第5話 少年は王となる
――5年後
絢爛豪華な玉座の間には参列した様々な異形の者たちが言葉を漏らすことなく、じっと空席の玉座に視線を向ける。
「……ふぅ」
俺は緊張をほぐすため息を少し吐き出すが、強張った筋肉は少しもほぐれることは無い。
「おいおい、大丈夫か?」
隣ではガルが俺の顔を見て呆れた笑みを作った。
「こういったことは苦手でな」
「そうか」
ガルに苦笑いを返すと、平手で俺の背中を強く叩く。
「ま、何とかなるって」
「……そうだな」
俺は一歩踏みだす。そして、皆の視線を浴びながらその歩みを玉座へと進める。そしてヴィスパラの隣、玉座の前で身を翻し皆の視線を受け止める。
俺は目を閉じ、一度深呼吸をする。そして目を開け、少し震えの残る口元を開く。
「諸君、よく集まってくれた。俺……私に共感した者、平和を求めて来た者、争いを求めて来たもの、ここにいる者それぞれの姿かたちと同じように、思いは皆それぞれだ。まずは集まってくれたことに礼を言おう。ありがとう。
さて、諸君の知っての通り、現在この島は人間たちの跋扈する場所になっている。奴らは自らの力を誇示するように、まるで我々を動物か何かと、いや、時にはそれ以下の扱いを行いながら我々に非道な行為を行ってきた。事実私も目の前で仲間を何人も殺された過去がある。そしてその行為は今なおこの島の中で行われているだろう。
これから私は、我々を理由なく殺戮する人間に戦争を仕掛ける。だが、それは私一人でできることでは無い。だからこそ、諸君らには私の兵として、人間たちを絶滅させるために働いてくれ。全ては、平和な世界の為に」
我ながら雑な演説だ。当たり前だ。俺には元より王族でなければカリスマ性なんてものも限りなくゼロに近い。そんな人間の演説だ。雑になるのも仕方ないだろう。だがそんな演説に皆静かに耳を傾け、ただ聞いた。
有象無象、そう言ってしまってはそれまでだが、それでも彼らは俺の考えに多少の共感を持ち、協力を受け入れた者たちだ。
異形の者たちの先頭に立つストリゴが俺の前に歩み寄り、その膝を折る。
「アキラ殿、いや、王よ。我々は我々の平和を勝ち取るためであるならば、貴君に協力し、忠誠を誓うと約束しよう。どうか我々の王となり、この命を未来のために有効に使ってくれ」
そして今日、私は彼らの王となった。
・・・
ミノタウロスを仲間に入れ、あれから5年の月日がたった。やったことと言えば仲間集めに国の復興のための修繕作業のみ。とはいっても、それも途中からは人数が増えたことにより飛躍的に効率が上がり、今この国には10万を超える種々様々な異形の者たちが暮らしている。
クロに頼んだ言語を翻訳する石は数こそ少ないものの、いくつかを入手することができた。そのため、現在いくつかは国の各所へと設置している。
そして現在、戦線配備や物資供給について城内の会議室にて話し合いをしているの……だが……
「だーかーらー、そんなんじゃ物資供給が足りねぇって! 力が出ねぇって!!」
「おめーらの種族は物資の消費が多すぎるんだよ! 復建したてのこの国にそんな余裕は無いのは分かってんだろ!!」
「……これなんて読むんだ?」
会議室の机の周囲には散乱した羊皮紙を指しながら議論する異形の者たちの姿があった。だが、その議論は、種族間の遺恨が残っている者たちもいるためか、そもそも種族の特性がかみ合わないのか、未だに遅々として進まない。
「……これ、終わるのか?」
私は視線を横にいるストリゴに向ける。ストリゴはこちらの視線に気づき、そのすぐ後にヴァンにそんな罵声飛び交う議論が交わされる机にその手を思いっきり叩きつけさせた。
「貴様ら、少しは考えてものを言え。慣れては無いとはいえ、王の御前だぞ」
静まった会議室内にストリゴの声が静かに響く。皆、それを聞きはっと我に返ったのか、視線をこちらへと向かわせる。
「ハァ……ストリゴはこういうが、まぁ、成り立ての王に傅けってのも難しい話だろう……。ま、ともかくだ。会議を、話し合いをしようじゃあないか。まぁ、話を理解できていない者もいるようなので、もう一度説明する」
私は立ち上がり、背後の壁に貼られている地図に視線を向ける。地図には中央に小さな島が一つあり、それを囲むように北西と南東に三日月状の島がある。また、さらにその外側の海上には綺麗な円が一周引かれている。
「皆が知っている通り、ここは大きく分けて3つの島から構成されている。中央にある願いの島と、その周囲に2つの三日月状の島だ」
机の上の指示棒を持つと、その先を地図上の南東に位置する三日状の島のその南端を指す。
「私たちがいるのは南東の島の南に位置するこの場所だ。この周辺には人間たちはいない。だがその北東、島の中央に位置する部分には石壁が築かれており、そこからは人間たちが蔓延る領域となっている。また、北西の島も言わずもがな、人間たちの領土だ」
ここまでを話し、椅子に座る面々の顔を見る。彼らのほとんどは理解しているようだが、その中でもオーガやミノタウロスといった者たちは理解していないのか地図の一点をただただ眺めている。俺は小さく溜息をつきながら話を続ける。
「記録を見ると、この石壁から南の我々の住む部分に人間たちが住んでいたというものは無い。また、この海上に引かれている円の向こうの大地は一面の砂漠らしく、ここからも人間たちが来ることは無いらしい。つまり、この2つの島の人間たちを掃討することが最終的な目的となる」
再び周囲を見回す。内容を理解している者、していない者がいるであろう異形の者たちだったが、人間の掃討という言葉に皆反応し、ギラギラとした目をこちらに向ける。
「それを踏まえ、我々はまずこの島の北東に住む人間たちに戦争を仕掛ける。それにあたって話をしていたわけだが、タナムス、物資はどうなっている?」
「えー、食糧の方は何とか準備できそうです。現地で仕入れることを考慮すれば今ある穀物等で何とかなるでしょう。武具等の装備は鉄が不足している関係上武器中心に作製しており、防具は目標数にはいかないかと」
タナムスは眼下の羊皮紙に目を落としながら淡々と語っていく。出来立てのこの国はどの物資も少ないものの、何とか必要数足りるらしい。
「なんとか足りそうだな。それでガル、兵の方は?」
「えーっと……、志願募集したが、血の気の多い奴が多いのか老若男女合わせて3万ほど集まったぜ」
「……すごい数だな」
「大半が狩りやらなんやらしてたやつらだ。指示さえできればそう訓練はいらないだろう」
正直、3万という数が人間たち相手に多いのか少ないのかは分からない。だが、それでもそれだけの数がそろった事には驚きを隠せいない。
「よし、ガルは種族ごとの隊を作ってそれぞれ訓練をつけさせろ。タナムスは武器が出来次第ガルのとこに送れ。国内についてはストリゴに一任してあるが、問題は無いか?」
「ええ、大食漢の者が多く中々骨が折れましたが」
「だから足りねぇってんだろ!」
「発足したての国だ。何とか賄ってくれ」
「……ッチ」
種々様々な生き物たちが国という単位で共同生活をするのだから、ある程度の衝突は避けられない。しかし、どうにもこいつらの衝突具合は心配な点が多すぎる印象を拭えない。
その後、いくらかの言い争いの末、会議は何とか終了した。
・・・
――2か月後
「物資の配給は?」
ガルは隣で羊皮紙を見つめるリザードマンに話しかける。それに対し、リザードマンは羊皮紙に指を這わせる。
「終了しています」
「兵は皆出ているか?」
「はい、ほぼ全て隊が出そろっています。ただオーガ隊は遅れているようです」
「そうか、早く来るように言っておけ。それと、大型武器も出ているか?」
「投石器、破城槌等の準備できています」
「よし、ならオーガ隊が揃い次第報告してくれ。俺は王に知らせてくる」
「了解であります」
リザードマンはガルに一度敬礼をしたのち、各部隊が集まっている場所へと向かって行った。
「で、聞こえていたか?」
「ああ、ご苦労」
私の元に来たガルにねぎらいの言葉をかける。ガルは口端を上げ、その牙を覗かせながらニヤリと笑う。
「……本当に何もしなくてもいいのか?」
「王ってのはそういうもんだ。それに王様が戦場に出ること自体もおかしなことなんだぜ? 本来」
「……そういうものか」
私は一つため息を吐きだす。なんとなく、申し訳ない気持ちになる。
「それに、お前もやることがあんだろ?」
ガルは私の持っている作戦事項を記入している羊皮紙を指す。
「ああ、まぁな。一応過去の資料やら参考にして書いては見たものの、正直不安でな」
「出来立ての部隊でもあるからな。ミスがあっても仕方がないだろ」
「……」
ミス。
その言葉に私は表情を陰らせる。仮にミスがあったとして、訓練中ならまだしも本番ではどのように作用するかは大きく変わる可能性があり、それによって仲間の命が無くなる可能性もある。
(ただ、犠牲0とはいかないだろうが)
何事も完璧というのは難しい。いつ何時予想外の事態に見舞われるかも分からないこの場所では、それは更に遠い位置にあるだろう。だが、それでもやらねばならない。
「オーガ隊、すべて揃いました」
「よし、じゃ行くか」
報告を受けたガルはまるでピクニックでも行くかのような軽い口調だ。だが、その眼からは遥か彼方にいる人間たちに向けて殺意を向けているようにも感じた。
「全軍、出撃!」
「「「「「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」
私は先頭に立ち、人間を滅ぼすための初めの一歩を踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます