第18話 応答なし

 残り千百秒、二十分弱……か。

 微妙に美味なハンバーガーをリンゴジュースで流し込んだあと、俺はソファに向かった。

 長門の身体は完全に元に戻りつつあるが、ぐったりしている。

 ハルヒはすっかり夢だと信じているから、長門が回復している姿を見ても何とも思わないんだろう。

 長門のセーターの袖口から肩までが破れたままになっている。ここだけまだ再生していないのか。いつだったか、もう遠い昔のようなあの日、結晶体が降り注いだ教室でなんといっていたっけ。

“処理能力を情報の操作と改変に回したから、再生はあと回し”

 そうだ、あのとき滅茶滅茶になった教室の再構築に手間をとって眼鏡を作り忘れてたんだっけ。

 セーターの裂け目をそっと持ち上げてみると、赤いうっすらとした傷が長く腕に伸びている。傷と言うには妙な形だ。しかも一つだけ、なぜだ?

「!」

 これは傷なんかじゃない。もしかするとこ……。

 突然目から火花がでてまっくらになった。つぎに腹に高速で何かがぶつかった。

「えっ!?」

 一瞬の意識断絶が解けてうずくまる俺の前で、ハルヒが缶コーヒーをにぎりしめて仁王立ちでわめいている。

「あんた暇をもてあまして何やってんの! 有希の服を脱がして何するつもり?」

 い、いやちがうって、俺はその。

「涼宮さん、検証もあと少しです。時間もありませんから」

 あとからきた古泉がハルヒをなだめている。うしろの朝比奈さんは全然聞こえないかのように黙々とペンを動かし、ペーパーを書き飛ばしている。

「キョン、あんた今度机から離れたら息の根を止めてやるから。来なさいよ」

 どこにこんな力があるのかと思うような豪腕で俺を引きずり始めた。

「続きをやるわよ。古泉君」

 すでにハルヒの席には、朝比奈さんが書いたらしい解答がすでに二枚ある。

「ちょっと別の視点から検証してみましょう……」

 古泉は今の出来事がなかったように数学モードに切り替えている。

 透過スクリーンの数字は残り七百秒……十二分弱だ。



 ……そして残り三分を切った。

 立ち上がった古泉とハルヒはスクリーンへ歩いて行く。

 右側には選択肢が六つもある。どれも見たこともないような記号の羅列だ。

 いったんこうと決めた時のハルヒの度胸はそこらの一部上場企業の最高責任者よりでかいに違いない。迷いなく、選択肢の一つを押した。

 問題は消えた。

「どういうこと? 銅鑼も鳴らないわ」

「スクリーンの閂の数も変わりません」

 問題が消えたスクリーンに数字が浮かび上がってカウントダウンが始まった。今度は一時間半ある。正解か不正解かわからないのに。

 思わず天井を見た。シャンデリアに動きはない。まぶしい光を周囲に放っているだけだ。

「ひょっとして不正解か?」

「わかりません。確かにに三人で合議の上、これしかないはずです」

「これは解いたみくるちゃんに訊いてみないと……みくるちゃん?」

 ハルヒも異常に気が付いたらしい。

 大テーブルでは朝比奈さんがミネラルウォーターを瓶から一気飲みしている。

「あ、キョン君、あたしなんだかとってもおなかがすいちゃって」

 口からこぼれた水が首筋を伝って、セーターの襟首をぬらしている。

「なんか久しぶりにすっきりした感じ。さっきの問題も面白かったわ。何年ぶりかしら。あ、いやだ。こんなにこぼしちゃった」

 テーブルの上にあったハンバーガーの包装紙をぱりぱりとはがして、かぶりついた。

 なんなんだこのハイな状態は。これが完全に自由な状態の朝比奈さんなのか、未来からの監視もTPDDも禁則もない朝比奈さん、つまり真の姿?

「懲罰がないのは幸いですが、どうも不安です。これまでに二人懲罰を受けたわけですが、となると次の候補者は、誰でしょうかね」

 ハルヒでないのは確かだ。あいつがいつも解答するからな。となるとおまえか俺ってことになる。

「ならば、我々は出来るだけ行動をともにするべきです。万が一、深刻なダメージを受けても互いに助けられるように」

 今度上から何か降ってきたら、巻き添えになるだけじゃないか。

「もし懲罰は一回につき一人、というルールだとしたら、我々が行動をともにする限り、周りを巻き込むような懲罰はないでしょう」

「あくまで仮定だろ」

「そうですが……」


 不意にホール全体が静まりかえった。

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