第11話 理沙、行動する
「鯨間さんかわいそう……。なんで、あんな事に……」
悲しくて涙が止まらない。
「ねぇ、鍋島君……。大野先生どうなると思う?」
涙が止まらない。人に限らず、命には必ず終わりがある事は知っているが、なぜいつも、こんなにも儚く、悲しいものなんだろう。
「俺の予想でかまわなければ話すが……。文句を言うなよ」
「かまわないわ」
「――これまで警察と話した内容からすると、どうやら、殺人の疑いありと言う捜査がされているようだ。大野英章は容疑者の一人と目されているらしい。検視結果はよくわからないが、どうやら後頭部への打撃が死因である事が確認されたようだ。そうとは話さないが、さっきの警察官の口ブリではそのように感じた」
鍋島君の言葉には、まったく感情と言うものが感じられない……普段であればただの腹の立つ人なのだろうけれど、今は、理性的とも言えるこの口ぶりは、私を落ち着かせる事に協力してくれているようにも感じる。
「つまり、悪いほうに取れば、現在のところ、これは殺人事件としても捉えられているわけだ。容疑者は大野英章、それから、あいつら――警察には俺が話したが、東川、南田、北本の四人が重要参考人と言うところだろう。お金がそのままになっていた事から、窃盗目的ではなく、顔見知りの反抗で、怨恨か突発的な喧嘩の結果と言うところが妥当な線だろうな」
「ねえ! 私は……。私は何をしたら良い? 教えて鍋島君!」
「え? ま、まあ、がんばれよ」
がんばれって、本当に無責任な言葉だわ。私が頑張っていないとでも言っているかのよう。「がんばれって何をよ!」
「何をって、何もする事は無い。これは警察の領分だ。大野英章が殺人を犯していようがいまいが、警察が十分な証拠を揃えれば起訴されるんだ。それに……」
「それに?」
「それに、お前には大野英章のために何かする理由が無いだろう」
「理由? 大野先生は私達の先生よ?」
「それが理由になるのか? じゃあ、塾の理事長が罪を犯したらどうする? 県知事が、総理大臣が罪を犯しても、お前はそのために何かをすると言うのか?」
鍋島君は本気でこんな事を考えるのだろうか……本当は、真顔で私を騙してからかっているのかもしれない。
「――わからないわ。でも、しなければいけないと思うの。何故だかは――説明できない。だから、行動して、あなたにやって見せて、そして理由を教えてあげるわ! だからついて来なさい。私に」
本当は言葉で説明しようと思っていた。でも、気が急いていて正直煩わしくなった。黙ってついてくれば良いのに、なんでこうも、理屈にこだわるのだろう。
「――気は進まないが……。で、どこへ行くんだ?」
「えぇっと……どこに行けば良いと思う?」
鍋島君は、驚いているようだ。始めて見せた、人間らしい顔かもしれない。まあ、ついて来いと言ったそばから、どこに行けば良いと聞かれたら、誰でも驚くだろうが……。
「コンチューに近いな……まあ、そうだな、以外と――彼女のところかな」
「婚……中? 彼女?」
「そう、彼女、鯨間の彼女、たしか名前は春日だったか……その女の所だ。警察が事情聴取しているのは、今のところ俺とおまえ、それから大野英章と、同じく容疑者のあいつらだけだ、被害者の身辺調査は、まだ、始まったばかりだから……」
「そうか! 婚約中の彼女さんには、早く知らせてあげなきゃいけないね! 可哀想に……。一体、何と伝えたら良いんだろう……」
鍋島君なら、上手に彼女に話をする事ができるだろうか。いや、心配だ。話は上手だが、きっと適切ではないだろう。私が伝えなければ。鯨間さんの彼女には、どこから話せば良いだろうか、とにかく、早く伝えなければならない。そうだ、ここにいても、何も始まらない、まずは、ここを出なければ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます