第22話 目覚め

 俺はただ一人、スクリーンでこぼれ落ちていくカウントダウンを見つめていた。

 目下の課題は、ぬぐいきれない睡魔をどうするかと言うことで、先ほどの殴打の痛みすら眠気でどこかに行ってしまった。

 エントランスホールの静寂がさらにまぶたを重くしている。このままでは睡魔に負ける。

 俺はキッチンで古泉が願った大テーブルに向かった。

 朝比奈さんは俺の分の食料を残していってくれたらしい。ミネラルウォーターの瓶と一緒に食料の残りがテーブルにきちんとまとめてある。非常時でも細かい気づかいを忘れないのは朝比奈さんらしい。

 スクリーンの残り時間を確認しようとしたとき、長門がソファから起き上がっているのに気が付いた。

「長門、大丈夫なのか」

「彼らが回復機能を抑圧していたので時間かかかった」

「彼らってなんだ」

「正体は不明。今のところ名称すら存在しない」

「ここから出るには問題を解くしかないというのは間違いないのか」

「おそらく。依然として統合情報思念体との連絡は不可能。しかし端末からの連絡が途絶えた時点で何らかの探索が開始されるはず」

「長門の親玉ならそんなの簡単じゃないのか」

「時間を自由に操れるならばこの場所が地球上にあると言うことを必ずしも意味しない」

 長門の裂けていたセーターはいつの間にか修復されている。

 俺は長門の横に座り、傷ひとつ無い長門の顔をながめた。

 長門だって苦しむし、血も流す。心のようなものがあるのは俺もわかってるんだ。ただ、長門は決して自分から問題を話そうとはしない。

 テーブルから飲料水の瓶を取って、長門に渡してやり、俺はまた缶コーヒーをひとつ開けた。

 だまって瓶を受け取った長門は、こくこくと飲んでいる。有機アンドロイドってくらいだからやはり人間に近い部分は水が必要なんだろう。

「さっき、腕の記号で教えてくれたんだな?」

「あれが精一杯だった。しかし……」

 長門が急に言葉を切った。何かを言いかけてやめるなんて長門らしくない。

 しかし見つめ合っていてもしょうがないので俺は話を変えた。 

「さっき朝倉にあったぜ。幻覚とは思えないが」

 まだ鼻に血塊がつまっているような感じがするし、壁に叩きつけられた背中の痛みはあいつが間違いなく実在する証拠だ。

「私自身の構造も徹底的に走査されている。同時に私を通じて統合情報思念体から情報を引き出そうとしたが、これは失敗した。原理的に不可能だから。ただ、あなたの心に潜む強烈な記憶と、私の端末としての情報から朝倉涼子が再び創出された、ということは」

 長門は言葉を切った。

「彼らは我々を攻撃する有力な道具を手に入れたことになる」

 我々、というか俺だろう。

 ここを脱出できたとして、さらに長門と一緒にあの時点であいつを倒したとしても、その複製版は依然として存在する。腐れ縁ってやつかもしれない。

「長門」

「なに」

「倒れる前に、おまえの部屋に入ってきたのは俺なんだよな」

 長門は小さく縦に首を振った。

 俺があの時点に戻って完結させない限り、その影響はのこっていたりするんだろうか。

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