がゆっくりと顔を出す。クルトンはその老人を見ると、その顔を更に不愉快な者へと変化させた。


「そう邪険にするでない。我々は志同じくした同志ではないか」

「……昔の話だろう。それに、貴様らが私にしたことを忘れたとは言わせんぞ」

「あれは仕方のない犠牲だったのだ。それにもう50年も前の話ではないか」


 老師はふぅと小さな溜息を吐き出す。そんな老師にクルトンは厳しい、殺意のこもった視線を向けるが、まるで柳に風のごとく老師は視線を逸らし、クルトンの前に座っているアリスへと視線を移した。


「おやクルトン、それはなんだ?」

「……娘だ」

「ほう……娘、とな? ……欠けた魂で……」


 老師はじっとアリスを見つめる。それを嫌ったのか、はたまたアリスがその視線に嫌がった素振りと見せたためか、クルトンはその視線を遮るように老師の前に敵意むき出しの表情で立ちはだかる。


「帰ってくれないか?」

「いやはや、まさか見事に蘇生させると――」

「帰れぇぇx!!!」


 クルトンの言葉に周囲は一瞬の静寂に包まれる。武器でも構えているかのように老師に向けられたクルトンの右手に老師の後ろに群がるその弟子らしき者たちは一瞬ひるむが、老師はそれを見てニヤリと白い歯を見せる。


「お主、この距離で勝てるとでも? ……やれ」

「くっ、アクア――がはっ!?」


 クルトンはその掌から魔法攻撃を繰り出そうと試みるが、それよりも早く老師の弟子らしき者たちが腹部を殴り、クルトンの行動を止める。


「き……さまぁ……カハッ」

「そう噛みつくでない。我々の研究にはお主が必要なのだ」

「……だれが……貴様らに」

「……はぁ。連れていけ。プロテクトは固いとは思うが、洗脳をしておいてくれ」

「承知しました。雷撃ライトニング


 押さえつけられ、首筋に電撃を浴びせられ意識を失ったクルトンはズルズルと引きずられ、外へと引きずられていく。老師はそれを見送った後、再度怯えて声を出せないでいるアリスの元へと足を運ぶ。


「さて、あのクルトンが作ったこれも気になることだな。雷撃ライトニング


 老師はクルトンにしたように怯えるアリスの首筋へと電撃を浴びせる。だが、その電撃はアリスに届く寸前で霧散した。老師は首を捻り、もう一度同じことを行うが、結果は同じだった。


「これは……もしや……」


 老師はアリスをじっと見つめる。まるで実験動物を見るかのような視線にアリスは目を見開き身体を震わせる。


「おい、これも連れていけ。調べたい」

「この少女を……ですか?」

「ああ、もしかしたらを無力化できるやもしれん」

「それは本当ですか!?」

「確証はまだできんがな」


 老師の言葉を聞き、弟子らしきものたちの瞳はまるで新しいおもちゃを与えられた子供の様に輝く。そして、その希望を含んだ眼差しは怯えるアリスにも向けられる。


「行こうか。更なる魔法の発展の為に」

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