第20話 最強の王
最強。
それは読んで字の如く、最も強いという意味。
魔の者の中の最強。
それはあの黒鬼の巨人――クロを除きかつ一対一で戦えば、私の国のみの中では、大きく差はついていないものの俺であることを皆認めている。だからこそ、あの国ができた。
そして、その私は――
「く……そ……がぁ!!!」
俺は雄叫びを上げながら片方しかない腕に力を込める。しかし、振り下ろされた剣は微かな金属音が鳴るばかりでブレイブの剣を押し返すことなく停滞を維持している。
「っらぁ!!」
俺はブレイブの胸部を蹴り出し、その身体を後ろへと後退させる。そして、兜と鎧の隙間に剣を突き立てる。
「っ!? くっそ!!」
しかし、それも盾の様に構えられた剣によって防がれ、受け流される。前のめりに体制を崩された俺を、ブレイブはその剣で斬りつける。
「あがっ!? くそっ!」
これまで幾度となく殴打や剣戟を塞いできた俺の鱗は予想以上に容易に切り裂かれ、脇腹からの鋭い痛みと共に僅かな時間、辺りに鮮血を撒き散らす。
俺はブレイブを追い払うように横薙ぎ払い、体勢を立て直す。ブレイブは深追いをしないようで、女から一定の距離を保ったまま俺へと血で濡れた剣を向ける。
「……」
俺は静かに刃を向けるブレイブを見据える。
かつては逃げることしか出来なかった相手。
決してまともにやり合った訳ではないが、それでも奴からでているプレッシャーは凄まじいもので昔の俺の戦意すら完全に削いでいた。
しかし、そんな相手だからこそ今の攻防で奴が自身より上の存在という事実、その差は僅かなものという事実は、自身の内側に煮え滾る戦意を更に加速させる。
「……殺す」
俺は再度地を力強く蹴り出し、ブレイブへと突進を仕掛ける。
「王!!」
ストリゴの言葉と共に振り上げた剣は再びブレイブの剣により弾かれる。直後、剣に込める力を無くし、弾かれた勢いそのままに鎧に纏われたブレイブの脇へと渾身の力で蹴りを入れた。
そして、回転そのままによろめくブレイブの首元目掛けて刃を振るう。しかし――
「なんだ!?」
突如として天井から降ってきた三又の槍が俺とブレイブとの間に突き刺さり、振るわれた俺の剣は地面に深々と突き刺さった槍によって弾かれた。そして、体勢を崩した俺に黒い影が振り落ちる。
「王っ!」
いつの間にか俺の側に来ていたストリゴは、体勢を崩した俺に変わり、黒い影が地面に鋭い亀裂を這わせながら振るった槍を刃背に這わせて空中へと受け流した。
俺はすぐさま体制を立て直し、ストリゴの肩を掴みながら後方へと跳躍する。やはり、鎧の兵士は2人とも女を守るように一定の距離を保ち、追撃の気配を見せようとしない。
(本当に殺れるのか……?)
そんなくだらないことが頭をよぎる。ストリゴは肩を押えながら俺の隣へと身体を前へと出すと、黒の鎧を身に纏い、三つ又の槍を構える兵士へと視線を向けたまま、骨と骨を擦り合わせるような音と共にその外れた肩を戻す。
「殺れますか?」
「邪魔するな」
「……では、私は槍の方を」
ストリゴは真っ直ぐと視線を敵へと向けるものの、実力は敵の方が同じかそれ以上であることは、先ほどのやり取りにより明白であり、珍しく汗を滴らせながらそのポ-カーフェイス歪ませている。
「……行くぞ」
「ええ」
俺は三度地を蹴り出し奴へと上段から剣を振るう。しかし、それも奴の剣によって弾かれる。
「糞がぁぁぁ!!!」
弾かれ剣を力任せに引き戻し、二度、三度とブレイブへと剣戟を加える。しかし、ブレイブはそれらすべてを時に弾き、時に受け流すことにより防いでいく。
(また……こいつに……)
渾身の剣戟が弾かれる度に一抹の不安が頭をよぎる。そして、それによる一瞬鈍った動きをブレイブが見逃すはずもなくその剣を俺の腹部へと突きだした。
「っ! 糞っ!」
ブレイブの刃を横へ飛び回避するが、それでも奴の刃を避けきれずに腹部に一筋の赤が描かれる。しかし、そんな痛みを気にする余裕もなくそのまま奴の刃は俺を追いかけるように横へと薙ぎ払われる。俺はその剣を刃に這わせて受け流しつつ、奴の攻撃範囲から逃れるように後退する。
(このままじゃ、殺される……)
後ろへと後退した俺にブレイブは凄まじい速さで距離を詰めてく。
(いや、違う。そうじゃない)
俺は剣を構え直し、ブレイブの攻撃を待つ。
「このままじゃ、奴を殺せない」
俺は奴の放つ真っ直ぐの起動を描く一閃をそのままその身で受け止める。そして、構えていたその剣を力任せに横に振るった。
「……まさか」
ぽつりと女が言葉を吐き出した後に、騒々しい金属音と共にブレイブの頭部は地に落ち、転がる兜からは奴の頭部が吐き出される。かつて見る者すべてに好印象を振りまいていた顔はまるで何者かに何度も刃を突き立てられたような傷跡が無数に広がり、それが原因なのか鼻というものの原型は無く、片目は落ち窪んだ漆黒を映している。
「あぐっ……があぁぁぁ」
俺は鳩尾に突き刺さったブレイブの刃を引き抜き、その場に膝を落とす。鳩尾からは僅かな動きで激痛が走る。
「……それで、どうなるんだ」
俺は眼下に転がるブレイブの死体を見つめながら呟く。
「ドラコ! そのまま魔物を殺すのです!!」
しかし、感傷に浸る間もなく女の焦り声が室内に響き渡る。その方向に視線を向けると、ストリゴが地面を背に上から突き立てられている矛をその剣で止めている様子が視界に映った。
「クソッ……がっ!?」
兵士を殺すべくその足を踏み出そうとするが、俺の身体はそれを許さずに膝から力が抜け、すぐにその膝を地に付けてしまう。まだ傷が塞がりきっていない腹部からは大量の血が吹きだし、地面を赤に染め上げる。
「っ……バーバー!」
「……っ!?」
唯一動けるであろうバーバーに声を上げるが、それでもそんな僅かな希望は届かずにバーバーは震える身体を僅かに前へと傾けるのみ。恐怖により固まった身体を動かせるはずもなく、俺の望みは打ち砕かれる。そして、兵士の攻撃が止まるわけが無く、ストリゴに止めを刺さんとばかりに槍は大きく振りかぶられる。
「っ……あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
雄叫びを上げ自らを奮い立て、周囲に血をまき散らしながら俺は立ち上がろうとするが、それを俺の身体が許そうとせずに身体が持ち上がらない。そして――
「……は?」
鋭い金属音と共に三つ又の槍は弧を描きながら宙を舞い、その次の瞬間兵士の頭部は千切れるようにストリゴの胸元へと落ちる。
「いやぁ、まさかブレイブさんを殺せる魔物がいたとは」
そんな妙に人を挑発するような、しかしすぐに忘れそうな声色で、今まさに鎧の兵士の首を落とした人間の男は口角と吊り上げながら私を見据える。
「何故……お前が……」
唖然とする私達に男は静かな足取りでストリゴから私の元へと近づいて行く。しかし、私達と対峙しているにも拘らず男の表情から恐怖や憎しみ、敵意といった負の感情は読み取れず、その細く僅かに輝く白銀の髪を揺らす。
「何を……何をやっているのですかっ……デッシュ!!」
「あなた……どこかで会いましたか?」
薄い笑みを浮かべるデッシュは立ち止まると、半狂乱になった様な声を上げる女を無視したまま私の元まで来ると、まるで天気でも聞くかのようにそんな言葉を呟く。
「いやぁ、まさか、あの時の。お久しぶりです」
「……てめぇ」
「おい! 何をしているんですか!? 早く魔物を殺すのです!!」
デッシュはうんうんと何度か頷くと、ぶるぶると身体を震わせながら扉の前に張り付くように立つ女に冷めた視線を向ける。
「はぁ、全くこれだから女王陛下は。そんなんだから僕みたいな扱いやすい人間かに裏切られるんですよ」
「なっ!?」
「おっと、危ない」
デッシュはわざとらしく手に持っていたナイフを地面へと投げ捨てる。鎧の兵士の首を切り取ったであろうそのナイフには血の一滴も付いておらず、歪な曲線を描いた刀身は少しづつ、しかし確実に鋼の刀身を液体へと変えていった。
「ま、あれですよ。ブレイブさんを殺せたんですから、相応の褒美を与えなくちゃぁ駄目じゃないですか?」
「お主……何を……!?」
女王陛下と呼ばれた女は何か言葉を発しようと口を動かすが、その先の言葉が出ることは無い。それは私やストリゴ、バーバーも同じようでただそんな異常な人間をただ茫然と見つめている。
「それに」
デッシュは懐から液体の入った瓶を取り出すと、その中身を私へと浴びせる。何の液体なのか、浴びせられた部分の傷口はまるで発火したように一瞬熱くなり、それが終わると鳩尾からじわじわと感じていた痛みが僅かに収まる。
「この展開の方が面白そうじゃないですか」
デッシュは傷が塞がった私の身体を見ると、顔に悪戯な子供のような笑みを浮かべながらそう答えた。
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