第21話 正答への脱出

「最後の問題じゃないか。ここでわからないでどうする」

 何も貢献してない俺がいうのも気が引けたが、あと一歩ってところで全滅というのはいただけない。

 それに回答者が罰を受けないという保証はないんだ。

「みんな、スキーウェアを着て!」

「どうするつもりだ」

「この窓ガラスをぶち破ってでもここをでるわ!」

「こんな天気でまたさまよい出るのかよ!」

「外に出ればきっとスキー場にでられるわ。有希はあたしが背負って連れて行く。みくるちゃん、有希のスキーウェアを持ってきて。着せてあげないと」

 ハルヒがそう決めたなら従うまでだ。

 壊すのはソファのうしろの窓ガラスが適当だろう。

 まず俺もすぐに脱出できるようにウェアを着た。古泉は周到に手袋と帽子までかぶってゴーグルを装着している。ガラスが飛散したときの用心らしい。俺も古泉にならってゴーグルをつけた。

 そのあいだにハルヒと朝比奈さんは長門をそっと抱き上げて問題を解いていた大テーブルに運んでいる。

 俺と古泉は骨董品のような重い椅子を持ち上げた。ここから助走してぶつければ割れるだろう。もしにガラス製だったら、の話だが。

「古泉君! キョン! ちょっときて」

 スキーウェアを着せようとしてハルヒも気づいたらしい。さっき俺が見ていた長門の腕だ。長い筆記体みたいな傷が文様を描いて手から腕に伸びている。

「アザや傷でもない。どう見ても記号のようですが」

 長いL字型の直角の部分に五つの星印。

 そのうちの四つが肘から長門のほうにゆるやかに動いている。そして文字の端から点滅したと思うと、ふっと消えた。

「あたしたちに何かを伝えたいんじゃないかしら」

「僕もそう思います。この移動した四つの点が我々を表しているのは自明でしょう」

 とするなら肘のほうが出発点とすると、このL字の尻尾のほうは、エントランスホールから右にのびる廊下の奥ってことか?

「そうか。そういうことなら」

「古泉君、さっきの話が本当だとしたら」

 なにおまえらだけで納得してるんだ?

「この洋館に入ってすぐ、あなたと涼宮さんが二人で建物の奥に行っていたあいだ、僕と長門さんはあの廊下に入って経過時間をはかっていました。そのときは、向こうの時間のほうが遅かった」

「つまり、横の廊下の奥ではたっぷり時間があるんだな?」

「場所を変えましょう」

「古泉君、比率はどのくらい?」

「長門さんの計測によると約三対一です。ここでの一分が廊下の奥では三分になる」

「作戦を変えるわ。問題を書き写したらあたしたちは廊下の奥に移動する。キョンはここで待機してカウントダウンを見てて。五分前になったら呼びに来なさい」

「長門のメッセージだと四人で行くはずじゃ……」

「じゃ、有希の面倒はだれがみるのよ? あんたが残りなさい」

 そのままハルヒはスクリーンに走った。素早く問題と選択肢を書き写している。

 その間に古泉は筆記用具と用紙を束ね、朝比奈さんは食料品をスキーウェアで包んでからきゅっと縛った。俺は長門に毛布をかけてやるしかない。

「写したわ。いくわよ!」

 言うより早く、ハルヒと古泉は廊下に駆け込んだ。つづいて朝比奈さんは二人を追いかけるまえに、ふりかえって俺に言った。

「キョン君。あたし必ず問題を解いて見せます。必ず!」

 そのまま食料品の入った包みを抱えてハルヒたちのあとを追った。朝比奈さんの表情に、大人の朝比奈さんの片鱗が見えた。

 三人の入った廊下は煌々と照明されているのだが、ちょうど真ん中くらいで濁りガラスがぼんやり輝いているようになって、奥が見えない。これも時間の進み方と関係があるのだろうか。

 途中で三人の姿がふっと消えた。ここから叫んでも声は届かないような気がする。

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