第3話 チュートリアル
閉じ込めたやつらが数字や記号の使い方がわかるのは、俺たちの頭の中を読み取ったからだろう。それに数学的な基礎は全宇宙共通という感じがする。
ずっと以前から人間を観察していた可能性もある。
「問題に答えなかったら?」
「永遠に閉じ込められるかもしれません。あなたが拒否してもいずれ涼宮さんの知るところとなり、彼女はきっと問題に立ち向かうでしょうね」
唐突に俺はさっき古泉が話していたコピー人間説を思い出した。
俺はハルヒたち三人娘が大浴場に行っている間、古泉の部屋で延々と過去語りをした。そのとき、古泉がこの屋敷について唱えた説だ。
俺たちが何かに成功するまで何度も繰り返さねばならないという。
いつもながらこんな事を思いつく古泉もどうかしてるが……だが、なぜ俺たちなんだ?
これまでハルヒをめぐっては様々な組織が暗躍してきたらしい。
ハルヒの映画制作の際、古泉がぽろっと漏らしたことがある。つまり目的はハルヒのぶっ飛んだ能力であり、俺たちは直接関係ないはずだ。
俺は天井を見上げた。
ホールのがらんとした中空に浮かぶ豪奢なシャンデリアが、壁の精緻な金のモールディングを照らしている。
ヨーロッパのどこかの宮殿とも見まがう広大さだが、このスクリーンが現れる以前から違和感を覚えていた。
何かがみっしりとこの空間に染みこんでいるような気がする。
まるで、たくさんの観客が俺たちを薄い次元のハーフミラーを通して観察しているかのように。
だが、見世物だろうと何だろうと、これが扉を開ける鍵ならやるしかない。
俺の決意を感じとったかのように、荘厳な銅鑼が鳴り響いた。無駄にだだっ広いホールに冷たい反響音が混声合唱のようにこだまする。
左側には3個の数字と四角形の空欄が一つある。右側には数字が4つ。右上には変わった字体で300と書いてある。
よくある数列穴埋め問題だ。たぶん右側が選択肢なんだろう。
画面右上の数字がカウントダウンを始めた。
「数学はおまえの領分だが、まずできるところまでやらせてくれ」
俺はタオルに包んでいた氷枕を渡すと、古泉はだまって場所を譲った。
これくらいなら俺だってわかる。
左側のスクリーンに2、3、5とあって次の四角形が明滅している。右側に7、9、11の数字がある。
2と3の差は1。3と5の差は2。するとこの流れで行くと、5から3つ先の8が正解のはずだが。選択肢には8はない。
もしかして、これは素数列か?
なにか言いたそうにしている古泉を横に見ながら俺は画面上の数字7に指を触れた。
また銅鑼が鳴り響いたかと思うと、図面上の閂が消え、カウンターがリセットされてまた300になって制止した。
扉は開かない。
少し間を置いて、左側から閂がまたスライドしてきた。しかも中央に5本もある。なぜだ?
「おそらく今のはチュートリアル、つまり練習問題でしょう。これからが本番なのでは」
じゃ今のは解答の数に入らないのか。なめやがって。
「キョン! なにやってんのよ!」
二階の踊り場で怒気のこもった大音声を発したのはハルヒだった。
階段を二段すっと飛ばしでかけおりてくる。厚手の長袖シャツにイージーパンツ、腰にピンクのニットを巻いている姿は、さっきと同じだ。
俺は長門に氷枕を届けるのを忘れていた。
「すまない。いま行く」
「いいえ、逆です。ここに集まらないと危険です」
「なんでだ」
「わかりませんか? このホールより奥に行くほど時間が遅くなる。扉が開いてから数時間後にここに来ても、それまで開いている保証はありません」
「しかし、長門は熱を出しているんだぜ」
長門をこんなうすら寒いホールで放置できない。
古泉はエントランスホールに二つあるソファを指した。
「長門さんにはそこで休んでもらいます。必要なものが出たときだけ、奥に走って取りに行きましょう」
「わかった」
ハルヒがセーターを揺らしながらずんずんと進んでくる。
「何がわかったっていうの?」
「詳しくは、古泉に聞いてくれ」
俺は古泉から氷枕を受け取った。
「待ちなさいよ!」
「お願いです。涼宮さん。今は全員ここに集合しないといけません」
「古泉君!?」
俺に追いすがろうとしたハルヒの腕を古泉が素早くつかんだ。
ハルヒは驚いて次の言葉が続かない。古泉がこんなに明瞭に反対したのは初めてじゃないか?
しかし、ここはハルヒを古泉にまかせるしかない。
俺はエントランスホールから階段を駆け上がった。
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