第25話 押し付けられた希望
私はシャーロット国王陛下の言葉を理解できず、私は私と同じ理由で個々にやってきたであろう他の2人へと視線を向ける。私の視線に気づいた日比谷先生は視線に対してただ何度か瞬きするのみで、私同様国王陛下の言葉を理解できていないようだ。
「勇者っ……まじか……まじかよ……!」
しかし、残る一人の宮城君はどうやらそうでは無いらしく、国王陛下へ視線を釘付けにしたまま何かを呟いている。
種々様々ではあるが、呆気にとられる私たちの反応を見かねて、というよりも想定済みだったのか、国王陛下はその顔から笑みを消し、その年齢に似つかわしくない真面目な表情を作りだす。
「急にこんなことを言われて納得はできないでしょう。しかし、私達はあなた方を勇者として召喚いたしました。もちろん強要は致しませんが断るのであればそれなりの代償を支払っていただきます」
「……っ!?」
少女の言葉に私は思わず息を飲んでしまう。いや、正確にはそんな理不尽な言葉を言い放つ少女の顔に。
「さて、何か聞きたいことがある方はいますか?」
「……」
私は反論しようと口を開くが、その先の言葉が続かない。相手が一国の王であるからかもしれないが、少女の表情を見ていると、彼女の内側にある黒い感情が私の心を撫でるように感じてしまっていることも一因にあるだろう。
「ああ、いいぜ。勇者になって魔王を倒せばいいんだろ?」
しかし、長く続くと思われた沈黙はすぐに解消される。
「ええ、理解が早くて助かります」
「……任せろ」
声の主である宮城君は何故か誇らしげに、そして自信満々といった笑みを浮かべながら返事を返す。
「では、早速ですが現在この国が置かれている現状を説明いたしましょうか」
「お、おい! ちょ、ちょっと待てよ。」
しかしそんな宮城君とは違い、日比谷先生は慌てながら話を止める。当たり前だ。急にそんなことを言われて反論しないわけが無い。
「な、なんで私たちがそんなことをしなければならないのですか!? それに救うったって、ただの一般人である私達にそんなことを言われても困ります!」
「そ、そうですよ! それに勝手にこんなところに呼び出して迷惑です! 家に帰してください!!」
私は日比谷先生の後に続くようにして反論を吐き出す。私が発した言葉は他の二人も思っているであろう家に帰りたいという事だ。しかし――
「え……」
「……」
二人の反応は私の予想していたものとは違い、空しく響いた私の声の後には自身に突き刺さるような沈黙が訪れる。
「帰る……ですか。因みに、どこへ帰るのですか?」
「そ……そんなの、元居た場所よ。日本の、私の家に決まっているでしょ……」
「……」
「……」
何故か同じ境遇に立たされているであろう二人から来る冷ややかな視線に押しつぶされそうになりながらも、私は自身の思いを素直に吐き出す。
「そう、ですか。やはり、どうやら記憶が抜けているようですね」
「何を……おっしゃっているのですか」
「どうやら他の御二方は御存知のようですが、あなた方は一度死んでいますよ?」
「……え?」
困惑する私に、その小さな国王陛下はさも当然の様に繰り返し「あなた方は一度死んでいます」と繰り返す。
「ですから、帰るのであればそこは死後の世界、という事になりますね」
「そんなわけ……実際生きているじゃないですか!!」
「それはそうですよ。私があなた方をこの世界で蘇生させたのですから」
「そんな詭弁を……せ、先生、宮城君、そんな訳……無い、ですよね……?」
「「……」」
私は国王陛下の言葉を否定すべく、縋るように二人に視線を向ける。しかし、望みの二人はただ目を逸らすのみで否定する言葉を発することは無い。
「そんな……」
その沈黙より、私は納得はしていないものの、元居た世界――日本で自身がすでに死んでいるという事を認識する。しかし、その瞬間の記憶どころか心当たりすら無い私には少しの実感も湧かないでいる。
「私は……死んで……?」
「ええ、その通りです。……日比谷さんの質問に答えていませんでしたね。あなた方は自身を一般人と認識しているようですが――」
その後、シャーロット国王陛下は淡々と私達の居るこの国、グラント王国とその周辺の置かれている現状を話す。
――召喚時に付与された特殊能力。
――人間を支配しようと目論む隻腕の魔王。
――この世界の物理法則。
小説やゲームなどで聞くような話を国王陛下は淡々と語り、そして再度、「何か聞きたいことは?」と私達を見回す。しかし、自身が死んでいると聞かされた私には、とてもそんな長くて眠くなるような話をしっかりと聞くこともできず、呆然知悉になりつつも、気がついた時には目の前に見慣れぬ料理の数々が並べられていた。
「では、御三方の幸運を願って、乾杯」
「……あ」
私は上の空で聞いていた話の最後に国王陛下から出た、食事を振舞って頂ける、という言葉をなんとか思い起こす。私は一旦落ち着く為、そして何より今感じている空腹を満たすために、空の皿の両脇に何種類も置かれているフォークとナイフの一つを無造作に掴み、一番近くに置かれていた芋料理にフォークを突き刺す。
「……!! けほっ、こほっ!」
慣れない場所のせいか、それとも粛々とした雰囲気のせいか。テーブルマナーなど全く知らない私は酷くパサパサと感じる芋料理を喉に詰まらせながら、急いで側にあったグラスを掴み、中の黄金色の液体を勢いよく飲み込んだ。
「ゲプッ……うぅっ」
直後、どこか遠くで鳴り響く酷くやかましい食器の擦り合わさる音とともに、私の意識もまたどこか遠くへと運ばれる。
それでも、意識を失うまでの間に感じた自身の内側に確かにある気持ち悪さは、勢いよく飲み込んだ液体のせいだけでは無いことだけは確かである様に感じた。
・・・
「……あれ? どこ、ここ」
眼を覚ますと、視界には柔らかな日差しに照らされた白が映し出される。私は未だに覚醒しきっていない意識の中、背中を包み込む柔らかな感触から辛うじてここがどこかのベッドの上であることを認識する。しかし、周囲を見渡しても見覚えのあるものは無く、細やかな装飾の施されたドレッサーや気品漂う机などを照らす窓から差し込む光によって、今が夜でない事を認識する。
「えーっと……何があったっけ」
私はしばらくただぼーっと視界を彷徨わせながら、何をしていたのかを考える。しかし、薄ぼんやりとした記憶からか、それとも重く感じる頭のせいか、いまいち何をしていたのかを思い出せない。
「……起きよ」
私は起き上がろうと重く感じる頭を持ち上げる。しかし、
「おっとっと……あれ?」
持ち上げたはずの上半身は急に力を失い、吸い込まれるように自然とベッドへと倒れこむ。
頭が重い。くらくらする。ベッドの上に倒れているはずなのになんだか身体が浮いているような、波に揺られているような嫌な浮遊感を感じる。
「なに……これ……うぷっ」
まるで熱に魘されているような気分の悪さを感じながらしばらく目を瞑っていると、扉が開く音が耳に入る。音の方向へと目をやると、初めに起きた時にいたメイドの女性が変わらない凛とした佇まいで私へと視線を送っている。
「リツカ様、お休みの所失礼します。ツトム様がいらっしゃっておりますが、通してもよろしいでしょうか?」
「え……あ……はい」
「……それでは、ご準備をさせていただきます」
私は倒れこみそうな頭を持ち上げながら、反射的に答える。すると、女性は素早く私の側へと移動すると、どこからか櫛を取り出し私の髪へを手入れし始めた。
「ちょっ、な、何を!?」
「酷く乱れておりますので。殿方とお会いになるのですから、淑女の嗜みですよ」
女性はそう言いながら、凄まじい手際で私の髪を梳いて行く。
「え、いや、そうじゃなくて……。あの……」
「……お召し物も変えましょうか」
そして、私がこの行為を止めさせる言葉を選んでいる間に女性は私の髪をまとめ上げ、そそくさに部屋の隅に佇むクローゼットへと移動する。
「……わぁ」
クローゼットの中には今まで見たことも無いような気品あるドレスなどの服がズラリと並んでおり、それを目にした私は思わず感嘆の声を上げる。
「ふむ、これがいいでしょう」
女性はクローゼットの中から上品な装飾が施された白いワンピースとの赤いガウンを取り出すと、私を立たせ、次々と手馴れた様子で着せていく。
「お気に召しますでしょうか」
「……綺麗」
「ええ、お似合いですよ」
女性に用意された鏡に映る自分を見て、私は再び感嘆の声を上げる。
女性が用意した服は、どちらかと言えば男勝りである私が敬遠していた服の種類であり、実際何度か買ってみたものの合わないのではないか、とタンスの肥やしになっていたものだ。だからこそ、私は単純な、しかし感動の入り混じった声を上げ、女性のお世辞かもしれないその声に素直に喜んでいる自分がいた。
「っ! で、でも、こんな高そうなもの着れません。汚しても返せませんよ……」
「お気になさらず。ここの物はリツカ様の自由にしていいと国王陛下から仰せつかっておりますので。足らぬものがあれば用意してお渡しするようにとも」
しかし、次の瞬間自身が身に纏っている物が身の丈に合わない物であることに気づく。しかし、女性はニコリと笑い、「ツトム様を呼んできます」と言うと、部屋の扉から出ていく。
「……そんな都合のいい事……あるわけ無いでしょ」
私は呆気にとられながらも気持ち悪い浮遊感を緩和させるためにベッドへと座る。果たしてこれから何が起こるのか、言いようのない不安を感じていると、扉を叩く音が聞こえる。
「入ってもいいか?」
「ど、どうぞ」
私の声に対し荒く扉は開かれ、声の主である日比谷先生は特に遠慮することなく私の元までやってくる。どこかで運動でもしてきたのか、日比谷先生の身体は汗ばんでいる。
「先生……その格好……」
「ああ、これか?」
先生は自身の身体に纏う装備を見せつけるように一歩前へと出る。
先生は蜥蜴か何かの鱗でできた鎧を着ており、背中には薙刀を背負っている。また、身体に巻かれた太いベルトには包丁程の大きさの刃物が3本取り付けられており、腰にはウエストバッグが取り付けられている。
「ちょっと特訓しててな」
そんなまるで狩人のような恰好をした先生は、私を見ながらどこか自慢げに答える。
「えっ、特訓って、何の?」
「ん? ああ、まぁ勇者、だからな。それなりに訓練は必要だろう」
先生は恥ずかしそうに声を発する。しかし、そこにはシャーロット国王陛下との対面の時に見せた不満そうな表情は無く、むしろやる気に満ち溢れたように感じる。
「そう……ですか……」
私は勇者として世界を救う事に反対していた先生がやる気になっている事に少し落胆する。
「それで、私に何か?」
「ん? ああ、お前昨日の夜酒飲んでぶっ倒れてただろ? だから治してやろうと思ってな」
「お酒……?」
私はその言葉に少し頭の中を巡らせる。そして、今もなお感じているこの不快感が酒によって起きている事を認識した。
「ああ……あれ、お酒だったんですね。お気遣いありがとうございます」
私は薬か何かを貰えることを期待して両手を差し出す。しかし、先生はそれを一瞥し立後に首を振りながら手招きをする。
「いや、そうじゃなくて。ちょっと頭こっちに近づけて」
「へ?」
「ほら、いいから」
私は少しだけ不信感を抱きつつ頭を先生の方へと寄せる。すると、先生は私の眉間辺りに二本の指をそっと置いた。
「
先生は、至極真剣な表情で一言、それだけ言葉を発する。と同時に、先生の指先は僅かにだが、緑色の優しい光を放ち、そしてそれが収まる頃には不思議とさっきまで感じていた浮遊感や不快感が消え去っていた。
「え……? 先生、何を……?」
「魔法だ」
私は目をぱちくりとさせながら先生を見上げる。先生は自慢げに、そしてどこか楽しそうに魔法という言葉を言い放った。
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