第28話 やりたい事を決めて、どうできるかを考える

「――で、どうしようか、鍋島君」

「どうしようかって、やりたいようにやるだけだろ?」

「何をやりたいの?」

「やる事ははっきりしているじゃないか、問題点があって、出口が決まっているんだ、後は、間に線を引くだけだろ?」

「具体的には?」

 ふう、と鍋島はため息とも、深呼吸ともつかないような息をして、胸のポケットから、ボールペンを取り出し、ファミレスのペーパーナプキンに書き込み始めた。理系男子は、箇条書きと図表で表す事が大好きだ。


問題点

 ・県政には、県民全ての意見が反映されていないし、意見の全てが届くわけじゃない。

 ・県知事がやりたい事は、一部の団体の意向によって妨げられる事もある。

 ・国との結びつきが強すぎて、県の決定権が弱く、意思決定力が弱体化している


現状の出口

 佐賀県の力が弱くて、県民が損をしている。


「こんなもんじゃないかな」

「ずいぶんとざっくり行ったね。もっと、複雑な問題が、絡み合っていると思うんだけど……」

「複雑なものを、複雑な図で表してもあまり意味は無いだろう? ざっくり捕らえる力をざっくり力と言うんだぞ」

「始めて聞いたよ、脳科学者が言っていたのかい?」

「今のは、冗談だ。笑うところだ」

 鍋島は、どうやら、ジョークを言ったらしい。

「だったら、やる事は、これをこのままひっくり返せばいい」


やる事

 ・県政には、県民全ての意思を反映させる。その為に、全員の意見が集まる仕組みを作る。

 ・県知事は、全ての県民の意見を組みとり、一部の団体の意向の影響力を下げる。

 ・国との結びつきがを弱め、県の決定権を強く、意思決定力を上げる。


現状の出口

 佐賀県は強くなり、県民が得をする。


「だろ?」

「だね」

 二人は、暫く黙ったまま、ペーパーナプキンを見つめていた。英章は、知事の話を聞いたときから、懸念を抱いていた。県民全員の意向に合わせようとしても、対立する意見があれば、必ずどちらか一方を取らなければならない。つまり、全員の意見に従う事は出来ない。そして、団体の力が弱まり、知事の――権力者の力が強まれば、独裁政治に近づいていく。

「これって……やってもいいのかな?」

「いいんじゃないのか? 出口は、あくまでも、県民が得をすると言う所なんだから」

「でも、一部の者が得をすれば、損をする人を生むんじゃないのかな。例えば、戦争はそうだよね、ある国が滅亡に瀕していて、それを打破する為に、隣の国に攻め込むと言う事は正当化しても良いのかな」

「カルネアデスの舟板の話かい? 船が難破して、乗組員が全員海に投げ出されて、一人の男が壊れた船の板切れに流れ着いたが、二人がつかまれば板が沈んでしまうので、後から来た者を突き飛ばして殺してしまってもいいのかと」

「その通り」

「まず、大前提は、戦争はダメだと言う事だ。憎しみは憎しみを生み、戦争は戦争を生む。そのときは良くても、後で誰かに攻め込まれ、滅亡への道をたどる……歴史の先生なんだから、分っているんだろ?」

「その通りさ、だから、心配しているんだ。現在は、武力による戦争は、ダメと言う事になったから、経済で戦争をしている。でも、追い込まれたら、武力に頼る事になる。これは真実だろ?」

「余裕のある先進国は、経済で支配する事を行っているな。アメリカが、日本や韓国に対して、ドイツがヨーロッパ諸国に対して、最近は、中国がアジア諸国に対して経済的植民地を作ろうとしている。しかし、経済的に余裕のない国や、虐げられて発生したレジスタンスなどは、武力に訴える他に手段がない場合もある。どんなに綺麗事を言っても、最終的に、殺されそうになったら、殺すか逃げるしかないからな」

「悲しいね――どうやったら避けられるんだろう」

「戦争や、争いは人間の本能に関わる問題だ、戦争がしたくて他国に攻め込んだ国よりも、戦争をしたくないのに他国に攻め込まれた国の方が圧倒的に多い。どうやったら避けられるかは、どうやったら攻め込まれないかを考える事になる。それでも、攻め込みたいと思う国があれば、必ず戦争になる。両者が戦争をしたくないと思うしかないだろう。これは、自分だけでは解決できない問題だから、とりあえず、絶対に戦争にならない方法があって、それを探し続けると言う結論をここで出そう。でなければ、話が前に進まない」

「そうしよう」

「経済の世界では、最も儲かる方法と言うわかりやすい物差しがあるが、企業によって、儲けの定義も変わってくる。常に最高利益を目指す会社もあれば、百年単位での永続を目指す会社もある。結局は思想の問題になる。何を大切にして、どこまでやるかだ」

「そうだね。命の重さすら、各国に差があるからね、県民をどちらの方向に、どうやって導いて行くのか、本来は、県ごとに差があって然るべきだと思う。でも、高度成長時代に、日本全体を大きく引き上げる必要があった政府は、画一的に日本列島を改造して行った。しかし、成熟期に入った今は、全体では無く、個別に回帰すると言う事が必要なんじゃないかと、いち兄達は言っているんだと思う」

「つまり、佐賀県の県民性に沿って、佐賀県が良い方向へ向かうように、舵を取り、一部が得をしたら、それによって損をする人に補填すると言う事か?」

「おそらく、そう言う事になると思う」

「社会主義か? それとも共産主義か? 佐賀だけ資本主義をやめるのか?」

「バリバリの資本主義って言って言いと思うよ、佐賀県全体一丸となって、ひとつの会社組織の様になると言う構想だから。でも、そのそも、日本の資本主義って、社会主義と明確に線引きできない気がするんだ。社会主義って、国民が財産を共同所有する事だけど、公共の福利や、社会保障制度なんかは、社会主義の考え方に近い、日本は昔から、農村的な村社会が多かったから、その名残もあるかもしれない。たぶん、どっちに偏りすぎてもいけなくって、各国で、ちょうどいいところを探しているんじゃないかな。社会主義に偏りすぎると、競争意識が下がって生産性も下がったり、資本主義に偏りすぎると、貧富の差が大きくなったり、金が全てと言う人が増えて、人間性が低下したり……」

「ちょっと話が具体化し過ぎてきたから、ざっくり力を発動しよう。つまり、佐賀県外とは資本主義で商売して、佐賀県内では社会主義的な保障を行うと言う事か。そして、佐賀県民の生活費を人件費と考えて、コストを支払える程売り上げれば、全員が生活できると言う訳だな。しかし、その為には仕事をしない人間を養う事は難しいぞ、佐賀に油田があるわけじゃないからな、しかも、県民はリストラ出来ない」

「リストラなんかはしないさ。だけど、働かない人がいない社会を目指す。働かざる者食うべからず、佐賀県民は元々、働き者と言う県民性なんだ。勿論、福祉の充実は大切だ。病気になっても安心して療養できる様にしなければならない。医療費を圧迫している寝たきり老人は減らして行く。死ぬまで元気に働いてもらう。元気に働く為の医療、福祉、仕事を作るんだ」

「それは良いが、そんなに簡単には行かないだろう」

「簡単に行く訳がないだろ、難しいから、そうなっていないんだ。だからと言って、諦めて良いはずが無い」

「予算も膨大になるな、とても、いち県の予算でまかなえる額じゃない。しかし――」

「そう、その方法を、考えて、試して、やり直して、と繰り替えして行く他はないんだよ。大切なのは、目標を作る事、目標を全員が目指す事。それに必要なのは、教育、そして、憧れだ」

「憧れ?」

「そう、教育に一番必要なのは、カリキュラムじゃない。こう言う人になりたいと言う強い憧れの気持なんだ。カリキュラムは、憧れの人を目指した子供達が育った時に、勝手に出来上がっているはずさ」

「憧れの人か……」

「憧れの人が持っている美徳――それが教育の根本になる。佐賀県民の鏡となる人を探し出し、賞賛して皆に見てもらうんだ。佐賀の歴史上の人物に、もっとスポットライトを当てよう。彼らが何を考えていたのか、何の為に、誰の為に、何をしたのか、しようとしていたのか。それを学問にする」

「小学校の授業が、国語、算数、理科、江藤新平えとうしんぺい、みたいになるわけか」

「お、それいいね」

「本気かよ」

「まあ、これも、縦割り行政と同じで、法律で定められた範囲内になるけどね」

「そうだな……ルールの中で物事を大きく変えると言う事は、既成概念から抜け出せないと言う事でも、これまでも議論尽くされた内容でもある」

「だけど、教育が大切な事に間違いないよ。たとえ、小学校で出来なくても……私塾なら――鍋島……お前は、類い稀な能力を持っている。その根本は何だい? そこに、憧れはなかったかい?」

「憧れ……憧れは、あったさ、しかし、それが敵意に変わる事もある」

「そうか……難しいな。でも、結局、それが、鍋島の力になっているんじゃないか? 幼い頃の鍋島は、憧れの心の力によって最初の一歩を踏み台した、成長して、今度はライバルに勝ちたいと言う心の力で進むのを止めなかったんだろう?」

「そう言うと、聞こえはいいが、そんなきれいなものじゃないぞ……」

「それは、そうだろう……。今日、この日まで、鍋島にどんな日々を積み重ねてきたかは、僕には分らない。負の力を使って立ち上がった事もあるだろう。でも、それで捻じ曲がったりはしていない。鍋島の目は、真っ直ぐで、澄んでいるよ。お前は、お前を誇っていい」

「……分らないな、でも、まだ、ライバルを倒していない。自分を誇るのはその後だ」

「いいね、輝いてるよ、青少年!」

「何を二人で熱く語ってるの? 私も仲間に入れないとダメでしょう」


 ファミレスで夢中で話していると、いつの間にか理沙が真横に立っていた。


「理沙か、別に仲間はずれにしたわけじゃないさ、たまたま、こう言う話になっただけで……」

「こう言うってどんな話なの?」

 英章は、佐賀県をこれからどうしたらいいか考えていた事を『ざっくり』と理沙に話した。

「ほう、君たち、良い線いっているね、上出来、上出来」

「なんだか、急に上から目線だな」

「そんな事は無いわよ。でもね、大切な視点が入っていないんじゃない?」

「何だ、言ってみろ」

 理沙は胸を張って話し始めた。なんだか機嫌がいいらしい。終始笑顔が絶えない。

「依頼を受けたのは、私達なんだから、私達だからこその何かを出さないと、私達がやる意味が無いわ。あなたが何をしたいか、あなたがどうしたいかよ。これは、県知事に依頼を受けた、県知事の為の仕事だけど、それは、県民である、私たちをどうしたいか、私は何をして欲しくて、何をしてあげたいかじゃない?」

「どうした理沙……別人のようじゃないか」

「私は変わっていないわ。あるがままを受け入れただけよ。馬鹿には馬鹿にしか考え付かない事、馬鹿にしか出来ない事もあるのよ」

「で、何を考え付いたんだい?」

「お金が無いとか、法律に縛られて出来ないとか、資本主義だから、社会主義だからと、出来ない理由ばっかり並べたって、何もできないと言う事がわかるだけよ。だったら、やりたい事を決めて、どうできるかを考えないとダメじゃないかなと思うの……だから――」

「だから……?」

「全部変えちゃうの、日本から独立しちゃって、既成のものを全部ゼロにしちゃうのよ――佐賀国として独立しちゃうの」

 英章と鍋島は、暫く、二人で顔を見合わせていたが、暫くして、にやりと笑うと、声をそろえて言った。

「おもしろい! で、どうやるんだ?」

「そ、それは……頭の良い人が考えるのよ、馬鹿の仕事はここまで――で、まだ、答えを聞いていないわ。二人は何がやりたいの?」

「そうだな、僕は、やっぱり教育だ。佐賀国ならではの教育を行なって、働く事への美徳、郷土に対する愛情、憧れられる人間になると言う責任感を根付かせたい」

「英章先生、かっこいい! じゃ、鍋島君は?」

「俺は……俺は、胴元に回りたい。お金や、ルールを守る側ではなく、作る方へ……」

「ばっちりじゃない! 佐賀国が出来れば、ルールを鍋島君が作って、教育を英章先生がやればいい。そうか、お金もつくんなきゃダメなのね。国になるんなだから、ワクワクしちゃうわね」

「独立できればね……じゃあ、そのときは、理沙が初代大統領で、お札に肖像画を印刷しなきゃな」

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