第16話 第二の暗号


 短い間だったが、自宅に着いてみれば、理沙は、なんだかずいぶんと家を空けていた気がした。久しぶりのゲンじいの家は、今も健在で安心できた。そして、何かがあったときに戻れる場所がある事に、理沙は改めて感謝した。距離は近くはないが、かえって、この距離が大切な場所の価値を高めてくれるのかもしれない、そう感じていた。

 理沙は余韻が冷めないうちに難題に取り掛かる事にした。心の中が掃除されたような、すっきりとした気分の内に……。

「やっぱり、推理小説と実用書が多いなぁ。でも、お料理のレシピとかは無いんだ。お母さんは料理好きだと思っていたんだけど……占いの本もここには無いな。書棚の本のうち、三割程度はお父さんの本だと言っていたけど――ああ、この、一番下と、下から二段の棚がお父さんの棚かな」

 自宅に戻ってきて、一番初めにやった事は、部屋の掃除だった。そして、二番目にゴミ出しだ。今日は貴重な月に二回のペットボトルの日だったのだ。理沙にとってはとても大切な日だ。できれば、毎日ゴミを出したいと思っていた。しかし、簡単には捨てられないから、出来るだけゴミを出さないように気を付けると言う事もある。理沙にとっては、人生にかかわる、大きな悩みだ。すぐに暗合解読に取り掛かろうと思っていたのだけれども、結局、優先順位を三番目に格下げされた書棚のチェックを始めたのは、帰ってから二時間後の事だった。

 一番下の段には、法律関係とか、税金関係、辞書、辞典などの分厚い本が並んでいる。

 下から二段目は、コンピュータ関連の本だ。『エクセルマクロ百選』、『ジャバスクリプトと人生』、『人工知能と人工無能』、『実践フォートラン』訳のわからない本が並んでいる。理沙は、お父さんは、ずいぶん勉強したんだ――と思った。しかし、同時に、何故、一番上の棚を使わずに、一番下の棚を使っているのだろうかと言う疑問も生じた。背は涼子より一郎の方が二十センチも高い。これは、もしかすると一郎と涼子の上下関係を表しているのかもしれない……。(ふふ、今度、お父さんに聞いてみよう)

 さて、おそらく、上三段が涼子の棚と言う事になるが、相変わらず、読みたくなるような本は見当たらなかった。

『日本の菌類』、『日本と西欧での自我の違い』、『解説古事記』

「お母さんも負けてはいないなぁ。本当に全部読んだのかな? たくさん付箋紙が貼ってあるから、きっと、其れなりには読んでいるんだよね、何を思っている時に、この本を買おうと思ったのか……日本の菌類と言う本に、手が伸びる瞬間って、全く想像がつかないわ――あ、でも、これって……」

 涼子は、書棚から、一冊本を取り出した。本のタイトルは『何かを成し遂げるには――可能性は無限大』この本ならば、手を延ばしたくなる気持ちが、分かるような気がした。

(何かを成し遂げる……鍋島君がそんな事言っていたな。あの時、私に言われたような気がしたんだ……)

『何かを成し遂げる為には、必ず金が必要になる。その何かが、悪であれば、儲ける事は悪だろう……。しかし、善にお金を使うために儲ける事は善ではないのか?』

(鍋島君は、なにか、ちょっと変わり者だけど、言う事を一つ一つ見ていけば、まともな事を言っているんだよね)

 理沙は、鍋島の言葉を思い出し、自問自答を始めた。今まで、何かを成し遂げた事があるのだろうか、成し遂げたいと思った事すらないのではなかったか、少なくとも、鍋島は何かを成し遂げたいと思っているのだろう。それが何かは解らないが、『何か』を持っている事をうらやましく感じた。

 しかし、理沙にも成し遂げたい事が出来た。一郎を総理大臣にする――途方もない事で、何から手をつけたら良いかも分からなかったが、とにかくやってみようと思った。頑張ればきっとできる――そう思うしかなかった。

 理沙は、藁をつかむ思いだが、昔、涼子が話していた、お父さんを総理大臣にする秘策があると言った言葉を信じ、残された暗号を解読しようと志した。一郎が言っていたように、きっと自分にも解る――自分にしか解らない暗号じゃないかという思いもあった。そして、出題者である涼子を、もっとよく知る事が糸口につながると信じ、祖母に会いに行って、話しを聞いてみたりしたが、特にヒントは得られなかった。しかし、涼子が知らなかった、読書家であると言う側面を手がかりに、涼子をもっと知ろうと、書棚を見に来たのだが……この量の推理小説を、片っ端から読んでいくのは効率が悪いだろう。もしかしたら、涼子がヒントにした、元の暗号が、この小説の中のどこかにあるのかもしれないが、正直、なかなか手が出ず、ただの一冊にも食指が動かない。

(とにかく、読みやすそうな本から始めよう。まず一歩、まず一歩だわ)

 とりあえず、さっき手に取った『何かを成し遂げるには――可能性は無限大』を開いてみよう。何かを成し遂げる――には、暗号を解く事も含まれても良いはずだ。暗号を解く事を成し遂げようとしているのだから。

 理沙には、これまでに自主的に本を読んだと言う記憶がなかった。夏休みの読書感想文の宿題の為に読んだ以外は、漫画しか読んでいない。嫌いと言うわけではなかったが、なんとなく、気が重くなると言う感じがした。おそらく、友人たちが読書を嫌いだと言っているのを聞いて、自分も嫌いなのだろうと、なんとなく思っている程度の事だろうが、小学校も高学年になってくると、知恵が付いて、読書感想文を書く代わりに、読書感想画を描くと言う手段がある事に気がついて、いよいよ読書から離れた。理沙の読書感想画の評価は、思いの他高く、担任の先生からは、「理沙ちゃんの絵はとっても上手ね……でも、まるで、挿絵の様だから、コンクールには推薦できないけれど……」と、言われた事がある。理沙は実の所、その言葉が嬉しかった。「さすが先生だね。だって、挿絵を見ながら書いたんだもん」と答えると、描き直しなさい、としかられたのだが、絵自体を褒められたのは嬉しかった。

 読書感想文、読書感想画の宿題は、年を追う毎に後回しにされて言った。

『理沙ちゃん、課題図書をまだ読んで無いの? お母さんは、とっても面白い本だと思うけどなぁ』

(もう、今読もうと思っていたのに、読む気がしなくなっちゃった!)そう言えば、こんな会話を夏休みの度に、していた気がする――理沙は涼子との会話を思い出した。しかし、涼子は無理強いして理沙に本を読ませるような事は無かった。涼子が読書好きだと言う事を知らなかったのは、この辺りにもありそうだ。そう思いながら、手に取った本を開いて見た。

「挿絵が入っているような本なら、読みやすいんだけどなあ……ちょっと、そんな感じはしないよねぇ」

 この本は、紺一色のハードカバーの装丁に、金色の文字で『可能性は無限大』と書かれている。どちらかと言うと、重厚と言う印象が強い――多分、挿絵は無いだろう。

(可能性って、ずるいよな……。結局、未来の予測なんだから、絶対に不可能とは言えないもん)

 未来から来た人間でない限り、可能性ゼロ、とは絶対に言えない、できる可能性は残る。例え、どれだけ成功率が低かろうとも。

 パラパラと無造作にページを進めてみると、栞が挟まっているのに気が付いた。普通の栞よりも随分大きい――カードに近いサイズだ。

(カード……。これ、栞じゃなくて、カードだわ。それに、挟まっていると思っていたけれど、これは……糊付けされているんだ。ページ上の余白の部分だけが糊付けされている。カードを少しめくれば、本文は何とか読む事が出来るけど、あまり無理をすると、破けてしまいそう……)

 カードが貼り付けてあったページは、丁度、項目の終わりのところだったので、ほとんど何も書かれておらず、ほぼ、空白だった。書いてある内容は、『――この筆が止む事はない』の一行だけだった。

 理沙は、何の目印のために、カードが貼り付けてあるのか考えた。空白のページを指し示す為だとすれば、何がしかの書き込みがあるのではないかと考えたが、真っ白のページは綺麗なままで、何かの目印や、筆圧で付いた型の様な物は見つからなかった。そこで、カードが貼っていない方のページ――つまり、見開きで、右のページの目印の為に、左のページにカードが張り付けられていると考えるのが自然だと思った。

 この、見開き左ページの本文に書かれている項目名は、『読書のススメ』とある。涼子は、とりあえず、この項目だけは読んでみる事にしようと思った。自分が読書が嫌いだから、読書のススメと言う文章も読まないと言ってしまうのは、なんだか気持が悪いと感じたからだ。例えば、ケンカをしている相手に、何も聞きたくないと耳を閉ざしているのと同じだと思った。まずは、相手の言う事も聞いてみないと、仲直りする事はできない。もしかしたら、長年決別していた本との和解の時が、今訪れていると言う可能性もある――例え、成功率は低かろうとも……。


 ――読書のススメ

 読書とは、人の人生を借りる事だ。本を読む事が嫌いなら、映画を見る事でも、人の話を聞く事でも良い。自分自身が経験できる事は限られている。その理由は、人の人生は、それほど短いからだ。誰かの人生を借りる事で、自分が体験できない――自分には持っていない視点で物事を見る事が出来る。その、本来得る事の出来なかった、『仮の経験』によって、自分の人生を見つめ直す事が出来る。そうすれば、今まで見えなかったものを見る事が出来るだろう。

 少ない時間を最も有効に使うのに、読書は適している。映画や、人の話と比べても、圧倒的な種類を誇り、自分だけの都合で、時間や場所を選ばず、少しの時間で自分のペースで読み進める事が出来る。そして、何度も繰り返して読む事も簡単だ。だから、私は読書を貴方に勧める。人は、誰かの力を得なければ、生きていく事は難しい。

 私の視点が、貴方の人生の力となる事を考えれば、決して、この筆が止む事はない。


(ま、まあ、良い事が書いてあるよね。ちょっとなら、読んであげても良いんだからねっ! と言う気分になって来たわ……でも、この分厚い本を全部読むと言うのは、やっぱり、無理だと思うなぁ。この本を書いた人、ごめんなさい……。それにしても、栞だと思っていたこのカード……なんだか、見覚えがあるな、何だっけ?)

 カードはそれなりの硬さがあるので、無理にめくり上げると、折れ曲がったり、ページが破けてしまうかもしれないと、涼子は、そうっと、少しだけカードをめくって裏側を見た。

(これは、ゲンじいの家で見つけた、お母さんのタロットカードだ。そう言えば、あのカード、書棚に片付けるのを忘れていたから、旅行かばんの中に入れたまんまになっているはずだよね)理沙は急いで旅行カバンを探って見た。

(ほら、やっぱりそう……間違いなく、同じ種類のカードだ。きっと、もともと、この本はゲンじいの家の書棚に置いてあった本で、何かの理由で、お母さんがカードを張り付けて――その後、ここに持って来たんだ)

 初めて本棚から抜き取った、たまたま選んだ本に、つい先日、ゲンじいの家で見つけたタロットカードが挟んである――そんな偶然があるだろうかと、理沙は、偶然では片付けられない何かを感じた。そして、次の可能性は、カードが挟んであるのは、この本だけではないのかもしれない、と言う事だった。

 理沙は、まず、カードの枚数を確認しようと思った。ゲンじいの家から持ってきたカードに、足りないカードがあるとは考えてもいなかった。挟んであるカードが、今見つけた一枚だけならば、足りないカードも一枚だけのはずだ、逆に、もっと足りなければ、他にも挟んである可能性が出てくる。カードケースの外装をみてみると、しっかり枚数が書いてあった。

「大アルカナ二二枚、小アルカナ五六枚の合計七八枚……。アルカナってナニカナ?」

 とにかく、七十八枚のカードが必要な事だけは分かった。

「よくわからないけれど、全部で七八枚で……箱の中に入っているカードは――いち、に、さん、し……箱の中には七四枚、と言う事は、差し引き四枚のカードが、何処かに隠されているのかもしれない……」

 しかし、残りの三枚がこの家の中にあるとは限らない。単に紛失してしまったと言う事も考えられる。カードを挟む作業を行ったのがゲンじいの家だとしたら、あの本棚にある本に挟まれているのかもしれない。

 理沙は、とにかく探してみようと、手に持っていた本をテーブルに置いた。このページを、また見る事になるだろうと、カードの貼ってあったページを開いたまま表向きに置いて、手を離したが、うまく開いたままになってくれず、本自身の閉じようとする力で、パラパラとページが勝手にめくれてしまった。あっと思って、手で押さえようとすると、真ん中のページあたりで安定したのか、本は動きを止め、あるページを開いて止まった。そのページに、なんと、二枚目のカードが姿を現した。今度は、右側のページに、カードが同じように糊付けされている。きっと、左側のページを読むべきなのだろうと理沙は思い、本を手に取った。二枚のカードがこの本に挟まっていた、と言う事は――と、ページをどんどんと送っていくと、同じように、カードケースから姿を消した、四枚全てのカードが、この本に挟まっていた。おそらく、もともとゲンじいの家にあったこの本と、タロットカードは、涼子によって、ゲンじいの家で各ページに貼られ、ここに持って来られたのだろう。

(一体何の為に……。栞がなかったから、手元にあったカードを取り敢えず挟んだのかな? でも、栞の代わりならば、カードは一枚あれば十分だし、糊付けする必要も無い。きっと、特別な事情があって、ここに貼られているんだ。 お母さんは、何を考えてたのかな? お母さんなら……)

 涼子が自分の為にこの本の仕掛けを作ったのだとしたら、何のためだろうかと理沙は頭をひねった。理沙は、読書家である涼子を知らない。だから、分からないかもしれないが、大きくなったら見えるものもあると、祖母が言っていた言葉を信じた。

「私はお母さんの娘だ、きっと分かる……」(そうであって欲しい)

 まず、このページに何かしらの情報があると断定した。なぜなら、糊付けされているからだ。このページから、それぞれのカードが動かない様にしてある。動いてはならないからだろう。そして、四枚のカードも、きっと、このページでなければならない……これは、確証はないが、例えば、ページに印を付けたいだけならば、付箋紙を使う事を考えると思う。涼子は、付箋紙が大好きだった、理沙の絵本にも付箋が貼ってあったぐらいだ。多分、理沙のお気に入りのページに印を付けたのだろう。涼子の付箋好きは、この書棚に並んでいる本を見ても分かる。パッと見て十冊ぐらいからオレンジ色の付箋がはみ出して見えるのだ。しかし、この、可能性――の本には、付箋は一枚も無い。そして、ゲンじいの家のデスクスタンドには、付箋が箱ごと両面テープで貼り付けてあって、いつでも貼れる様にスタンバイしてあった事を考えると、付箋の代わりにカードが挟まれている可能性は低いと思った。

「あっ、このカード、糊付けされているのかと思ってたけど、両面テープで貼ってあるみたい」

 涼子は、きっと、両面テープも好きだったのではないだろうか、それは、何となく想像が付いた。理由は、例えば、飯盛涼子と言う上皿天秤があったとして、右の皿に糊、左の皿に両面テープを置くと、断然、左の両面テープの皿が下がって、糊は、皿ごと弾き飛ばされてしまうんじゃないかと言う気がした。とにかく、効率性を重視するところがあった涼子は、糊よりも、両面テープを選ぶだろう、と言う事を理沙は感じたのだ。

 (きっと、このページと、このカード達、それぞれに何かしらの意味がある――そうに違いない)しかし、理沙は、タロットカードとは、何者かと言う事から、全く理解していない。占いの道具だと言う事は知っているが、それ以上は何も知らない。とにかく、まずは、四枚のカードが貼ってあるページを読んで見る事にした。

 二枚目のカードが指し示すページは『知識と経験、自信と実力、ペダルの右と左』の項目だ。理沙には、よく分からなかったが、とにかく、読んでみてから考える事にした。


――知識と経験、自信と実力、ペダルの右と左

 知識と経験はどちらが大事だろうか、答えは両方だ。では、どちらが先に必要だろうか、答えは、どちらでも構わない。先ず、十分に調べてから、行動を起こすべきだ――つまり、十分な知識を得てから、綿密な計画を立てて行動すべきだ、と言う人もいるだろう。どんなに調べても、現場に行かないと、知り得ない情報もある、まず、行動を起こして、経験を元にした知識を選択して学ぶべきだ、と言う人もいるだろう。これは、どちらも正しい。

 自信と実力はどちらが大切だろうか、答えは両方だ。では、どちらが先だろう、実力が無ければ、自信を持ち得ない。自信がなければ、実力を発揮する事が出来ない。これも、どちらも正しい。

 では、自転車のペダルの右と左は、どちらが大切だろうか、答えは両方だ。自転車のペダルの右と左は、どちらを先に漕ぐべきだろうか、答えは、どちらでも良い。

 知識と経験、自信と実力、ペダルの右と左、三者に共通して、一番大切な事は、どちらでも良いから、まずは一歩を踏み出す事だ。右足を出せば、左足は自然とついてくる。まずいと思えば、ブレーキをかけて止まれば良い、また、どちらか好きな方から漕ぎ出せばいい。

 自転車には乗れるのに、知識も経験も、自信も実力も手に入れられない人が沢山いるのは何故だろう。それは、始めの一歩がとても重たいからかもしれない。行く先に霧がかかって前が見えないからかもしれない。様々な理由の根本にあるのは、あるがままを受け入れる心の準備ができていないと言う事だ。先ずは、自分自身のあるがままを受け入れる事、知識、経験、自信、実力、何も持たない自分を認めてあげれば、自然と勇気が湧いてくる。前に進むしかないと、腹が据わる。

 何かを成し遂げる為に、始めに必要なもの、それは勇気だ。勇気だけあれば何もいらない。必要なものは、後から自然についてくる。

 勇気とは即ち、自分を信じる心の強さだ。


 三枚目のカードが指すページ

――ゴールはどこに

 人事を尽くして天命を待つ、と言う言葉がある。できる事は全部やってしまい、後は、運を天に任せると言う意味だ。実際には、全てをやり尽くして、もう、何もする事がないと言う経験をする人は稀だろう。もしかしたら、最も幸せな時間なのかもしれない。そこまでやり遂げる事ができた人は、もし、天が味方してくれなくて、目標を達成出来無かったとしても、またきっと立ち上がって次の人事を尽くすだろう。

 ゴールはここにある。自分が出来る事は全てやり尽くした。あなたが信じる目標に対して、最高のメンバーを集めて、信頼関係を築き、全員の気持ちが同じ方向を向き、必要なものを揃え、手続きはすべて完了し、計画は何度も見直して、段取りは全員が把握している。

 目指すゴールはここだろう。しかし、こんな瞬間を体験した人はいないかもしれない。実際のゴールは、期日までに、どこまで、この状態に近付けられるかになる。

 もし、あなたが何も手にしていないと感じたなら、まず、自分を信じる勇気があるか探してみよう。何も手にしていない人などいない。本当は全てが揃っていて、実は、足りないのは自分を信じる勇気だけなのかもしれない。

 


 四枚目のカードが指すページ

――お金とは

 日本では、お金の教育を行わない。金銭イコール欲望、と言うイメージが強いからではないかと思う。お金を稼ぐ事に集中し過ぎたものは、当初の目標を見失い、人の信頼を失い、自分を見失って、やがて全てを無くしてしまうと言う事はよく聞く話だ。失ったものが、大きければ大きい程、人々の心に、お金は怖いものだと言う印象が残る。

 さて、お金は本当に怖いものだろうか、であれば、誰もが手放してしまえば良いのだが、そうはならない。なぜならば、お金はとても便利なツールで、お金ができる前は、物々交換する必要があった。ちょっと昼食を食べるために、狩に行って肉を用意し、畑に行って野菜を収穫する、などと言う事をしている人はいないだろう。何にでも、陰と陽、表と裏がある。良い面があれば、悪い面があり、お金は良い面の効果は大きいが、その分、悪い影響も甚大な、諸刃の剣だ。使いこなせない剣は、持たない方が身の為だ。でも、だからと言って、大きな可能性を得る努力を怠っても良いのかと言えば、そうではない。しっかり勉強をして、心を強く持っていれば、例え、大きなお金が連れて来るであろう、恐ろしい悪魔が、あなたの耳元で囁いたとしても、絶対に打ち勝つ事ができる。

 具体的に言えば、初めに志した目標を達成するまで、決して揺るがない事だ。心が揺れた時には、初心を思い出す事。信頼出来る人間に相談する事、澄んだ心で自分で決断する事だ。


 四枚のページが指し示す項目を全て読み終えて、理沙は、元気がなくなった来た。その理由は、本を読む事に慣れていないだけではない。

(なるほど、恰好良い事書いてあるなぁ、そんな事出来たら苦労はしないよ。何だか、難しい事が、いっぱい書いてあって、頭がフリーズ状態だ。もう、諦めてしまおうかなぁ、お母さんは、私が思っていたより、随分賢い人の様だ、馬鹿の私には、遠く感じるよ、おかあさん……。もう、この本も閉じて、書棚に片付けてしまおう。さよなら、賢いお母さん)

 さよなら、読書――理沙は、静かに本を閉じると、書棚の元の位置に本を戻した。





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