第32話 エピローグ

「さて、次は国政にチャレンジか……しかし、こんなに早く新佐賀城の築城に取りかかれるとは思っていなかったなぁ。景気を上げるためには、やっぱり公共事業というのは効果的だね。初めは、うちのお寺の借金返すのも、あり得ないと思っていたぐらいなのになぁ」

「英章先生が言ったんでしょう? 『あり得ないと決める事ができる人間はこの世にはいない。やると決めた人間が、やり遂げるか、途中でやめるかだ』じゃなかったっけ?」

「間違いないな」

「鍋島君も変わったわね。私の言う事に同意するなんて、初めはありえなかったわよ」

「お前がやり遂げたって事だろ? 頑固はお前の特徴だ」

 鍋島君は相変わらず口が悪い。しかし、理沙は、『頑固』と言われる事をあまり嫌がらなくなっていた。『やり遂げる為に意地を通す』と、聞こえるようになっていた。短所だと思っていた『頑固』が、長所に変わったのはいつからなのか、理沙は全く自覚がない。

「でも、どうしよっかね。佐賀ではうまい事行ったけど、日本全国の責任を持つわけでしょう? こんなにはうまくいかないわよね」

「それは、理沙が決めなよ。僕たちは理沙に引っ張られてここまで来たんだ。もちろん、一生懸命考えるさ。でも、決めるのは理沙だ。それが良い」理沙は、やっと気がついた。大野の言葉は、どんな言葉も、すうっと胸の奥まで届く。きっと裏表がなく、良いものは良いと言い、悪いものは悪いと言える、その人間性が、それを可能にするのだろう。認められる事は嬉しくて、照れくさいけれども、本当に、自分にそんな力があるのかもしれないと感じさせてくれる。そして、今は理沙も理沙自身を認めて上げられる力を持った。全て回りの皆のおかげだ――心からそう思えた。

「間違いないな」鍋島は後ろを振り返って、顔を見せずにそう言った。彼もいつからか、肝心な時には皮肉を言わなくなった。しかし、照れくさく感じているのを知られるのが嫌なのだろう。英章も理沙も、かつて冷たく感じられた後ろ姿を、今では、あたたく感じるようになっていた。

「じゃ、考えて! 佐賀ではうまく行ったけど、日本中をどうするの?」

「なら、日本中を佐賀にしてしまえば良いんだよ」鍋島が振り向き直して、とんでもない事を臆面もなく言った。

「何言ってんの? 日本全国津々浦々、いろんな特徴があるんだよ。全国の人が佐賀のやり方に賛同してくれるとは思わないわ」

「そこは、考えがある。前に少し話したよな。日本国と、ユーチューブの共通項についてだ。ビジネスで一番大変な事はできるだけ長く続ける事だ。国も同じだ。手本にするのは、現存する中で、最も長く続いていた国、日本なんだ」

「なんだか、言っている事は大層に聞こえるけど、本末転倒な事言っていない?」

「いや、多分僕は解ったぞ。歴史に学べと言っているんだな」

「さすが歴史の先生、その通り、ユーチューブがここまで大きくなったのは、面白い動画が次々と投稿されたからだ。面白い動画に引き寄せられた人たちが、競って、より、面白い動画を投稿した。いつしか、人気だった動画が古びて行っても、その頃には、また、面白い動画が投稿されているんだ。ユーチューブ自身は表舞台には出てこない。みんながもっと面白い動画を投稿してくれるような環境作りに励むだけ。みんなが楽しく遊べる庭の手入れを続けているんだ。そして、日本国の庭と言うのは、天皇の存在だ。豪族、貴族社会から始まり、武家社会、帝国主義、民主主義、古くなったシステムは捨ててしまって、新しく時代に合わせたプレイヤーを天皇が任命する。庭師が入れ替わり、木々の手入れの仕方が変わるだけで、日本国と言う外側の形を変えずに、内部だけが常に新しく生まれ変わる」

「確かに……例えば、中国は長い歴史を持っているが、いくつかの民族が対立し、国を滅ぼし、国を興しの繰り返しで、連続性はない。今の中華人民共和国も過去の歴史を否定して生まれた国だ。人々は、王朝の勃興の度に家を追われ、疲弊して、国に対する信頼を失っている。対して、日本は、国が危機に見舞われた時に、それを救うチャンスをすべての人が持っていると言っても良いかもしれない。新しいアイディアと行動力を持っていれば、権威を天皇が与えてくれて、国中の人々はそれに従う。天皇の存在をを否定する事は、最も永く続く実績を否定する事でもある。否定した後の代案は、世界中のどこにも無い」

「そうかなぁ、天皇制を否定している人は沢山いるわよ。みんながみんな、そう思ってはいないでしょう?」

「そうだね、でも、天皇制を否定している人は、天皇制をやめてしまって、その後どうしたいと言っている?」

「えーっと、大統領制かなぁ、いーや、聞いた事無いな。反対している人たちって、共産党の人たちが多いよね、じゃあ、共産主義にしたいんじゃないかな?」

 ふんと、鼻を鳴らして鍋島が言った。「じゃあ、共産主義にしてしまうか。でも、それを一番簡単に実現できる方法は、きっと、天皇制だぜ? 天皇の名のもとに、日本国民はすべて平等、富を全国民で分かち合おうとね」

「確かに……。そう言われると、なんだか、うまくいきそうな気がするわ。でも、それって共産主義なの?」

 英章が鍋島を目で牽制しながらこう言った。「日本型共産主義って事になるんじゃないのかな? 今だって、日本型資本主義の真っ只中だよ。世界中の資本主義と、日本の資本主義は似ているけど、少し違うんだよね。それに気がついた欧米の人は、日本型資本主義を研究しているらしいよ」

「へえ、日本って凄いんだね」

「すごいかどうかはわからないよ。ただ、ひとつだけ言える事は、国を永く維持運営していくのが最も上手だと言う実績がある、と言う事だね」

「やっぱり凄いじゃん。確かに私は佐賀国を作れば良いって言ったけど、でも……それって、今の政府を転覆させようって事なの? クーデターってやつ? そんなの嫌よ」

「お前でも、クーデターなんて言葉を知っているんだな。でも、そんな事しやしない。クーデターってのは、主に軍が政府を抑える事を言うんだ。俺達は軍を持っていない。持っていないなら、持っていないなりのやり方があるさ。それに、今の日本が危機に瀕しているのは、帝国主義の最後のババを引かされた傷跡によるものだ。世界中が帝国主義に染まっていた頃ならいざ知らず、現代社会においては、戦争は下策中の下策だ。暴力は、破壊し、傷つけるだけだ。生むのは恨みや呪い、そして、悲しみ等の負のエネルギーばかり――それらは寄り集まって、また、暴力を生む、負の連鎖だ。自分で自分を追い詰める為の、悪魔のプログラムを作るなんて、馬鹿馬鹿しい」

「その通りだわ。誰もが知っている事なのに、誰もがその連鎖に陥ってしまう、とても恐ろしいものね……。で、どうするのよ、前置きが長いんじゃない?」

「それはもう考えてあるんだ……。まあ、後でゆっくり、みんなで話そうよ」







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