第2話 密室

 最初にハルヒが我に返った。

「キョン、氷枕を探してきて」

 俺に命令すればなんでも手に入るのかよ、と思いつつも言葉にはせず、俺は寝室を飛び出した。もう濡れた手ぬぐいなんかじゃ全然足りないのだ。

 この洋館には一階にキッチンがあった。俺の家では氷枕は冷凍庫に入れてある。

 俺はまずエントランスホールにおり、左に曲がって赤い絨毯がまっすぐに敷いてある廊下を走った。絨毯の毛がもっさりと深く、走りづらい。

 キッチンに駆け込んだ俺は、大型冷蔵庫の扉を開く。キャベツ玉の上に青いアイスパックが乗っていた。ご丁寧にタオルで包んである。

 俺はひっつかんで薄暗い長い廊下を戻った。廊下を駆け抜け、玄関へ、そして玄関ホールにある階段に足をかけた。そのとき……。

「ちょうどよかった。これを見てもらえますか」

 古泉だった。

 エントランスにある大扉――俺たちが入ってきた扉だ――を見つめている。

 いや、古泉の視線の先にあるのは扉じゃない。輝く何かが宙に浮いている。

「なんだこれは」

 俺の声がうすら寒い洋館のホールにこだまする。

 扉の少し前に横に長い四角のスクリーンが浮かび上がっている。

 薄緑色の画面を通して向こうの大扉の紋章が見えるくらいだが、指を伸ばすと、堅い寒天みたいなぶよんとした触感が帰ってきた。この感覚は何となく覚えがある。しかしそれは支柱もなく中空に浮いているのだ。大きさは畳の横一枚に少し足りないくらいだろうか。

 スクリーンの右側から緑に輝く横棒がすうっとスライドし、画面を上下に分けた。横棒の画像はまるで閂のようだ。

 スクリーンの左右に文字が浮かび上がった。左が問題で、回答らしい選択肢がいくつか右側に見える。


 スクリーンの真ん前に立っていた古泉が言った。

「扉を開けるためには、問題を解く必要がある。ということではないでしょうか」

「なぜそう思うんだ?」

「このスクリーンを発見してから、裏に回って扉を確認しました。完全に施錠されています」

「俺たちはモルモットか。エサがいっぱいのカゴん中で、知能テストをされてる、そういうことか?」

「そして最強の解析能力を持つ長門さんは倒れ、問題に取り組むのは我々だけです。これは人間の能力を測定しようとしているのでは?」

「一体誰だ。誰が仕組んだんだ?」

「長門さんがあの状態ですから、長門さんの同類ではない。未来人は我々の子孫のはずですから我々をよく知っているはず。となると」

 つまり、長門と同等かそれ以上の存在ではあるが、まだ俺たち、というか人類をよく知らない連中に違いない。証明終わり。

 ハルヒが召還し、いまだに現れていない異世界人なのか。それはわからない。

 長門があれだけ苦しんでるんだ。なみの相手じゃないのは確かだ。

 だが、一つだけ確実に言えることがある。


 長門に苦痛を与えているという時点でそいつは俺の、そして涼宮ハルヒの敵なのだ! 

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