第11話 天蓋の響き
ちゃりっ……じゃりり。
黙り込んだ俺たちの頭上、きらびやかなホールの天井から音がした。
ホールの床に俺たちの影が動いていく。……違う。光源が動いているのだ。
全員が天井を見上げるなか、巨大な藤の花のようなシャンデリアが風になびくように揺れている。ぶら下がったクリスタルがきらめきながら一つの方向に収束していく。これは……?
空中に浮かぶ結晶体。降り注ぐ光の矢。触手のように伸びたあいつの手……。
俺の記憶の底から何かがずるりと這い出してきた。まさか。
「なんなのこれ」
「ダメだ! 逃げろ!」
俺の叫びと同時にすべてのクリスタルが一方向に炸裂した!
轟音とともに滝のような光の連射がソファに浴びせられている。破片がこちらまで飛んできた。
床を跳ね回る結晶がまぶしく散乱する。もうソファは原型を成していない。結晶に混じって木片が飛び散っている。
「有希っっっ!!」
「いくんじゃない!」
俺はものすごい力で前進しようとするハルヒの肩をつかんだ。
ハルヒの腕をつかんでいる古泉も振り切られそうだ。朝比奈さんは床にへたりこんで呆然としている。
舞い上がった粉塵が俺たちを襲って前が見えなくなる。
……唐突に嵐のような連射が止まった。
流れるような結晶体は微かな衝突音を残しながら、元のシャンデリアに形状を変えつつある。
「古泉、ハルヒと朝比奈さんを頼む!」
俺は散乱する残骸をよけながら長門に近づいた。
毛布は吹っ飛んで、ソファの脚は四本とも折れ、背もたれはすっかり粉砕されている。
長門の腹部は鮮紅色に染まって、両足はねじくれ、左膝の下がない。足もとには真っ赤な塊が一つ転がっている。上半身は辛うじて自分で防御したのか。だが再生能力が不完全なようだ。
こんな姿をハルヒには絶対に見せられない。
突進してきたハルヒを俺は全力でさえぎった。背後から古泉が捕まえているが、二人がかりでやっとだ。
「有希っ!!」
「だめだ。見るんじゃない!」
「どうして、なんで有希がこんな……床が血だらけだわ」
千切れた足がうっすらと輝きながら、少しずつつながっていく。
「こんなのあるわけない!! きっとこれは夢だわ。なんかの悪夢なんだわ」
「ハルヒしっかりしろ!」
俺はハルヒのほおを軽く叩いた。ぺちり、というしけた音がした。
そんなに力は入れていない。が、ハルヒは俺を見つめたまま唖然としている。
たとえシャミセンに指をかじり取られたってこんなに驚いた顔はしないだろう。
「……あんたがあたしを叩くはずがない」
俺だって女子を殴りたくはない。たとえハルヒでもだ。
「だから間違いなく夢だわ。何もかも。目が覚めるときっと……鶴谷さんの別荘で目を覚ますに決まってる」
何故かハルヒは俺をまっすぐに見たが、独り言のように言った
「シャンデリアが爆発して有希にとんでって、当たったはずの有希はバラバラになってまたくっつき始めてる。こんなのあるはずないわ。だから……」
語尾が小さく消えていく。夢だとしても少しは哀しい気持ちがあるのだろうか。
ハルヒは腕をつかんでいる俺の手をふりほどいた。
「みくるちゃんも古泉君もあたしの心が創り出したものにきまってる!!」
もしかしたらそうかもしれない。
少なくとも古泉はこいつを神様というかそれに近い存在だと信じているはずだ。だが俺にとってハルヒはハルヒでしかない。
「だからあたしが目を覚ましたら、みんな消えてしまうんだわ」
古泉が顔を上げていった。
「もしそうなら、どうか目覚めないでください」
「あたしも涼宮さんといられるならずっとこのままでもいいです」
「古泉君、みくるちゃん、わかったわ……。キョンも」
古泉はともかく朝比奈さんまで同じことを言うのはなぜだ。
ハルヒは俺たちと、ソファでゆっくり元の形に戻っていく長門を少し眺めた。
そのうち俺はハルヒの内面からこみ上げる力のようなものを感じた。
人間が心底怒ったときはわめいたりしない。
真に力のある人間の怒りは表層に現れない、そんな気がする。まして現実を簡単に歪曲できる涼宮ハルヒだ。
エントランスホールの静寂を打ち破るようにハルヒはこう言った。
「許さない。有希をこんな姿にしたやつら許さないわ……たとえ夢でも、あたしの団員はあたしが守る」
俺たちへ向き直って言い切った。
「絶対にみんなを助けてあげる。あたしが夢から覚める前に、ここから出してあげるわ」
ハルヒの精神が乱れのないレーザー光線のように一点集中し始めたのがわかった。
連中が俺たちをここに閉じ込めたやつらの目的はこれなのか?
先ほどの取り乱した様子は微塵もなく、ハルヒは敢然とスクリーンに向かっていく。古泉と朝比奈さんも後に続いていく。もちろん俺もだ。
俺もハラを決めた。
もうここでみんなの正体がダダ漏れになろうが俺がどんな痴態をさらそうが、夢だろうと何だろうと俺たちみんなでここから脱出するのだ。
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