第7話 『必ず儲かるゲームソフト転売法』



 曇り空のもと、ひと組のカップルが手をつないで歩いている。どうやら、女の子の方が積極的で、男の子の手を引っ張って、急いで歩いている――と、人がみれば、仲睦まじい、初々しいカップルに見えるだろう。

 相変わらず、理沙は鍋島の手首を掴んだままだ、二人は、小走りで『ワンダーランド』ではなく、『ワンダーボーイ』へ移動していた。塾からはそう遠くはないので、例え、英章が全力疾走していたとしても、大きく引き離される事だろう。

「とにかく、お前に詳しく話してもしょうがない……。まあ、簡単な事さ、俺たちは、中古ゲームソフトの売買をして儲けていたんだ。本当は、ネットの転売を教えてやろうと思ったんだが、あいつらには難しかったらしくて……俺のやりたい実験は、百パーセントの消費性向の乗数効果の結果――初めからソフトの転売だったから、好都合だったが」

 鍋島は、相変わらず、理沙には理解のできない事――理解しようとも思わない事を話している。理沙には話を聞いていないと言う自覚は無く、まじめに質問して、まじめに理解しようとしているつもりだ。しかし、鍋島の上から物を言う態度や、冷たい視線を感じて、途中から、聞く事も、考える事も放棄してしまった。

「それって、三百万円も、儲かる事なの?」

「普通じゃ無理だな、ちょっと工夫が必要でね――中古ゲームソフト屋は基本的に、このふたつのルールで商売をしている――」


 鍋島は人差し指と中指を立てながら説明した。

一、店にソフトが少ない時は、店は高く買い取り、客に高く売る。

二、店にソフトが沢山ある時は、店は安く買い取り、客に安く売る。


「解るわよ、そんなの当然じゃない。スーパーの野菜でも同じだわ、雨が続いて収穫が少ないと、一気に値段があがっちゃうんだもん……はあ」

 理沙にとっては、ため息が出るほど切実な話だ。近所のスーパーは、野菜は安いけど、魚は少し遠くのスーパーの方が安い。それぞれ、得意分野があって、しかも、安くても、味や品質に問題が無いかなど……それに、天候まで追加されたら――毎日悩ませている頭がパンクしてしまう。

「そう、当然だ。需要と供給と言うやつだ。もう少し細かく言うと……」

 鍋島は丁寧に説明を続けている。

 理沙は英章の事が心配でならなかった。鍋島の話す内容など、もう、全く頭にも耳にさえ入らない。英章は普段は温厚で人当たりが良いが、そういう人ほど、ひとたび火が点いた時には手がつけられない激しさを持っているという話を聞いたことがあったからだ。普段おとなしい人は、ストレスを腹の中に溜め込んでいる人が多い。容量の大きい器に、ガソリンをどんどん溜め込んでいけば、点火した時の被害は甚大だ。

「――大体解ったろう」

 説明を終えた鍋島は、少し得意げだ。理沙が全く話を聞いていないとは、露ほども知らず。

「つまり、ここらの中古ソフト屋らが、安易に使っていた共通ルールの盲点を突いただけさ。在庫がないときは高く買ってくれる。ここに想定されていない状況があった。『在庫がないときに複数の同種ソフトを仕入れる場合』だ。一般の客は何本も同種のソフトを売りに来ることはまずないからな、当然といえば当然……しかし、それを狙ったやったわけだ」

「初めから解ったって言っているでしょう? 『安く仕入れて、高く売る』条件が悪い時には、ちょっと高く買ったり、ちょっと安く売ったりしているって事でしょう?」

「その通り、基本価格100円のソフトを店が仕入れ・販売するときのルールは、

・在庫が0個の時は110円でソフトを仕入れる。

・在庫が10個以上ある時は、90円でソフトを販売する。

――気が付かないか?

ソフト10本をまとめて購入すれば、総額は90円x10個の900円。

在庫がないソフトを10本まとめて売りに行けば、10個x110円の1100円だ。200円の利ザヤが生まれるだろう?

 在庫が10個のソフトを10個買えば、その時点で店の在庫は0個になる。そのまま10個とも売ってしまえば、その時点で200円の利益が出るのさ」

 鍋島の説明はまだ続く。

 理沙は英章の事も心配だが、先にワンダーランドへ行ったと思われる、三人の事も気がかりでならなかった。理沙は彼らと話した事はない。確かに、とっつき難そうな三人組ではあったが、犯罪に手を染めるほどの悪人には見えなかった。鍋島は、相変わらず、得意げに説明を続けている。理沙が聞いていると思って、一生懸命に話している姿は、さながら早口言葉を話すアヒルの様だ。早過ぎて聞き取れないのかと思って、耳をそばだてても、良く聞けば、初めから人間の言葉を話していないので、理解しようが無い。少なくとも、理沙にとっては、それに近い存在だった。鍋島にとって見れば、理解力の低い相手に、しょうがなく説明しているつもりでいるだろうが、実のところ、理沙には全く聞く気もないと知った時には、どんな顔をするだろう。いつものようにポーカーフェイスでいられるだろうか。

 鍋島は話し終えると、にやりと笑った。どうやら、完璧な説明が終わった事に満足しているらしい。目的地まで、遠くは無いので、限られた時間で説明し終えた事に充実感を持っているようにも見える。しかし、ひとつだけ誤算がある。鍋島にとっての完璧な説明は、理沙にとっての、それとは限らない。それ以前に、ひとつも聞いていない。

「とにかく、俺達はこれを毎日続けた。十九日目には三十本買えるぞ。四十本買える様になるのは二十三日目だ」

「よくわかんないけど――」(聞いてなかったけど)「そんなの机上の空論でしょ?」

「大野英章と同じ事を言うんだな。そのとおり、あくまで計算上の話だ。計算では九十日で一、四三六、三〇〇円になるが、実際には三百万円以上の利益を出した。計算どおりにはならないもんだな」

「三百万円? それって、本当なの? 信じられない……」

「あいつらも、バカじゃないから、だんだん知恵を付け始めた。二つの店の往復じゃ飽きてきたのかもしれないが、より、好条件で売買できる店を探し始めた。資金にも余裕が出来たから、交通費だって払えるようになった。三人でそれぞれ、福岡や熊本、東京にも行っていた様だ。ネットを使えばもっと楽だったろうがな。あいつらには向いてないようだから、それはそれで良い。良いか、ゲームソフトは百十円のものだけじゃない。中にはプレミアの付いた、高額なものもある、一万円はざらだ、中には百万円を超えるものも……特に田舎の中古ショップにはお宝が眠っている可能性も高い」

 理沙は、自分の知らない世界が、こんなに近くにあるという事に愕然とし、思わず立ち止まった。鍋島も理沙に合わせて立ち止まった、というよりも、彼の手首は、まだ、理沙にきつく握られていたままだったので、立ち止まらざるを得なかったのだ。

「あいつらも、ただ不良やっているだけじゃなくって、それなりに人望もあるらしくってな。まあ、多少強引なところはあるが、俺の指示した通り、『所有している同種のソフトの最大数と、同じ人数』にゲームを貸してやれと言っておいたんだが、やがて、そいつらをまとめて、ある種のコミュニティーを作った。何人いるのかは知らないが相当数いたようだ。あいつらは、そのコミュニティーと協力して、更に大規模に稼ぐようになった」

「それ……。俵先生が言っていたわ、それって何なの? ボランティア?」

「ボランティア……。その通りだが、目的は別だ。さっき、犯罪はダメだと言ったよな?」

 理沙は、全く話を聞いていなかったが頷いた。

「実は、転売目的で品物を購入するには古物商の免許が必要なんだが、未成年は取得できない」

「やっぱり、犯罪になるんじゃないの」

「ただ、転売目的ではなく、個人で楽しむ為に購入して、飽きたから売ると言うのは、違法ではない。やっている事は同じなのにな、変だろ? もっと言うなら、未成年に免許を与えないと言うのがおかしい。経済を循環させる仕組みに対する怠慢だと思うね。未成年者全員を、能力がない、責任も取れない人間だと決めつけている姿勢も気に入らない。ちゃんと、能力が足りなければ、合格できない仕組みにしておくべきなんだ、そうすれば……話がそれたな」

「その……コミュニティーの人達はその為にいるわけ?」

「そう、同じ種類の十本のソフトを買うやつはいないだろ? それは転売目的だと言われれば、否定できない。でも、十人の人間がいるグループが、十本のソフトを購入した場合はどうだ? 誰が一番初めにクリアできるか競争しているんだと言えば? そして、クリアしたから、まとめて全部売りましたと言えば?」

「そんなの言い訳じゃない。言い逃れだわ」

「逃れられれば良いだろう? 法律から逃れられれば違法とは言わない」

「じゃ、三百万円は誰が払ったの? ゲーム屋さんが、詐欺にあって、騙し取られたと訴えたら、逃れられるの?」

 犯罪と言う言葉が、理沙の耳にこびり付いた。興味が湧かなくて聞く事ができなかった話だが、犯罪にかかわるかもしれないとなると、興味を持たざるを得ない。理沙は、少し、注意深く話を聞く事にした。

「訴えられればどうだろうな。しかし、オーナーは訴えない。なぜなら、三百万円以上の価値を手に入れているからだ。三百万はあくまで俺達が上げた利益の話で、中古ソフト屋の売り上げ的には、もっと大きな額になる。一ヶ月目は八万円の売り上げ増、二ヶ月目は百万円の売り上げ増、三ヶ月目は一千四〇〇万円の売り上げ増だ。三ヶ月の間に急激に売り上げを伸ばした『ワンダーソフト』のオーナーは実績を持って銀行へ行った。そりゃ銀行も喜んで貸してくれるさ。二号店も無事オープンできるぞ」

「何だか釈然としない……」

「だろうな、実際にはもう少し工夫している。最初の貴重なチャンスを、まずは意図的に沢山作って置く――つまり、もっと沢山初期投資にお金を使っている。そして、売る時には、今売れたソフトが直ぐに戻って来たら怪しいと思われてしまうから、あるソフトを買ったら、次に売りに行くのは別のソフトにする。出来るだけ、前回と違うバイトが入っている時に行く。売買しに行く人間も、三人が順繰り、相手に覚えられないようにして……」

「それって、やっぱり、詐欺集団のやり口見たいよ……だって、鍋島君が操作しているじゃない」

「おお、鋭いな。初めに言った、ホウレンソウとゲームソフトの違いはここにある」

 鍋島は人差し指と中指を立てながら説明した。


 ホウレンソウは『鮮度が落ちる』と価値が下がる。

 ゲームソフトは『人気が下がる』と価値が下がる。


 二つの違いが、儲けるアイディアの根本だという話を、懇切丁寧に……。

 実際に鍋島は三百万円の利益を上げていた。そして、確かに違法ではなかった。グレーではあるが、逮捕、補導されることはないだろう、周到に計画された、列記とした経済活動だった。

 しかし、理沙は、それを受け入れる余裕も知識も持ち合わせていない。理沙にとって鍋島は、得体の知れないモンスターの様に見えた。

 このまま話しを続けても、ここからは何も生まれないと、二人とも随分と前に気がついていた。

「――そもそも、議論の根本が違うから話がまとまらないんだ。日本人は、金を稼ぐ事を悪だと思っている。俺は少なくとも、悪ではないと思っている。何かを成し遂げる為には、必ず金が必要になる。その何かが、悪であれば、儲ける事は悪だろう……。しかし、善にお金を使うために儲ける事は善ではないのか?」

「そ、それは……」何かが、理沙の胸を強く打ちつけたように感じた。何かを成し遂げる為には――打ちつけられた胸は、その衝撃を響かせ、いつまでもハートを揺さぶり続けるかのようだ。

「しかしな……それは、罪を犯さなければの話だ。日本は法治国家だからな。それに、ルールの外で金儲けをしても面白みが無いし……。あいつらは、そのルールから外れようとしている……だから、大野英章に教えてやったんだ。善だろ?」



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