第6話 開始

 踊り場から階下を見ると、エントランスホールの大扉の前で、ハルヒは立ったままスクリーンを見つめている。ニセ古泉の姿は見えない。

 ハルヒが駆け寄ってきた。

「有希は?」

「さっきりよりひどい熱だ」

「そこのソファに寝せましょう」

 古泉は自分の偽物と同じように言った。なんか気になる。

 どっちが本物なんだ?

 ……いや。

 俺は頭を振って妄想を追い出した。今はどうでもいい。俺は毛布ごとそっとソファに長門を横たえた。

「問題はどうなってる?」

 俺がハルヒにたずねたとたん、

 エントランスホールに銅鑼の音が響き渡った。始まったのか。

 ハルヒが走り出したあとを俺と古泉が追った。長門は朝比奈さんに任せる。

 画面からの光で、正面に立ったハルヒの顔が青白い。ぼうっと問題が中空に浮かび上がった。

 スクリーンの左側に表示された記号は、二次方程式だった。右側には数字が四つ。

「こんなの解の公式を使えば、暗算でも出来るわ。これは重解だから答えは三番目ね」

 即座に答えを言ったハルヒは、右のスクリーンに手を伸ばそうとしている。

「待って下さい!」

「なんでよ」

「おそらく凉宮さんの答えで正解でしょう。ですが念のため僕に検算させて下さい。万が一ということもありますから」

「わかったわ。検算結果が出たらあたしの答えと照合するわね」

 古泉はズボンのポケットからメモ帳とペンを取り出して、ソファの小机に向かった。

「ハルヒ、古泉とここに残ったんじゃなかったのか?」

「問題について教えてくれたわ。問題を解かないと出られないって」

「じゃ古泉は?」

「あんたが遅いんで手伝いに行くって」

 どう考えてもニセモノだ。

 古泉は間違いなく長門の部屋にいたんだから。そいつは俺たちをこの奇っ怪なゲームに巻き込むのが目的だったに違いない。

 だが、ここでパチモン古泉のことを追求しても余り意味はない。が、あいつの言葉はおそらく正しい。この洋館にほかの出入り口はなかった。この大扉以外は。

 スクリーンを回って大扉のレバーに触れる。やはりびくともしない。

「古泉はなんて言ってた?」

「なんで? 古泉君を信じないの?」

 ハルヒはぎろっと目を怒らせた。俺がほかの団員について否定的な発言をするとよく見せる、あの目つきだ。でも、おまえの信じてるやつは偽者かもしれないんだぞ? しかし、ここでハルヒに火をつけるのは危険な気もする。

「いや、そうじゃなくて……。その、問題について俺もくわしく聞いてないんだ」

「この建物が鶴屋家の敷地内にあるなら事前に話があったはず。でもなかった。それから全員の寝室に偽物の団員が入ってきたのはおかしいって。それであたしも調べたら扉は開かないし、問題はでてくるし」

 ニセ古泉の野郎、ハルヒを丸め込んだな。どうも俺たち全員が誘導されているような気がする。そしてハルヒがいったん、こうと決めたらもう俺たちも一緒に走り出すしかないのだ。

 古泉がソファから立ち上がって言った。

「凉宮さんの答えで正解です」

 カウントダウンが残り十秒でハルヒは右の画面の数値に触れた。また銅鑼のような音がした。緑に輝く閂がゆっくりにじんで画面に溶けていく。

 問題は残り四つだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る