雪山症候群Ⅱ ~ 非情の天蓋 ~

伊東デイズ

第1話 プロローグ

 長門が高熱で倒れている。あの長門がだ。

 部室では目立たない宇宙人製アンドロイドだ。もちろん、長門はインフルエンザに罹患したりしない。でも今はベッドでぐったりと横たわっている。額に乗せたおしぼりはすぐに乾いていく。

 長門。

 おまえは誰と戦っている?

 おまえのご主人様ですらかなわない相手なのか。

 だったらな、と俺は言いたい。なぜ俺とハルヒに助けを求めないんだ?

 俺はともかく、ハルヒはヘンテコな現実歪曲パワーの持ち主だ。おまえだってわかってるだろう?

 やつらは俺たちの寝室にニセの団員を送り込んだ。それはまだいい。ニセだってすぐに見破ったからな。あんなのにだまされる俺たちじゃない。

 だが、おまえだけを攻撃し続けるのは許せない。

 相手はこの洋館を作った連中に違いない。おまえだけを封印して、俺たちに何をさせようというのか。



 誰かが冬の魔神を召還したかのような猛吹雪だった。

 長門すら原位置把握がままならない時点で、俺は異変を察知してしかるべきだったんだ。およそハルヒと一緒に行動して平穏に終わるはずもない。それがわかっていたはずなのに。

 やがて、ハルヒが厚い雪のベールを通して見つけ出した人工の光。

 とにかく必死で俺たちはここに駆け込んだ。そのときから何もかもが異常だった。

 この巨大な洋館全体が俺たちをずっと待っていたかのようなのだ。

 巨大なホールの床は磨き上げられた木組タイルで、目が覚めるような赤い絨毯が通路をずっと伸びている。壁には優美な意匠を施された文様があって、恐ろしく高い天井には巨大な藤棚のようなシャンデリアが輝いていた。

 大浴場には湯がなみなみと張ってあり、冷蔵庫には食べきれないほどの高級食材が満載で、娯楽施設もある。四階建ての建物全体で一体いくつ寝室があるのかわからない。

 それなのに、俺たちがここに勝手に進入してから、一人として住人には会っていない。寝室に忍び込んできたやつらを除いては。

 おまけに俺とハルヒが古泉たちを玄関において、あたりを探索して戻ってきたとき、俺の感覚では三十分くらいだった。しかし、古泉と長門は三時間も経過していた、と主張する。

 そして、疲れきった俺たちの寝室に侵入してきた偽者を追い払ったところで、長門が倒れてしまった。


 長門が伏せっているベッドの周りで、俺たちは困惑していた。

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