第9話 再びの

 ……のんびり喰ってる場合じゃない。

 食料は全部、水切りかごに入れた。

 この分だと間違いなく氷枕があるはずだが……。上段のドアを開くと青いアイスパックがあった。もう一度、下段の冷蔵庫を開くと、さっきのサンドウィッチがあった棚がとっぱらわれて、A3上質紙の包みが一つ押し込んであり、それにシャーペンが四本、消しゴム二個がテープでとめてある。

 やはりこの冷蔵庫は俺の思念を感知するらしい。

 しかし、氷まくらを持ってこいと言ったのも、オレンジジュースといったのもハルヒだ。ここまではいい。ハルヒの望みをカバーしている。

 俺とハルヒ、どっちの思念を感知しているんだろう?

 ためしに俺は、冷蔵庫に寄りかかったまま目をつぶり、念じてみた。今度はどうだ?

 意味もなく気合いを入れて開けたドアの背面、さっきはオレンジジュースのあったホルダーにずらりとブラック無糖の缶コーヒーが並んでいる。

 誰が望んだかはこの際おいておくことにして、水切りカゴにのこりを全部ぶち込んで俺はキッチンから走り出た。



 エントランスホールにつくと、すでに次の問題のカウントが始まっている。

 朝比奈さんがソファでぐったりして、古泉が付き添っているが倒れそうだ。

「古泉!」

 オレンジジュースのパックを投げ、古泉は辛うじてキャッチした。

「遅いわよ! もう始まって五分もたってるわ」

 スクリーンをみると残り八百秒ちょっと。問題も難易度が上がったらしい。

 両そでを腕まくりしたハルヒが汗をかきながら、スクリーンの前で仁王立ちしている。気合いだけでようやく立っているのがわかる。

 俺が近寄るといきなりくずれ折れた。

「ハルヒ!」

「いつまでまたせんのよ。バカキョン」

 こんな状態でもへらず口を叩けるのはさすがだが、身体はもうガクガク状態なのがわかる。

 ハルヒにオレンジジュースを渡しても開ける力はなさそうだった。俺はパックを開けて口に流し込んでやった。肩を貸してやると、ハルヒは辛うじて飲んでいる。腕にハルヒの背中から熱が伝わってくる。やせ我慢しやがって。

 不意に目が合った。ハルヒはぷいっと横を向いてまた一口飲んだ。

 古泉は自分より先に朝比奈さんに飲ませてやっている。いつもだが、こいつの自己犠牲は鼻につく。

「キョン、紙は?」

「ここにある」

 上質紙の包装を解いて四、五枚取り出したとたん、ハルヒは横から引ったくるなり、スクリーンに向かった。

 古泉は、朝比奈さんが半分飲んだ同じパックから飲んでいる……っておい!

 同じパックから交互に飲みっこしているんじゃ無かろうな。非常時だからいいか。いや、いいはずがない。

 古泉もよろけながら立ち上がって、ハルヒのうしろに続いた。手にはシャーペンを握りしめている。……こいつときたら処置なしだ。

 俺だって手伝いたいがダメに決まってる。

 朝比奈さんがようやく起き上がったがぼんやりと俺を見つめ、そのまま俺を通り越して隣のソファを見ている。

 そうだ長門。俺は氷まくらを持ってソファに駈けよった。だが、その必要はなかった。


 長門の身体は冷え切っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る