第23話 無間人形

 スクリーンを見に行くと、のこり十分を切っている。少し早いがいいだろう。

 俺は長門を残して、廊下の奥を目指して走った。

 一定の間隔をおいて廊下の天井にはシャンデリアがつるされており、こちらは玄関と違って穏やかな光があたりを満たしている。

 長門と古泉の実験とやらは互いに見える距離でやってたらしいから、そんなに奥ではないはずだ。

 しばらく走って、廊下がさらに左側に折れているところまで来た。ハルヒたちはいない。

「古泉!」

「解答が難航していましてね」

 廊下の角に寄りかかっている。一緒に問題を解いているはずじゃなかったのか。

「凉宮さんの提案で、さらに奥に進むことにしたようです。これで、時間の比率はさらに増大します。言い換えると問題を解く時間が稼げる、と言うわけです」

「なんでおまえは行かないんだ?」

「もちろん、同行していますよ。オリジナルのほうはね」

「!」

 つまり、長門の寝室にいたお前がニセモノだったんだな。

 長門はあのとき何かを言いたそうだったのはそのためか。そして寝室のドアが解錠されたとき、廊下を誰かが歩いているような気がしたが、そっちのほうが本物だったんだ。そうだな?

 古泉はその質問に答えず、腕を組んだままだ。

「この洋館を準備した存在は、おそらく原子レベルで物体をコピーできます。オリジナルとの差はないと言っていい。現に僕は古泉一樹である、と言う自覚は変わりません」

「哲学論議なんかどうでもいい。もう時間がないんだ」

 すり抜けようとする俺を古泉は遮った。

「どうしても聞いていただきたいことがあります」

 俺が答えないでいると、古泉が話し始めた。

「僕はコピーです。間違いなく。通常、神人狩りは集団戦です。とても単独で戦える相手ではありません。しかし、そのたびに彼らの力でよみがえったんです。以前の記憶を持ちながらね。戦っているうちにわかってきました。これは彼らが神人狩りの能力を強化している、一種の訓練なんです」

「じゃ、今は」

「ええ、一人でも倒せます。彼らはこれからおこる『何か』のために情報を集めている。朝比奈さんの禁則解除にしても、僕の能力強化にしても。ただ、長門さんだけが強力な足かせをはめられていた。僕たちを助けないように」

 古泉は遠くを見るような目で、話を続けた。

「これは想像ですが。その『何か』が始まった時点で、長門さんはそこにいないのでしょう。我々だけで問題解決に当たらねばならない。そんな気がします。故に僕たちを訓練していたのです。あなたも含めてね」

「俺が? 俺は何も変わってない」

「いいえ、あなたはわかっているはずです」

 俺の脳裏に突然浮かぶあの顔。朝倉涼子。

 あいつが関係あるのか。

「俺たちの寝室に入り込んできた連中はどうなるんだ?」

「彼らは単にあなた方を試すだけに作られる粗雑な操り人形ですよ。いまはその存在を感じません」

 やや影のある笑みを見せて古泉は言った。

「ここから先はオリジナルの古泉君にまかせます」

「これからおまえたちはどうするつもりだ?」

「さあ?」

 古泉は肩をすくめた。

「目的を達成したので消滅するのか、これから何らかの任務があるのか。それはわかりません」

「おまえを作ったやつらに忠誠を誓うんじゃないのか」

「彼らはコピーと言うにはあまりにもオリジナルに似せすぎた。僕は彼らの創造物であると同時にSOS団の団員なのです。でも、僕にコピーという自覚が芽生えた以上、凉宮さんとお会いすることはないでしょう」

 古泉はちょっと寂しそうに肩をすくめた。そしていつものスマイルを顔に貼り付けてから言った。

「機関員としての任務とSOS団の行動が相反するようなときが来たら、僕がそのうちの片方を担うことになるかもしれません」

 古泉はすぐそばのドアを開けた。

「さようなら」

 静かにドアを閉めたかとおもうと、やがて人の気配は消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る