第12話 ある愛の形
雨の中の夕日は、気がつかな言うちに暮れていた。同じように、いつに間にか雨は上がり、街は夜の表情を見せ始めている。
亡くなった鯨間の彼女である、春日に会うにはちょうど良い時間のはずだと、鍋島は確信していた。
「鍋島君と彼女さんとは仲が良いの?」
「いや、話した事もないけど」
「どうして、今、あなたはコンビニで立ち読みしているの?」
「待っているんだよ」
「話した事もない人とコンビニで待ち合わせなの?」
「待ち合わせではないよ」
「何を待っているの?」
「彼女に決まっているだろう。少し黙らないか? お互いのために」
「お互いの――」
やっと黙ってくれたと鍋島はほっとした。コンビニのような公共の場所で話し続ける理沙を、森の中から迷い込んできた野生動物の様に、扱いに困っていた。夜を待つ、繁華街近くのコンビには人で溢れ返っていた。ただでさえ、人目が気になる場所で、何も考えずに突っかかってくる理沙と一緒に行動する事を選択したのは、やはりどうかしていたと、鍋島は考えていた。
「何で、私のためになるの?」野生動物が、また、暴れ始めた。
「鍋島君の為なのは解るわよ。見るからに、黙っていて欲しそうだもの。でもね、お互いのためにって言うのなら、私の為にもなると言う事でしょ? なぜ、黙っていると私の為になるの?」
(それは、いま、知り合いが通りかかったら、二人の事を勘違いするかもしれないから――)と、言ってしまえば、自分が理沙を意識していると勘違いさせる事になる――そんな訳はない、だから話さない。鍋島はそう考えた。
「話さないつもりなのね? でも、私は話すわよ。そんなにお喋りな方じゃないけれど、何の説明もなしにコンビニに入って、黙って漫画を読み始めたら、誰だって何事かと思うんじゃない? しかも、私の為に黙ってろなんて言われたら、何だか自分がバカみたいじゃない? 私の事バカだと思っているんでしょう?」
(何だか、急展開だ……。理沙の頭は、お伽の国のコンピュータの様だ。夢の世界の計算式が、凄いスピードで演算されている……)
「黙ってないで、はっきり言いなさいよ、私の事どう思っているのよ!」
黙っているのも得策ではないと鍋島は思ったが、もう既に遅かったようだ。店中の視線が二人に釘付けになっている。この店内にいる、全ての人が――全く素性も違う、たまたま、この店に居合わせただけの人達の思考が、奇跡のようにひとつに纏まった――鍋島君、この女の子の事をドウ思っているの?
「どうって、それは……」と、言おうとした時、見知った顔が目の前に現れた。
「お! コンビニで、告白するなんて、今時だなあ。それにしても、鍋島と理沙がそんなに仲が良いとは知らなかった。先生の目も節穴だな、あはははは」
「大野英章!」
「大野先生!」
「流石に、息もぴったりだなあ。それはそうと、先生を呼び捨てにするな、鍋島」
「こ、告白!? 告白なんてしていないよ! なんで私が、こんな人に! そんな話じゃなっくって、私がバカだから、鍋島くんが――」
「いやいや、それこそ、そんな話じゃないだろう、なぜ、あんたがここにいるんだ? 釈放されたのか?」
「釈放なんて人聞きが悪いなぁ、事情聴取が終わったから出てきたんだよ。そんなに先生を犯人にしたいのか? 死因があらかた特定されたらしいよ……」だんだんと英章の表情が暗くなる。「先天性の心疾患があったそうだ……。外傷があるから、判断は難しいところだけど、死因とできるほどの重症とは考えられないと言う事らしい……。検死はこれかららしいけど、状況がいろいろ整理できて、お咎め無しとなった訳だ」
「その、状況と言うのはなんだ」鍋島の興味センサーが発動したようだ。理沙の興奮は置いてけぼりだ。
「防犯カメラがあったのさ、全部映っていた。映像だけで、音声は無いから、少し、状況を説明してほしいと刑事さんに言われてね。あの時いた、お巡りさんと一緒に、今まで確認していたんだ」
「――制服警官が、俺たちより先に現場に到着したのは、なぜなんだ?」鍋島が一番気にしていたところだ。特定できない事がいくつかある中、最も仮説を立ている事が難しかったのが、制服警官が、現場に到着するのが早すぎると言う事だった。その仮説はいくつかあるが、制服警官が犯人、もしくは共犯であると言う、最悪の事態も含んでいた。しかし、その場合は、英章が防犯カメラの映像を警察に見せてもらえるはずはなく、この仮説は今現在否定された事にもなる。だとすると、もう一方の仮説が有力となってくる。
「ああ、それな、現場では、情報が錯綜していたんだ。先生は、一一〇番通報に『―人が死んでいる』って通報したんだけど……」
「もう一人、通報した人間がいるって事か」
「そう、それが、鯨間さん本人だったんだ――早く来てくれ……と言う通報だったんだけど、おそらく、救急車を呼ぶ為に一一九番を押そうとして、間違えて一一〇番に掛けてしまったんじゃないかな。鯨間さんは、持病があって、自分が心臓に爆弾を抱えている事を知っていたらしいからね」
「じゃあ、あいつらも関係ないんだな」
「そう、ほっとしたよ――」
「大野先生……私、告白なんてしていないよ」
さっきの勢いは何処へ行ったのか、理沙の声はか細く、苦しげだった。
英章の説明はこうだ。
東川、南田、北本の三人が店に入ってきて、鯨間と三十分ほど話をした。
三人が店を出た後、十分ほど、鯨間は、携帯で誰かと話をしていた。
電話を終えてすぐに、鯨間が苦しみだした。
カウンターに倒れこみ、ちょうどそこにあった店の電話で一回目となる通報した。(おそらく、鯨間は一一九番へ連絡したつもりで、『早く来てくれ……』と伝えたが、実際には一一〇番へ通報していた)
苦しんでもがいた時に、電話の横に置いていた、小さな金庫を落としてしまう。
バランスを崩して、後ろに倒れた鯨間は、床に落ちた金庫で後頭部を強打し、気を失い、そのまま絶命してしまう。
しばらくして、大野英章が到着。
鯨間が死んでいると思い、二回目になる、一一〇番通報をする。
ほぼ同時に制服の警官が到着(一回目の一一〇番通報の様子がおかしかったので、様子を見てくるように言われていた)
しばらく、二人は会話を続ける。
次に理沙が飛び込んできて、
太田刑事に腕を掴まれた鍋島が入って来た。
「と、言うわけで、死因は、事故、もしくは病死と言う事で、事件性は無し」
「なるほど、大野英章が塾を飛び出した後、塾の前を制服警官が自転車で通り過ぎ、俺と理沙が塾から出てきたと言うわけだな……納得した、では、帰ろうか」
理沙は鍋島に初めて名前を呼ばれた――が、呼び捨てだった事に腹を立てた。
「帰ろうかって、そんな話じゃないでしょう!? 彼女さんに鯨間さんの事を伝えてあげなくちゃいけないでしょ?」
「まあ、お前から伝えてくれる分には、俺は何も言わないさ。丁度、彼女が現れたぞ」
春日のぞみは、おあつらえ向きにコンビニに入って来た。これから、夜のお店に出勤するのだと一目でわかる、ぴったりとした紫色のワンピースに、派手な化粧と言ういでたちだった。鍋島は彼女が、どの店で働いているかは知らなかったが、ワンダーボーイのどちら側からやってきて、どちら側に出て行くかは知っていた。このコンビニは、ワンダーボーイと繁華街の中間に位置する。このコンビニ前を通る事は、容易に想像が付いていた。
理沙が、なかなか声を掛けられないでいる間に、春日は店内を一周し、レジで会計を済まそうとしている。
「あ、あの――」やっとの事で理沙が声をかけると、春日は理沙の方を向いた。しかし、春日は話しを続けようとする理沙を通り越して鍋島を見つけた。
「あら、あなた――もう知っているようね……鯨間の事」鍋島から見た春日は、いつもと変わらず、落ち着いた様子だった。
「ああ……」
「警察から電話があったの。鯨間が亡くなる直前に電話したのが私だったから」
「なるほどね」
「じゃ、これから店だから」それだけ言うと、春日はその場を去ろうとした。
「ちょっと待って下さい! それだけですか? 鯨間さんが亡くなったのに、悲しくないんですか?」理沙がたまらず食いついた。春日は、理沙が鍋島の連れであると言う事を、今、理解したようだ。そのまま表情を変えず、鍋島に話した時と同じ調子で理沙に答えた。
「悲しいわ」
「悲しいわって、そうな風には感じられないんですが……鯨間さんとあなたは婚約していたんでしょう? 婚約者なら、お仕事をお休みしても良いんじゃないですか? 愛情が……感じられなくて……」理沙は、両目いっぱいに涙を溜めている。
「婚約……? そうね、そう言う事にしておくわ。もちろん、愛していたわ。私は私なりにね。誰にどう思われても、関係ないわ。私は私なりに鯨間を愛していた――それだけよ」
春日は、コンビニのレジで会計を済ませると、理沙たちを見る事なく、店を出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます