第27話 この世界の物理法則②
宮城君は少し得意げな顔をこちらに向けながら私へと手を差し伸べる。
「教えますから、まずはそこに座ってください」
「ええ、ありがとう」
先の魔法の発動のせいか、かなりの疲労を感じていた私は、宮城君の手を取り先程座っていた土の椅子に座りなおす。全力疾走した後のような疲れを全身に感じながら一息つくと、宮城君は私の前で人差し指を上に突き出した。
「たとえば分かりやすいのはこれ。
宮城君はここに来る前に日比谷先生がしたように、指先から指の爪くらいの大きさの小さな炎を出す。その小さな炎は、他に燃焼物が見受けられないにも関わらず、宮城君の指の数センチ先で、煌々と辺りを照らしている。
「先ほども言った通り、大切なのは自分自身に描くイメージと理解です。この世界で魔法を出すにはこの二つと魔力、そして言葉が必要なんです。俺や先生みたいに化学や物理学をある程度学んでいる人にとっては、キットラーさん達の精霊みたいなイメージでは理解できないんですよ。だから、こんな風にイメージをすればいいんですよ」
宮城君が軽く指を振り、指先の炎を振り消すと、再び指先を天へと突きたて、言葉を放つ。
「
すると、今度はどこからか細かな霧が指先にふわりと現れ、それらは指先からほんの少し浮いた場所に小さな小さな水滴となって表れる。そして、次第に水滴は大きくなっていき、先ほどの炎と同様に指の数センチ先に拳大ほどの水球となった。
「今のは空気中の水分を集めるイメージをして水をを出しています。その前の炎は空気中の酸素とか、二酸化炭素とかを集めたり分解して、それでできた炭素とかを燃やすイメージをしました」
「いや、分解って……。それに、あんまり詳しくは無いのだけど、化学って言ってもそれだけじゃ色々と説明つかない部分もある気がするのだけど……」
分子の分解って、分解にエネルギーがいると思うし、そもそもそれだけで分子を分解できるものなのだろうか。色々と説明が足りていない気がする。
「あー、それについては確かにその通りです。俺はあまり頭がよくないから、誤解釈や不足点があるとは思いますが、その点は魔法でカバーされるっぽいです。さっき先輩がなんとなくで魔法を発動できたのはそのためですよ。まぁ、理解とかイメージしきれない分、必要な魔力が増えるそうですけど」
「へぇー……」
いまいち納得できない様子を示す私に、宮城君は指先の水球を地面に捨てながら、「きっとできますよ」と、笑顔を返す。
「とにかくやってみてください。大事なのは自分が理解できるイメージです」
私は促されるまま、宮城君がやったように指先を立て、空気中の酸素を集めて小さな火を灯すイメージを沸かす。
「……あれ?」
しかし、先程の様に魔法は発動せず、私は不思議な思いで指先を見つめる。
「ああ、すみません。まだ教えていませんでしたが、ちゃんと声に出さないと魔法は行使できないんですよ」
「あ、そうなんだ。……
すると、微少の疲労感と共に宮城君と同様の炎が指先に灯る。
「わぁっ!」
「さすがです!」
私の小さな歓声と同時に宮城君は手放しに褒めてくれる。しかし、それとは対照的に日比谷先生以外の周囲の兵士やキットラーさんの顔には喜びの表情は無い。
「これでは駄目だね」
「またそんなことを言って。俺だって先生だって先輩だって魔法が出来たんだからいいじゃないですか」
「いや、そういう事では無い」
「どういうことですか?」
呆れ顔で宮城君の反論を返すキットラーさんに、私はその理由を問いかける。キットラーさんは相変わらず呆れ顔のまま、私と宮城君に順に指を指した。
「お主ら、先の魔法の発動にどれだけの時間がかかった?」
「大体……2、3秒ですかね」
「俺もそれくらいです」
「それじゃ使いもんにならんな」
「どうしてですか?」
「よう考えてみぃ。眼前に魔物が迫っている中でお主らは呑気にそんな魔法を使うのか?」
「……?」
キットラーさんは呆れ顔のまま、問いに対する答えを返しているようだが、私にはいまいち理解が出来ず、呆けた顔でキットラーさんを見つめる。キットラーさんはそんな私に大きな溜息をつき、50m程先にある城壁を指しながら再度口を開いた。
「まず第一に、あの辺りからお前たちはどれぐらいで来れる?」
「走ったとして……10秒くらいでしょうか」
「そう、そういうことじゃ。お主らはその間に最低でも魔物を怯ませる威力の魔法を行使する必要がある。となれば、先の火よりも更に強力な魔法が必要となる。当然、魔法の行使には先ほどよりも時間を要する。加えて相手は魔物じゃ、種によってはその城壁からここまで3秒足らずで来るぞ? いくら魔力があろうが、いくら強力な魔法を行使できようが、そんな遅い魔法では唱えている間に魔物に殺されてしまうわ」
「あっ……そっか」
私はキットラーさんの言葉に理解させられる。
魔法に関してもそうだが、それ以上に勇者として、魔物を、魔王を倒す存在として召喚された私にはそれ以外の選択肢が用意されておらず、それ以外を望まれていないことに対して。
「でもよぉ」
そんな、未だに現状を受け入れられていない私とは対照的に、宮城君はキットラーさんに対して反論の声を上げる。
「なんで先生の魔法はいいんだよ。発動までの時間は同じくらいだぜ?」
「小僧の言う通り、あの男の魔法はお主ら同様に戦闘では使い物にならんだろう。しかし、あの男は回復関連の魔法がまだ使える。それだけで、お主らよりもマシ、というわけだ」
「お、俺だってできただろっ!」
「お主では消費魔力が多すぎじゃ。数回使えば戦えなくなる」
「まっ、そういうわけだ。ともかく俺は
日比谷先生は自慢げな表情を隠そうともせず、私達の肩を叩く。そして、日比谷先生は私に一枚の金属のプレートと一本の針を差し出す。
「さて五十嵐、魔法についてはこれくらいにして、次はこれに血を付けてみろ」
「血、ですか……?」
「ああ。そこにくぼみがあるだろ? 針で血を出して、少しだけ刷り込んでみろ」
私が躊躇していると、日比谷先生に「すぐ治してやるから」と、催促をされる。助けを求めるように宮城君へと視線を向けるが、宮城君はもちろんの事、周囲の兵士の人たちも私に期待の眼差しを向けているのが分かった。
「いつっ……これでいいですか?」
「ああ。キットラーさん、お願いします」
私の血を刷りこんだプレートを日比谷先生は受け取ると、迷わずそれをキットラーさんへと渡す。キットラーさんはそれを受け取ると、何かをぶつぶつと言った後にプレートを私へと返した。
「……これは?」
「ほほぉ、どれどれ。言語理解Ⅱと言語翻訳Ⅱは当然として、再生能力Ⅰに肉体強化Ⅲ、魔力適性Ⅲに……不屈の精神? なんだこれ?」
訳も分からずプレートを受け取った私がそこに記載されている言葉を理解できずにいると、横にいた日比谷先生がプレートを覗き込んでくる。そして、その逆側には同じく私の持つプレートを覗き込む宮城君がいた。
「心が強い……ということでしょうか?」
「ああ、それはですね、一言でいえば決して挫けない、という事ですよ。どんな強敵を前にしても、怖気ず、挫けず、決して折れない心を持っている、という事です」
「へぇ……すごい……。それで、そもそもこれはなんですか?」
宮城君の訓練の相手をしていた兵士の言葉をこそばゆく感じながら、更に疑問をぶつける。話のを聞く限りでは、私に関する何か、であることは理解できたが、そもそも、このプレートがどんな意味を示しているのか、どのように役に立つのかをを私は理解できないでいる。
「簡単に言えば、今俺たちが持っている特殊能力です。例えばここにある言語理解Ⅱと言語翻訳Ⅱですが、どうやらこれが無いと俺達はキットラーさん達の言葉や文字を理解することができないそうです。同じように肉体強化であれば身体能力が上がり、魔力適性があれば魔法が上手く使えます。これらは俺達が勇者として必要な素養を補うために与えられているそうですよ」
「へぇー……、えっ? 日本語を話しているわけじゃないの?」
「ええ、そうらしいです。まぁ、本当かどうか確認する方法は無いようですが」
「そうなんだ……」
宮城君の言う通り、プレートに記載してある能力はどれも戦いの為のもののようで、私にとってはそれが必要なものとは思えず、何に活用できるかをあまり想像できない。
「他に何か、無いんですか? 料理とか、裁縫とか」
「ない……ですね」
「当たり前じゃ。お主らは勇者じゃぞ? そんなものに割く能力があるわけが無かろう。あの小僧の言う通り、この能力は儂らがお主らを勇者として召喚するときに与えたものじゃ。そんな余分な能力を入れる道理がどこにある」
キットラーさんは変わらず呆れ顔のまま、私に向かって溜息を吐きだす。そして、もう用は無いとばかりに、杖を突きながらその場を去っていく。
「あっ……、すみません、ありがとうございました」
迷惑そうに去っていくキットラーさんに対して、私は慌てて頭を下げてお礼を言う。キットラーさんはそんな私に反応を示さず、こちらを振り返ることなく去っていった。
「まっ、キットラーさんはああいう人だから気にすんな。俺たちにもそうだったからな」
日比谷先生は少しだけ不満げな表情を浮かべながら、苦笑いを私へと向ける。私は「そうなんですか」と、同じく苦笑いを返す。
「そういえば、日比谷先生と宮城君も同じようなことが書かれていたんですか?」
しばらくキットラーさんを見送った後、ふと気になり、日比谷先生に尋ねる。しかし、日比谷先生が答える前に、宮城君は自慢げに木刀を掲げる。
「今見せますので、見ててください! 皆さん、離れてくださーい」
宮城君は、自身の視線の先に人がいなくなったことを確認すると、城壁に向かって木刀を振り上げる。
「っらぁ!」
短い、しかし気合の入った掛け声と同時に宮城君は木刀を振り下ろす。すると、まるで耳鳴りのような何かが空気を切り裂くような音が聞こえると同時に城壁に何かがぶつかる。
「これが、俺のスキルです」
私へと振り向く宮城君は、後方の大きな亀裂の入った城壁を指しながら、私へと笑顔を返した。
始まりは奴隷から 〜本幕〜 赤糸マト @akaitomato
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