第10話 焦燥と懸念
「長門!」
俺は長門の肩を揺すった。しかし反応はない。
サンドウィッチを手に持った朝比奈さんが言った。
「抵抗するのをやめたのかも……。キョン君がさっき自分たちで解決するっていったから」
いつもの朝比奈さんらしくない突き放した言い方だ。
指が震えてサンドウィッチのラップを開けられない朝比奈さんを手伝ってあげた。どうして朝比奈さんだけ症状が重いんだろう。
古泉とハルヒは長門の異変に気が付いていない。
早くも二人の周囲には書き殴った紙が散乱し始めている。ときおり暴走気味のハルヒを制する古泉の声が聞こえる。
「涼宮さん、その解法は飛躍しすぎです。ここは単純に展開して……」
そこから先は俺の記憶にはない言葉の連続でついて行けない。
文字通り膝をつき合わせて話し合う古泉の顔は真剣そのものだ。ここで実質的に戦っているのはこの二人なのだ。
俺は夢中で問題を解いている二人に近づいて、悪いとは思ったが声を掛けた。
「俺にも手伝えることはないか?」
「うるさい!」
「バツ印が着いているペーパーは誤答です。取り違えないようにまとめてくれると助かります」
古泉はこちらを見もしないでオレンジジュースをまた一口飲み、また答案用紙にシャーペンを走らせる。
俺は周囲に散らばった紙を拾った。さっぱりわからない記号と数字の羅列だが片面しか使っていない。
もったいないからちゃんと両面使えよな。また走るのはごめんだぜ。
二人の書き散らした紙はソファの小机にまとめて置いた。
「行き詰まったようね」
とハルヒが言うのが聞こえた。
「やり方を変えないとダメだわ。古泉君、そのアプローチは違うとおもう。なんか山の八合目くらいでオーバーハングにぶつかったみたい」
「しかし、高校生レベルではこれが限界でしょう」
「高校の授業なんか算数だわ。数学とは言えない。これからあたしが必要な数学的ツールを考えるわ。ただし、独りよがりにならないように古泉君のサポートが必要なの」
「わかりました」
「キョン、食べ物!」
俺は大皿を持ってスクリーンの前に陣取った二人のまえに持って行った。
二人はもう夢中で問題を解いている。サンドウィッチのラップを外して、ハルヒと古泉に渡してやった。上の空で床にすわったまま口に運んでいる。自分が何を食べてるかもわからないみたいだ。
俺もラップをとって一個食った。頭をほとんど使っていないはずの俺でも無性に腹が減る。
「こんな言い方をするのも何だけど、これは“良い問題”だわ。数学の吉崎もよく言っていたけど、本当の理解力が測られているというか」
なに悠長なことを言ってんだ? もうあと二百七十秒……四分半しかないぞ。
「そろそろ僕の手にも負えなくなってきました。問題の趣旨はわかります。しかし解き方は涼宮さんに解説してもらわないと」
「わかったわ。でもあたしの考えが間違っていたら、遠慮なく言ってね。古泉君は理数クラスなんだもの。きっとできるわ」
「了解しました」
二人の息はぴったりと合っている。なのに俺は。
というかこのイラっとくる気持ちは何だ。自分の無力さと相まってなにか気にくわない。
朝比奈さんは長門の隣のソファにすわってさっき俺が集めたペーパーをぼんやりと眺めている。
カウントダウンが残り一分を切ったところでハルヒが立ち上がった。
「これでいくしかない。間に合わないとどうなるか知れたもんじゃないわ」
俺も二人に続いてスクリーンの前に立った。なぜかそうしないといけないような気がしたからだ。朝比奈さんもソファから立ち上がった。
スクリーンの左側は簡潔だが見たことの無いような式があり、隣には数字が四つあった。
ハルヒが、右端の数字を押そうとする刹那、朝比奈さんが叫んだ。
「涼宮さん、それじゃだめぇぇっ!」
一瞬早くハルヒの指はすでに数字を押している。カウントダウンは止まった。
しかし、正答ならホールに響き渡る鳴るはずの銅鑼の音が聞こえない。
閂の数もまだ二つだ。
画面の端っこに数字が浮かび上がったがカウンターは回らない。また休憩時間、なのか?
突然の朝比奈さんの叫びに唖然とした俺たちだったが、
「みくるちゃん、いったいどうし、」
と言いかけたハルヒは言葉をとめた。
そのとき、天井から妙な音が聞こえ始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます