第25話 株式会社佐賀県
「ありがとうございます。それでは、三十名様ご予約ですね。お待ち致しております。どうぞ、道中お気をつけて……はい……はい、失礼いたします――英章様、予約の変更の問い合わせですが、千葉県から二十五名で御予約のお客様は三十名に変更になりました」
「了解、取立さんに書類を回しておいてね、春日さん」
今、日和花道は、新しく始めた、旅行代理店サービスで大忙しだ。日本の家系図SNSで自動作成されたご先祖様コミュニティーでは、オフ会が徐々に盛り上がりを見せていたが、その中で、ご先祖様のルーツをたどる旅と言うのが流行っている。そこに目を付けた鍋島は、今、一人部屋にこもって、自動旅行プラン作成サービス機能を追加中だ。しかし、出来上がる前に、ツアーの現実サンプルがいくつか欲しいと言う事で、この、ごった返しとなっている。自動機能が完成すれば、一人のユーザーが、ある一人のご先祖様を選択して、ツアー自動作成機能ボタンを押すと、いくつかのご先祖様ルートが表示され、自分が辿っていきたいご先祖様を選択し、日程を入力すると、自動で乗り物と宿泊の予約ができる。さらに、各地の墓守コンシェルジュが立てたご当地お勧めプランを持って、ツアーガイドをしてくれる。さらに、この機能の一番面白いところは、あるユーザーがツアー計画を立ていると、関連するご先祖様を持つユーザーに連絡が行き、同じようにツアーを立てて、それぞれのご先祖様が重なる地で出会う事になり、その後、最終目的のご先祖様に到達するまで、一緒に旅をすると言う所だ。夏休み中と言う事もあって、学生に人気となっている。
「はぁ、ほぼ、完成した。後は、生のデータを取って、微調整するだけだ」
「鍋島君、お疲れ様」
理沙は、アイドル活動が忙しく、なかなか日和花道に出てこられなくなってしまったが、今日は少ない休みを押して出勤している。夏休みも終盤に入ったが、勝厳寺のお盆の行事も手伝って、随分、立ち振る舞いも、美しくなってきた。おそらく、一緒に仕事をしている、春日の影響が大きいのだと思われる。
「鍋島、ちゃんとできたのかい? できてなかったら、こんな事何回も続けられないよ」
取立が泣きごとを零している。もともと、龍造寺グループの金融系の会社に勤めていた取立は、墓守コンシェルジュの事を知って、現職を辞して勝厳寺大学に入門してきた。自分の求めていた仕事はこれだと直感したらしい。今は、人手の足りない日和花道と兼任で業務を行っている。
「取立てさん、仕事辞めちゃって良かったんですか? 日和花道も墓守コンシェルジュも、始まったばかりのよちよち歩きですよ。何も、辞めなくったって……」
「それについては、ご心配なく。私、本当にビビビと来ちゃったんですよ。これだ! ってね。そりゃ、金融の仕事の方が給料は遥かに良かったんですけど、人と人との間を、お金が動く時に出てくるお金があって――その一部を給料としてもらっているって言うのに、なんだか違和感があったんですよ。ずっと……僕の給料って、どっから出てきたの? って思っていたんです。いや、頭ではわかっていますよ。でもね……お金が右から左に動いただけですよ? なんかおかしくないですか?」
「そんなもんですかねぇ……。ところで、龍造寺グループってどんなところなんですか? やっぱり、龍造寺金持の王国なんですかね?」
「王国ね……。実際のところ、私にも良くわからないんですよね。確かに、絶大な権力を握っていて、誰もたてつく事が出来ない雰囲気ではあるんですけど、その……声を聞いた事が無いんです。話をしているところを見た事が無いんです。誰に聞いても、いつも同じ顔をして歩いている
「全く無いわけですね」
「そうなんです」
「謎の人物と言う事ですかね」
「あ、それ、しっくり来ますね。謎の人物なんですよ……。でも、最近は、息子の
「もうそろそろ、手を動かさないか?」
「あ、ああ、鍋島、休憩中にうるさくして悪かったね。ところでさぁ」話を変える為、と言う理由をもらって、一気に話しやすくなった。
「鍋島……日本の将来ってどう思う?」忙しい仕事の間も、英章は一郎が言った言葉をずっと考えていた。今日、県知事に会う事になっている。一郎の協力に応えないといけないが、なんと話して良いものか……。
「なんだ、藪から棒に。日本の将来か? そんなものわかるわけがないだろう」
「そりゃそうだよね、ごめん、ごめん」
「しかし……このままでは良くない事ははっきりしているな。玉虫色と言うのは、日本の得意なコミュニケーションスキルの一つだが、果たして、世界相手に通用するかどうか……」
「鍋島君、どう言う事?」理沙にも、まだ、一郎の話を話していない。英章はしばらく、鍋島と理沙の会話を見守る事にした。
「玉虫色と言うのは、知っていると思うが、タマムシと言う虫の背中が虹色に輝いている事から来ている。角度によっていろいろなものに見える事から、問いに対する答えを曖昧にして、答えたような、答えていないような返事をして、曖昧にやり過ごす事だ。気心が知れている間柄ならば、何を言いたいか察してくれるが、世界中には沢山の国があるが、すべての国が、同じように日本を見ているわけではない。玉虫色の態度で、都合良く思っていてくれれば良いが、日本が意図しない方向に受け取られている事もある。何か重大な事が起こって、改めて立場を表明した時に、そんな国だと思わなかった、と言われる事もあるかもしれない。最近は、ずいぶんはっきりした事を言っているように見えるが、日本人の主観ではなく、外国がどう思っているかが問題だ。緑が黄緑ぐらいにしかなっていないと思われているかもしれない。それに……」
「確かに、そうかもしれないね」理沙も同じような事を感じていた。真剣な面持ちで聞いていたが、鍋島の言葉によって、感じていた疑念が形になって疑問に変わっていった。「しかも、日本はただでさえ、不思議な国と思われているようだし……」
「そう、不思議どころか魔法の国とさえ思われている。世界の奇跡とも呼べる、高度成長期を体験した日本は、これから、どれだけうまく言っても、それを成功とは呼ばないだろうしな。何にしても、何もしなければなるようにしかならない――と、俺にも、こんな事を言っている資格はない。カジノに行っても、儲けるかどうかは運次第。確実に儲けるには、ディーラー側――いや、オーナー側にまわるしかないって事だ」
「どう言う事?」
「自分でやろうとしない奴には、結果に文句を言う資格は無いって事だ」
「そして、何かを成し遂げる為には、それなりの代償を払わなければならないと言う事ね」
「……よくわかっているじゃないか」
「それでさ……」英章は二人に話しても良いと思った。彼らは、彼らなりに、様々と思考を巡らし、そして、急速に成長している。もしかしたら時間が経つにつれ、毎日の生活にいっぱいいっぱいで、白黒を付けられないまま、だんだん灰色に染まって行く大人たちよりも、よっぽど辛辣に自分を取り巻く世界の事を考えているのだろうと思った。
「鍋島、理沙……。この後、佐賀県知事に会いに行く事になっているんだ。その……一緒に行ってくれないか」
「県知事のところへ? 先生、私も行くの?」
「そう、三人で行く」
「要件は何だ」鍋島は何かしら、大きな事が動き出そうとしている事を、察知しているようだ。頭の中では、すでに、色々なバリエーションのシミュレーションがされているに違いない。
「実はね、株式会社佐賀県を運営してくれないか……と言う話なんだ」
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