第8話 敗報
グラント王国のとある一室、豪華絢爛に飾られたその部屋に中肉中背の豪華な衣装を身に纏った男が静かに席に座り、対面の机の上にいる微弱な光を全身から発しながら佇む小さな妖精を見つめる。
「それで、魔王が、魔物の国が出来つつあるというのは本当なのですか?」
男は妖精に向かってかしこまりながらも、少し焦っている口調で問いかける。対して妖精の方は特に表情の変化を見せることなく、コクリと頷いた。
「そうデスデスね。もしかしたらもうできているかもデスデス」
「……本当でしょうね?」
男の再度の問いかけに妖精は再び頷きで返事を返す。男はそれを確認した後、深いため息をつきながら項垂れるように肩を落とした。
「はぁー、なんでまた私の代で」
「いつかは来る日デスデス。そう気を落とさずとも私も力を貸しますので」
妖精はふわりと飛び上がり、男の肩へと着地すると、同情するかのように首筋を優しく叩いた。
「しかし……はぁ。ともかく早急に勇者を召喚せねばな」
「そうデスデス。しっかりと対策をしていれば侵略されることは無いデスデスよ。それで、ちゃんと場所の確保はできているデスデスか?」
「ああ、今まさに手配しているよ」
男はそう言いながら机上の一枚の紙を指す。妖精はそれを数秒間ジッと見た後に頷きながら男の方へと向き直った。
「そうデスデスか。それは順調で。それと再度言いますが、召喚された人間すべてに言える事デスデスが――」
妖精の言葉が終わらない内に、突然眼前のドアから激しいノック音が響いてくる。男は少し怪訝な顔をしながら顔を上げ、「入りたまえ」と荘厳な口調で扉の向こうの者に知らせる。「し、失礼します」という少し急ぎ気味な声と共に開かれた扉の向こうには、汗だくになった一人の兵士の姿があった。
「し、失礼します! アンゼムント王国より報告です! アンゼムントより南方に位置するベルヘンの壁が無数の魔物たちによって破られました!!」
「そうか、もう来たのか……。まずは息を整えたまえ」
男の言葉に兵士はハッと我に返ったように元々正していた姿勢を更に綺麗なものへと整え、深く深呼吸をした。
「落ち着いたかね」
「はい、申し訳ございません」
「では、聞こうか」
兵士は念のためもう一度深呼吸をして口を開く。
「アンゼムント王国より報告です。アンゼムントより南方に位置するベルヘンの壁が無数の魔物たちによって破られました。その数は確認されているだけでも約3万、ゴブリンからオーガまで、種々様々な魔物たちが群れを成して徒歩にて北上して行っているとの事です。その為アンゼムント王国は魔物たちの掃討の為に我が国に救援を求めています」
「そうか……それは非常に不味いな。とはいっても、ともかくまずは会議室に各大臣と軍隊長を呼んでくれ。私も少ししたら向かおう」
「ハッ! 今すぐに!」
兵士は深々と頭を下げ、静かに扉を閉める。閉まった扉の向こうから金属音が聞こえるのはあの汗だくの兵士が走って報告に向かっているからだろう。そんなことを考えながら男は深いため息を吐きだす。
「はぁー。やれやれ。まさか本当に来るとは。流石ですな」
「昔からやってるデスデスからね」
男の皮肉交じりの言葉に妖精は反応する事無く、その肩から机上の先ほどまでいた位置にふわりと飛び降りる。
「まだが、ゴブリンもいると言っていたか。徒歩であるならば王国に着くまで時間がかかる……か。何にしても早く勇者を召喚せねばな」
「その通りデスデス。それが出来れば、またしばらくは平穏が続くデスデスよ」
「そうですね。その通りです」
男は妖精に軽く頭を下げると、立ち上がり部屋を出て行く準備をし始める。そんな男に妖精は鋭いまなざしを送りながら口を開く。
「先ほどは言いそびれた、召喚された人間すべてに言える事デスデスが、所詮彼らは作られた身体に死んだ後の魂を入れただけの、云わばゴーレムデスデス。感情移入は厳禁ですです。それに強すぎる力はいつか国を滅ぼすデスデス。魔王を討伐した後の対処は――」
「ええ、分かっています。しっかりと処理しますとも」
男は遮るように言葉をはさむ。そんな男に対して妖精は起こる様子もなく、ただ頷き、「分かっていればいデスデス」と小さく言葉を吐き出した。
「では行ってまいります、フリュスタラ殿」
「人間の平和の為に共に頑張るデスデスよ、バードン国王様」
・・・
国王が秘書を連れ会議室に入ると、短い時間だというのにすでに室内には各所要大臣や国内の兵を統率する軍隊長達が揃っていた。国王は最奥にある自らの席に座ると、すでに机上に置かれていた資料を目に映しながら咳払いを一つする。
「さて、始めようか。皆わかっているとは思うが、現在魔物たち3万体が群れを成してアンゼムント王国に進行している。これは由々しき事態であり、今は大丈夫でもすぐ近くの将来に我が国の危機になる問題やもしれん。その為、今現在から対策を講じたいのだが、何かあるか?」
国王の言葉に皆雰囲気を暗くする。だが、それもこの危機的な状況では良い方向に働くらしく、兵の招集、増援の手配、物資の輸送等の現在送り出せる可能な限りの資源を他国であるにも拘らず送り出す提案が出された。
「皆、ありがとう。隣国とはいえ他国にこれだけの資源を送ろうとするその心意気、感謝するぞ」
「国王様、お聞きしてもよろしいでしょうか」
国王の礼の言葉の後に一人の男が手を上げる。国王は少し頷きながらその意見を了承した。
「勇者の召喚の手筈は進んでいるのでしょうか? 何分これに関しては王族のみ知られている事。こちらに情報が来ないものでして。可能であれば、是非教えていただきたい」
男の言葉に国王は腕を組み、少し考え込む。そして、しばらくした後に顔を上げ、質問に答える。
「そうだな……。言えることは少ないが、
「……ありがとうございます」
詳細が伏せられた、短い説明であったため、不安があるのは確かであった。それでもあと3か月ほどで国民の希望となる、歴史上で何度も魔王を撃ち滅ぼした勇者という存在が現れることに皆、安堵の息を漏らした。
「軍隊長、少々よろしいでしょうか?」
皆が安堵の息を漏らす中、一人の兵士が会議室に入り席に座る中でも一際肉体の発達が凄まじい、筋骨隆々の者に何かを耳打ちしだした。
「どうしたのだね? グリーク軍隊長」
「報告します。どうやら魔術結社の奴らが来たようです。どこから聞きつけたのか、今回の魔物どもの進行を耳にしたようで、それの援軍として志願してきました。食糧や船等の資源は自身らで用意するそうでして」
「魔術結社……たしか、魔法の真理を追究するための非承認国家だったな」
「ええ。しかし、実際は何をやっているのかもわからない。噂では人間の蘇生実験もしているとか。我が国の魔術師も何人引き抜かれたことやら」
「それが志願……か。どういう風の吹き回しだ……?」
国王は渋い顔をする。それは他も同じようで、皆、魔術結社という名前を聞いただけで嫌な顔を見せた。
「まぁ、とにかく今は人員が必要だ。それに来るなと言っても来るような連中だ。こちらで監視した方がまだましだろう。ともかく会わせてくれ。面と向かって話してみたい」
「承知しました。では会う際には私と部下の兵士数人、それと……ロッゼ魔法大臣、来てもらえますか? 魔法に詳しいものがいた方が何分いいかと」
「ああ、承知した」
「それで、いつ行いましょうか?」
「会議が終わり次第行おうか。我々もまた時間が無い」
「承知しました」
バードンは座ったままの体制で頭を下げた後に先ほど耳打ちされた兵士に小さな声で指示を出す。兵士はそれを聞き終えると、素早くも静かに部屋を出て行った。
「ともかく、だ。これから戦争が起こる。物資の調達や人員の確保、皆忙しいだろうが頼んだぞ。では、会議を終えようか」
国王は言い終わると立ち上がり会議室を後にする。そして廊下の端にある窓辺へと向かい、外の景色を眺める。
「もうこんな時間か」
すでに窓からは橙色の光が差し込まれており、その光が国王の肌を光の色に染める。国王はそんな光に照らされる自国の景色を数秒間見た後、自身の愛する娘の元へと足を運び始めた。
・・・
「とうさま、お仕事終わりましたか?」
扉を開けると国王の愛してやまない一人娘であるシャーロットが走ってこちらへとやってくる。
「いや、まだやることがある。すまないな」
「いえ、お疲れ様です」
国王の言葉にシャーロットは嫌な顔一つせずにその言葉を吐き出す。国王はそんな娘の対応に申し訳なさを感じつつも、娘の首元、チョーカーが付いている部分を優しくなでる。そして、国王は娘から視線を外すと、誰かを探すように辺りを見回す。
「シャーロット、母様はどこだい?」
「分かりません。ですが、すぐ戻ると思います」
「そうか、ありがとう」
国王はシャーロットに笑顔を見せる。だが、その内心では疑念が渦巻く。
現グラント王国国王であるバードンにとって、結婚した妻に対しての感情は奇妙な、まるで濃霧のような疑念だ。そもそもが国の習わしで婚約し、当時王子だったバードンとエリーゼは結婚したため、そこに恋愛感情などは無かった。だが、バードンにとってエリーゼが自信を嫌う程度のものであれば国の発展の為に自信を犠牲にできるが、エリーゼ自身、バードンとの結婚を少なからず喜んでいた。初めのうちはエリーゼが王族の一員になれる、という事を喜んでいたのかと思っていはいたが、この愛娘であるシャーロットが生まれたあたりからバードンの心の内にある疑念は日を跨ぐ毎に増していくばかり。そんな状態で何かあるという考えが離れないまま今に至った。
(しかし、シャーロットの為にも死ぬまでに女王に対する政権の扱いを強めねばな)
「シャーロット、仕事に戻るとするよ。良い子で待ってなさい」
「はい」
バードンはシャーロットの頭を優しく撫で、部屋を後にする。
「お疲れ様です、陛下」
、部屋をでて少しし進むと、対面から声がかかる。
「エリーゼか。何をしていたんだ?」
「……シャーロットの為に本をと」
エリーゼは自身の抱える2冊の書籍を国王に見せる。片方はこの国の歴史について簡易的に書かれた絵本、もう片方は魔法に関する書籍だ。
「そうか、苦労を掛けるな。シャーロットをよろしく頼むぞ」
「ええ、もちろんです。では」
エリーゼはそう言い残すと、バードンの前をゆっくりと横切る。
「……?」
バードンはエリーゼが横切る際に少し顔を顰め、エリーゼを目で追う。しかし、気のせいだろうと思い直すと、再び歩き始める。エリーゼから僅かに感じた腐臭と鉄臭さを忘れて。
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