第19話 4度目の対面
何度か乗ったことのある馬車、整備されていない地面を進む際に馬車からはその地面から来る振動が直接 乗る者まで響く。そのため、王都へ続く舗装された道ならば揺れは無い、と考えていたがカモフラージュの為に私たちの周囲を囲うように積んである鉱石類からは微少な振動音が耳に伝わってくる。
「うぷっ……」
舗装された道路であってもその技術は低いらしく、地面からくる振動は整備されていないものと比較して小さいものの、その衝撃は確実に荷台に潜む私達まで響く。
そんな小さな振動も病み上がりのバーバーには少し堪えるようで、苦悶の表情を作りながらその手で口を押えている。
「どうやら着くいたようですね」
ストリゴのまるで予言したかのような言葉と共に馬車は止まり、外からはカストロと誰かのくぐもった話し声が聞こえてくる。
「おや、カストロさん。どうしたんだいこんな時に?」
「いや、また鉱石を買ってくれないかと思ってね。魔族の討伐に人形も使ってるんだろ? ならまた必要じゃないかとね」
「商魂逞ましいもんだが、残念ながら戦場には連れてってないよ。ま、確かに攻め落とされたら必要になるかもしれんが」
「ともかく、交渉だけでもさせてくれないか?」
「うーん……まぁ、それだけなら。中は見せてもらいますよ。おい、大臣に連絡しろ」
男の声の後に一つの足音が私たちの隠れる馬車へとやってくる。そして、一筋の光が荷台の中に漏れる。
「うーむ……暗いですねぇ」
「まぁ、あまり光を当ててはいけない物もありますので」
「ふむ、特に問題はなさそうですね」
「そうですか、ではとりあえず中へ入れてもらっても? 調べるのは中でも変わらんでしょう」
「ええ、そうですね」
どうやら男は荷台から降りたようで、荷台からは木の擦れる音が響く。
「では、門を開けますので、中へお入りください」
「ありがとうございます」
馬車は再び動きだし、どこかへと乗り上げる衝撃と共に馬車へと僅かに漏れていた光が途絶え、その後、扉が閉まる重厚な音が鳴り響く。数々の音は私たちが閉鎖された室内に移動したことを知らせる。
「さて、それではこちら……に……」
門兵なのだろう。全身に鎧をまとった門兵は荷台から出た私を見るなり、その言葉の端を震わせながらこちらに槍を向ける。しかし、その槍の先は微かに震えており、松明の明かりに照らされた門兵の額にはじっとりとした汗が滑り落ちた。
「ま……まもっ……!?」
私は門兵との距離を一気に詰める。震える手で横に薙ぎ払おうとする門兵の槍を片手で受け止め、そのまま門兵を押し倒す。
「な……やめ……がっ!?」
有無を言わさずに門兵の首を掴み、その手に力を込める。門兵の顔はみるみる赤くなっていき、骨を折る感覚と共に男はガックリと頭を地面へと垂らした。
「……ひとまず潜入成功だな」
「ええ」
「……」
・・・
ガル達と別れてから20日後、日が昇りしばらくした頃、ストリゴの持つ水晶からガル達の軍の連絡が入った。
内容は「敵軍に4種の国章らしき印を確認した」というもの。
これが意味するのは、つまるところガル達と戦うためにこの国の兵士が大勢向こうへと向かったという事だ。それだけの兵が向こうへ向かったとなればこの国の兵士がそれだけ減っており、今回の無謀とも思える作戦も少しは成功率が上がるというものだ。
「ストリゴ、後ろを警戒してくれ。バーバーはくれぐれも見つからないようにな。カストロは……ん?」
「お、おい! 教団のやつ……ら……が……」
扉を開けようと歩を進めようとした瞬間、その扉は突然開くと汗だくの兵士が部屋へと入ってきた。兵士は私たちの姿を見るなり吐き出しかけた言葉を詰まらせる。
「
「がっ……な……何が……?」
一瞬の硬直の後逃げ出そうとする兵士だったが、ストリゴの魔法により視界が奪われ、直後にストリゴによって組み伏せられた。私は兵士へと近寄り腰を下ろすと、その刃で男の頬を薄く裂いた。
「それで、何の用でここに?」
「な……何の……」
「次、無駄口を叩けば殺す」
「あぅっ……」
私の声に兵士はその言葉を詰まらせる。しかし、それでも死の恐怖に打ち勝つことが出来なかったらしく、数秒の沈黙の後に震える声で言葉を発し始める。
「ま……魔術結社の奴らが……城内へ侵入した……」
「魔術結社?」
「ど、どこの国にも……属さない……ま、魔法を研究する組織だ」
「で、そいつらは何をしに来たんだ? 服装は?」
「分からない……は、話はしたんだ。助けてくれよ」
「ああ、そうだな。ストリゴ、どいてやれ」
私はストリゴが毒と同時に兵士の首元へと刃を振り下ろす。兵士は叫び声を上げる暇すらなく絶命した。
「魔術結社……カストロ、何か知っているか?」
「い、いえ、私は知りません。一介の低級貴族ですから」
震える声で答えるカストロの視線は地面に横たわる二つの肉塊へと向けられており、その顔にはひくついた笑みが浮かべられていた。
「わ、私は助けてくれるんですよね?」
「ああ、ここから出るときに必要だからな。それまでここで待機しろ。ストリゴ、バーバー、行くぞ」
「ここで……ですか……」
身体を僅かに震わせるカストロをこの場に置き去りにし、私は開け放たれた扉から部屋を出る。後方からは吐瀉物が地面に落ちる音が聞こえる。
「可能な限り見つからない様に。だが、それ以上に発見次第殺せ。決して逃がすな」
私はフードを目深くかぶり、歩を進める。
「行動開始。ターゲットはこの国の王だ」
・・・
「それで、この部屋には誰がいるんだ?」
「魔物……風情がっ……くたばり……やがれ……」
「……だろうな」
私は門の前を守護する兵士の口に突き立てた剣を引き抜き、じっとりと身体を流れる汗を拭きながら辺りを見回す。
「あまりいないな」
ここへ侵入してからの約20分間、接敵した人間の数は20にも満たない。城内とはいえ建物の中という事もあり、かつガル達と戦うために多くの兵士を排出している事を加味しても、この敵の数は少なすぎるように感じる。
「私たちの他に何かが侵入しているのでしょうか?」
ストリゴはもう一人の兵士の首からナイフを抜き取ると、それに付着した血を丁寧にふき取る。
「たとえば?」
「魔術結社……とか」
「ま、そりゃ都合がいい。さて」
私は兵士が守っていた両開きの大きな扉を開く。扉の向こうは清潔感と豪華さを兼ね備えた広い室内となっており、調度品であろう置物がぶ棚の側には分厚い本が並んだ大きな本棚、窓際には細やかな細工の施された机や椅子が置かれている。
そして、私達の丁度反対側にある扉の前には豪華な椅子に座る真紅のドレスの女がじっと私を見据え、その側の漆黒の鎧を纏った兵士が佇んでいる。
「……なんだ、お主ら?」
女は私達に対してただそう言葉を漏らす。だが、そんな女の言葉は私の中に入ることなく、その視線をただ横にいる鎧の兵士に固定させてしまう。
「王よ、恐らくあの人間は……王?」
あの大きさの男にあの兜、あの鎧、そして、兵士から感じるプレッシャー。
「はぁ、魔物風情に何を言っても分からんか」
恐らく私以外にその風貌だけ見てそれが何者であるか分かる者はいないだろう。
「王……大丈夫ですか?」
漆黒の兵士は何も言わずにただ女の横に佇み、終始無言を貫き通している。
「まぁ、ともかく排除せねばな」
「……お前ら、手ぇ出すなよ?」
私はそれだけ言うと手に持つ剣を構え、鎧の兵士に向かって走り出す。
「殲滅しろ」
加速する私を見てか、女の短い指示により鎧の兵士は私に向かって走り出す。そして――
「死ねぇ、! ブレイブ!!!」
私はこの世界で最も憎しみを抱いている人間、ブレイブに渾身の力を込めて剣を振り下ろした。
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