第4話 牛頭の集団

 集落での最高決定権を持つのはその中の長だ。


 それを決める判断基準は集落ごとによって違い、その多くは集落の最も強いものがなるのが常だ。だからこそ、その長さえ倒すことができれば集落を制圧できるだろう。


・・・


 目が覚めると、昨晩にいたベッドの上にいた。


「いってぇー……」


 体の節々は痛みという悲鳴を上げ、寝返りを打つだけでもその痛みは主張を繰り返した。とはいっても我慢できない痛みではないが。


「お前、何してたんだよ」


 声の方向を見ると、そこには呆れ顔のガルの姿があった。


「何って……修行……?」

「修行ねぇ……まったく、こっちはお前に死なれちゃ困るってのに」

「悪いな」


 呆れ顔の次は苦笑い。どうにもこいつは俺を買いかぶりすぎているような気がする。それでも、多くの者に警戒されている俺にとってこいつの存在はありがたいのだろう。


「ところで、なんで俺はここに?」

「ああ、今朝お前がぶっ倒れてるとこをヴァンパイアの奴らが見つけてな」


 俺は記憶を巡らせる。うっすらとだが、巨大な黒い皮膚を持つ鬼――クロにボコボコにされて疲れ切った体を動かし森から這い出たことを思い出す。恐らくその後気絶したのだろう。


「動けそうか?」

「ああ、だいぶ回復した」


 多少の痛みはあるものの、動かせないわけでは無い。肩を回して見せると、ガルはどっと息を吐き、笑って見せた。


「じゃ、行くか」


 俺の言葉にガルは笑みを固める。


「いくって、どこに?」

「ミノタウロスのとこだ」

「おま、もう少し休めよ」


 ガルは起き上がろうとする俺の肩を抑え、制止する。


「大丈夫だって。俺は治りが早いんだよ」


 俺はガルに笑いかけることで疲れが無いことを示すが、ガルはそれでも納得いかないようで、手の力を弱めるものの、その顔はどこか不安げだ。


「ともかく、こういうことはさっさとしたほうが良い。それだけだ」


 俺はガルの手を払い除け、部屋を後にした。


・・・


 日はすでに頭上を通り越しているところを見ると、俺は半日ほど眠っていたらしい。そんな太陽を見つめながら、ストリゴ達とともに草原を進む。


「それで、お前らはなんでミノタウロスと仲悪いんだ?」

「敗北した先人たちは人間から逃げるために散り散りになった。そしてその後、ここを再建させるために我々は戻ってきたわけだが、如何せん言葉が通じなくてな。それに――」


 ストリゴは口をつぐみ、そして不機嫌な顔になりながら前方を見据える。


 俺たち一行の視線の先にはミノタウロスの集団が牛の様な獣を貪っている姿があった。


「昔はここら一帯食べ物が少なくてな。食うものにも困るほどにな。そして、食料を争っているうちに奴らと溝が生まれたんだ」


 ミノタウロスはこちらの存在に気付いたようで、俺たちに警戒心を孕ませた視線を送ってくる。


「グレイ、行ってくれるか?」

「あ、ああ」


 戦闘を歩くグレイは難しい顔をしながらゆっくりと頷くと、その歩を進める。俺たちは少し震えるグレイの後姿を見ながらその後ろを歩く。


「なぁ、ちょっといいか?」

「なんだてめぇら?」


 同じ種族ならばと思っていたが、グレイの一言にミノタウロスは臨戦態勢でこちらを睨みつける。その視線は俺やグレイにも向けられていたが、その多くはストリゴやヴァン達ヴァンパイアに向けられていた。


「いや、まぁ……何というか、な? ヴァンパイア達と仲直りしてほしい……んだけど……」


 グレイはたどたどしく言葉を紡ぐ。しかし、それは逆効果だったようで、ミノタウロス達は鼻息を荒くしながら立ち上がると、グレイを睨みつける。


「だったらそのヴァンパイアどもが話をするのが筋だろうが、なぁ?」

「あ、ああ。それもそうだ……な」


 グレイはそういうと後ずさりしながらこちらへと戻ってくる。その顔には緊張感が漂っている。


(これ以上は無駄か)


 俺はストリゴとヴァンに合図すると、グレイの前へと出る。ミノタウロス達は相変わらず警戒心むき出しの視線をこちらに向けているが、仕方がない。


「ミノタウロス諸君、急に訪ねてすまない。対立しているヴァンパイアを見て気分を悪くしたのはすまない。まずは謝ろう」


 頭を下げ、顔を上げると、ミノタウロス達は警戒心こそあるものの、その表情にはかすかに驚きが見て取れた。そして、その中の一人が俺へと近寄ると、見下すような視線とともに口を開いた。


「で、何しに来たんだ?」

「お前たちを仲間に勧誘しに来た」

「勧誘?」


 ミノタウロスは頭をボリボリと掻くと、相変わらず見下すような視線でこちらを睨みつける。


「俺は暁。さっきも言った通り今回ここに来たのはお前らを勧誘するためだ」

「だから、何の勧誘だよ?」

「お前たちを兵士として勧誘したい。人間と戦うための兵士だ」

「人間……ねぇ」


 ミノタウロスは再び考え込むようなそぶりを見せ、その後視線を俺の後ろへと向ける。


「で、そっちは?」

「彼は城下に住むヴァンパイア達の長、ストリゴだ。もう一人は……ただのヴァンだ」

「やっぱりヴァンパイアか……ハァ」

「もし過去のいざこざがあんなら謝らせるが」


 ミノタウロスが考え込む。そして何かを決めたようで、こちらに向き直る。


「別に俺自身ヴァンパイア達に恨みがあるわけじゃねぇ。生存戦略的に仕方のないことだしな。まぁ、いやじゃないと言えば噓になるが……。それにこの通り、今の環境でも何とか生きてられている。だから、ともかくだ。お前の兵士になるってんならお前が俺たちよりも強くなきゃ納得できねぇ。つーわけで」


 ミノタウロスは片手で1mはありそうな斧を持ち上げると、俺に殺意のこもった視線を向ける。


「俺を負かしてみろ。それができたらこいつらはお前の自由にしていい」

「ああ、覚悟していたことだ」


 俺は額に冷や汗が流れるのを感じながら、ミノタウロスに視線をぶつけ返した。


・・・


「なぁ、これってお前が負けたらどうなるんだ?」


 戦いの準備をしている最中、グレイが不安げな表情でこちらに顔を向ける。


「さぁ? だが、恐らく負けたらお前らがあの集落の兵隊になるだろうな」

「はぁ!? それほんとか?」

「多分……な。あいつは俺を殺す気でいる。ヴァンパイアを恨んでいないってのも嘘だろうな」


 俺の言葉にグレイは更に不安げな顔にする。そんな話を聞いてか、ストリゴはこちらに来ると、冷ややかな視線を俺に浴びせながら口を開く。


「貴様が負けたら貴様の死体は塵になると思え」

「……ああ、好きにしろ」


 応援する者のいないこの場所で俺は腰の剣を引き抜く。眼前には2mを超える巨体のミノタウロス。


(ガルがいたら応援してくれたかなぁ)


 そんなことを考えながらミノタウロスを見る。ミノタウロスは相変わらず殺意のこもった視線をこちらに浴びせながら、威嚇するかのように斧を前に出す。


「来いよ」


 ミノタウロスの軽い挑発をしながら、警戒を怠っている様子はない。


「……行くぞ」


 地面を蹴り、距離を詰める。そして眼前に詰め寄ると、ミノタウロスは俺に向かって斧を振り下ろす。


「ッチ」


 身体を半身ずらしながらなんとかそれを避ける。だがそれを予測したのか、ミノタウロスは斧を地面に刺したまま、その身体で俺を突き飛ばした。


「カハッ!?」


 肺の中の空気が一気に抜けるのを感じつつも視線をミノタウロスに向ける。ミノタウロスは俺を警戒しているのか、斧を引き抜くとそれを盾のようにして構えなおす。


「……面倒くせぇな」


 立ち上がり、血混じりの唾を吐き出す。そして再び地面を蹴り、剣をミノタウロスの身体目がけて突き立てる。だが、それも斧に遮られ、はじき返された。


「おらよっ!」


 そして、再びその巨体に突き飛ばされる。


「……ッチ」


 正直、あれを突破する方法が見当たらない。喰らったダメージは少ないが、体格差が如実に出ているため、攻撃をどう当てればいいのかが分からない。


(ともかく……だ)


 俺は再び立ち上がり、血混じりの唾を吐き出す。そしてミノタウロスをまっすぐに見つめなおし、その様子を伺う。


 問題はあの巨体だ。どうぶつかっても避け切れずにその巨体に当たってしまう。


(だったら、だ)


 俺は三度地面を蹴り、その巨体に突っ込む。ミノタウロスは先ほどと同じ体勢で俺を見据える。


「おらっ!」


 ミノタウロスの斧を半身で避け、その懐に入る。そしてミノタウロスのタックルをもろに受けながら、剣をミノタウロスの身体へと突き立てた。


「あ゛ぁ!? クッソ、てめぇ!!」


 ミノタウロスは深く突き刺さった剣に視線を向ける。俺はその間に立ち上がり、ミノタウロスに突き刺さった剣に向かって拳を殴りつけた。


「いでぁぁぁぁ!!!」


 ミノタウロスは叫びながら蹲る。俺はそれに追撃するようにミノタウロスをけり上げると、地面に大の字になったミノタウロスの上へと跨り、その首を手で締め上げる。


「あががが……でめぇ」


 ミノタウロスは俺の腕を掴み、俺の手を折らんばかりの力を込める。しかし、その力も次第に弱まっていき、白目をむきながら地面へと腕を落とした。


「……で、どうすれば終わりなんだ?」


 俺は痛む腕とともに立ち上がり、周囲を見る。観戦していたミノタウロス達はこちらをじっと見つめながら唖然としている。しかし、それも直ぐに終わり、ミノタウロス達はこちらに向かって走り出す。


「回復だ! 早く回復させろ!!」

「早く! 薬草でもなんでももってこい!!」

「おい! 早くしろ! はやく!!」


 ミノタウロス達は俺を押しのけ、回復魔法をかけ始める。俺はそんな様子をズキズキと痛む腕をぶら下げながら見つめる。


「ハァ……勝った、か」


 時間的には短く、それに加え受けたダメージも腕の骨折以外にそう大きくはない。だが、なぜだかとても疲れた。


「……よくやった」


 ミノタウロス達を見ながら呆けている俺にストリゴが声をかける。その口調は冷淡なものだが、それでも少しだけ嬉しくはある。


「ああ、ありがとな」

「ヴァン、治してやれ」

「はい!」


 ヴァンは俺の腕を無造作につかむと、その手から緑色の光を発生させる。その光のせいか、いや、恐らくはそのせいなのだが、腕からは痛みが徐々に引いていき、代わりにじんわりとした温かさが広がっていく。


 俺の治療が終わるころ、ミノタウロスは起き上がる。剣を突き刺した腹には薬草があてがわれ、そこからは未だにじわじわと血がにじみ出ている。


「いっつー……クッソ。で、どうすんだよ」


 俺が倒したミノタウロスは不貞腐れた顔をこちらに向ける。


「ストリゴ、あいつを治してやれないか?」

「……ヴァン、あいつを治してやれ」

「わかりました!!」


 ヴァンはストリゴと共にミノタウロスの元へと歩み寄り、その傷を治し始める。


「で、これでお前らは俺の兵士になってくれるのか?」

「ッチ、ああ、いいよ。やりゃぁいいんだろ!?」


 ミノタウロスはヴァンを一度睨むと、諦めたようにため息を吐き出す。


「お前らもそれでいいな!?」


 ミノタウロスの一言に周囲のミノタウロス達は力なく頷く。


「で、名前は?」

「あ?」

「名前、教えろって」

「……ゴズだ」

「そうか、よろしくな」


 俺はゴズに手を差し伸べる。ゴズはそれに対し、俺の手を強く握りしめた。

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