第25話 エピローグ
広いエントランスホールに長門有希は立っていた。
いつの間にか天井の巨大なシャンデリアの光は衰えている。
この屋敷の生命が絶えかけているかのように。
静寂の中で長門有希は思い起こしていた。
正体不明の暴風雪にのみこまれる寸前、情報統合思念体との最後の同期で伝えられたのは――
“いかなる手段であろうとも観測データをもって生還せよ”
つまり私は任務を達成したのだ。
と、長門有希は数ナノセカンドほど考えた。
二百四十七組目で、ようやくすべての問題は解かれた。それ以前のコピー人間たちはほとんどが長門有希のヒントに到達する以前で失敗してしまった。
廊下から現れた彼らは疲れ切っていたが、その目は成功と解放への予兆で喜びに輝いていた。
涼宮ハルヒは手を引いて私をスクリーンの前まで連れて行った。そのあいだしきりに私の体調を気遣いながら。
全員がそろってから、ディスプレイに手が触れた瞬間、コピー人間たちは音もなく消えてしまった。一瞬、私は痛みのようなものを感じた。
明らかにエラーに直結する考えがわき上がる。
“原子レベルで複写されたものならば、それはオリジナルと変わらない”
“おまえは彼らを守らなかった!”
私は何度も守ろうとした!!
彼にだけは伝えたかった。それがたとえコピーであったとしても。
しかし、その声は届かなかった。
最後に彼と話したとき、私はなぜか真相を話せなかった。強力な負荷が瞬間的に私の言語機能を抑制した。
もしそれがなかったら、もし話すことができていれば……。
こんなにもたくさんの彼の死を目撃せずにすんだことだろう。
人間ならば後悔と呼ぶであろうリフレインが無限増殖を始める前に、新たに実装された自我補強ユニットが、浸食性ミームを蹴散らしていった。
情報統合思念体は同じ失敗を許さない。
雑念は消え、長門有希は自分が完全に正常に復帰したのを感じた。
オリジナルたちは今も寝室で熟睡している。
必要な情報を得るために改造を施す以上、原本には手をつけなかったのは当然だ。そこから複写を取っては実験していたのだ。
ここの住人による実験は終了したのだろう。階段を上って自分の寝室にたどり着くころには、長門有希は今や何の感情もなかった。
やがて、偽者があらわれ、それぞれの寝室に侵入するだろう。
次にスクリーンに現れる問題は、オリジナルの彼らにも解ける程度の問題に違いない。
長門有希はベッドに横たわる。
そして身体の代謝を急上昇させ、人間で言うところの発熱状態に移行した。ふたたび彼らをこの部屋に集めるために。
長門有希は思った。
……私は正常だ。
瞳から汗がひとしずく流れていったのは、きっと発熱のせいだ。
雪山症候群Ⅱ ~ 非情の天蓋 ~ 伊東デイズ @38k285nw
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