第15話 救いと足かせ


 鯨間の葬儀が無事に終わって、英章は益々考える事が増えた。沢山の参列者はあったものの、天涯孤独の身である、鯨間の為に、葬儀後の茶会に残った人もまばらだった。火葬まで立ち会う人は誰もいなかったので、住職と副住職と英章の三人がお骨を拾った。

 英章には、これまで、葬儀の事を仕事と捕らえていたのかもしれないと言う反省点が残った。話した事はなかったが、数奇な巡り会わせで死の現場に立会い、お経を上げる事になった鯨間に対して、何か、特別な思いがあった。彼は何を思って生きて、何を思って死んでいったのだろうか――英章にとって、大切な機転となる出来事だった。何が大切なのかは英章にはまだ分らない。しかし、何かしなければならない。寺の為ではなく、全ての、いずれ死を迎える人たちの為に、自らの手で何かをしなければならないと言う、焦りにも似た感情が生まれた。

 葬儀の後、気を使ったのだろうか、鍋島は二日後に勝厳寺に顔を出した。それとも、計画を念入りに見直していたのかもしれない。鍋島は相変わらず、感情を感じさせず、アンドロイドの様に話し始めた。

「では、俺の考えた計画を話そう。その前に、現状のお寺の問題点を挙げておこう。時代は流れて、人々の暮らし方が変わった事により、お墓に対するニーズが急速に変化している。お寺は、この急速なニーズに追いつけずに、どんどん、不便に……それどころか、足かせの様に思われ始めている」

「足かせか……そこまで言う事んじゃないのか? お寺だって、日々努力している」

「それはそうだろうが、居酒屋や、ハンバーガー屋でさえ、ニーズに追いつく事に相当苦労しているんだ、古い伝統や、格式を重んじる仏閣が、このままでニーズに追いつけるとは思えない。足かせの様に感じている人々がいる事を否定はできないはずだ」

「まあ……そう言う人もいるだろう」

「需要と供給との間に、ここまで差が開いてしまったら、いっその事一度壊して、もう一度組み立てた方が早い」

「どう組み立ているんだ」

「まずは、壊してしまう事に同意してくれ。そうでないと話が進まない。伝統や格式ばかりではなく、仏教の教義にかかわる部分もあるかもわからない」

「聞く事はしよう。最終的に、やるかやらないかは、僕が選択するんだからね。まだ、契約書にサインをしていないんだから……。それに、これは、アイディア会議みたいなものだ。否定語を使うと、良いアイディアは生まれた瞬間に消されてしまうからね」

「なるほど……では、否定語を使わないと言うルールでやろう。人々の暮らし方にどう言う変化があったのかから考えよう。変化が目覚ましいのは、行動範囲だ。インフラの整備で、人の行動範囲は急速に拡大し、極端な話、村の中で一生を終える人はいなくなり、今では海外に永住する人も増えた。もともと、檀家制度は、江戸時代に、キリスト教信者を排斥するために、人々は全員、いずれかの仏閣の檀家に登録しなければならないと言うところから始まった……そうだったよな?」

「補足はしておこう。否定ではないよ。確かに、檀家制度はその通りだ。しかし、檀家の始まりは、もっと古くて、お寺に協力してくれる人を皆、檀家と言った。だから、日本に来たばかりの仏教の檀家さんは、当時の有力貴族と言う事になる。その後、家制度が広まるにつれて、家単位でお寺に人々が携わるようになり、先祖崇拝――ご先祖様を大切にしようと言う神道の考え方が混ざって広まっていったんだ。キリスト教排斥の為に始まったわけではなく、一時期、利用されていたと考えて欲しい」

「では、そう言い変えよう。檀家は、江戸幕府に利用された事で、当時檀家に含まれなかった人々も強制的に檀家に組み込まれ、権力の力で、急激に顧客を増やした。これでどうだい?」

「まあ……間違いはない。何故だか悪意を感じるのは気のせいか?」

「強制……と言うものが、俺は嫌いなんでね、多少の憎悪が含まれている点は否定しない。ともあれ、タナボタで、顧客数を増やし、これまで、それを食いつぶしてきたと言う側面もある。しかし、人々は移動し、遠くの町で暮らすようになるが、お墓はそう簡単に引っ越せない。本当は、お墓も引っ越して良いんだろ?」

「そうだね。檀家を抜けて別のお寺に行かれる方を、無理やり引きとめたりはしないよ。規約で縛っている所もあるそうだがね。でも、それでは、過疎化の進む市町村は人口とともに檀家を減らして、代わりに都心部に集中させる事になる。でも、都心にはお寺は余っていないから、高いお金を払って、一部の寺院だけが潤う事になるだろう? 現に今がそうじゃないか」

「その通りだと思う。引越し推奨するだけじゃ、きっと何も解決しない。逆に、引越しを理由に檀家を離れた人は、引越し先では、結局どこの寺にも属さず、単に、檀家のしがらみから抜けて、自称無宗教家と言うのを、増やして行くにすぎないだろう」

「自称無宗教家か……面白い言葉を使うねぇ」

「引越しはしても、檀家からは抜けないでもらう。その代わり、引っ越し先でも困らないサービスをお寺が始めれば良いんだ」

「インターネットお墓参りと言うやつか……そんなのやっている寺もあるよ。僕はあまり感心しないけどね」

「おっと、否定はしない約束だぜ。そもそも、日本には八百万の神がいて、宇宙のどこにでも神が存在すると言う、土着の宗教がある――俺はケルトの妖精信仰に近いと思っているんだが、仏教はうまい事、神道と同居しているよな。トイレに神様がいる国なんて、なかなか少ないぞ。きれいにトイレを使わないと、トイレの神様が悲しむよと、子供に話している母親は多いだろう? 同じように、テレビが壊れた時に、あなたがテレビばっかり見ていて、勉強しないから、テレビの神様が怒ったんだよ、なんて言っている親もいるんじゃないかな? じゃあ、インターネットに神様がいても良いだろう? 宇宙のどこにでもと言うのは、物理的な空間だけを言っているのかい? インターネットで広がっているのは、ネットワークによる通信だけではない。精神世界も広がっていると考える事は出来ないかい?」

 若者は、皆、こう言う事を考えるのだろうかと英章は思った。インターネットは、英章だって良く利用している。しかし、英章の世代から見ると、やはり、新しく始まったサービスと言う感覚で、今までの自分の価値観の中に、新しく加わったツールと言う認識の方が強い。しかし、人間としての基盤が出来上がってしまう前――ものごごろ付いた時には世界中に広まっていたインターネットを、もっと自然な形で体の一部に取り入れている世代なのかもしれない。彼らから見た世界は、上の世代とは違った見え方をしているもかもしれない。現実世界と仮想世界を同時に価値観の中に取り込んで行ったのではないか、だとすれば、彼らにとって、リアルとネットを分ける必要性はどこにもない。特に精神世界においては――と、英章は思った。新しく作る檀家制度は、これからの世代である、彼らの為に必要になるはずだとも。

「確かに、それは、僕も感じているよ。人と人が交わる空間に、宗教と言うものが生まれる。インターネット上の架空の空間にも、人と人が交わる以上、そこに、宗教が携わる事に、何ら不思議はないだろうね」

「そろそろ認めて良いんじゃないのか? インターネットと言う存在を」

「そうだな……その通りだ。日本人は、物に心が宿ると思っている。僕が思うには、物に心が宿るのではなく、心が、物に心を生むんだ。可愛いぬいぐるみを友達だと思っている女の子は、ぬいぐるみに心が宿っていると信じている。その心はどこから来たのか――それは、女の子の心が生んだんだよ。つまり、人が愛着をもった瞬間に、物に心が生まれる……。テレビなんて言う電子機械も、何十年もリビングに居続ける事で、家族の一人になった。インターネットも、そろそろ、家族と認めてあげても良いのかもしれないね」

 鍋島は、こうも簡単に英章が受け入れるとは考えていなかった。これまで、沢山の人に否定され、異端児扱いされてきた経験は、その鍋島にさえ――極めて論理的な彼の中にでさえ、固定観念と言うものを生み出すのだ。

「勝厳寺は、お寺だけではなく、管理者のいない近所の神社の神事も行っているので、神道とはかなり近いお寺だよ。確かに、日本では仏教と神道は密接に絡まっている。僧侶だからと言って、神道の考え方を否定する人は、日本にはいないだろうね。そろそろ、インターネットを家族にか……インターネットが、なんだか、不憫に思えてきたよ。よし、家族に加えてあげよう」

「……では、インターネットを利用して、どこでも神事、仏事に立ち会えると言う事で……」

「そうだ、鍋島が、インターネット神社の神主をやりなよ。でも、カタカナの神社はちょっと好みじゃないな。電子的精神空間神社ってのはどうだい? いっその事、心を持った、電子製品の仏事、神事もやってあげようよ。アイボのお葬式をやってあげたいと、僕も思っていたんだよね。本当の子供の様に思っている人がたくさんいるからさ」

「そんなに簡単に神主にはなれないだろう。それに、俺は忙しいんだ、やらないといけない事は、これからもっと増える……」

「簡単ではないさ。でも、協力者はいると思う。僕は、雅楽のサークルに入っていてね、笙をやっているんだ。神主さんの知り合いは多いよ。今度話してみる、きっとみんな興味を持ってくれると思うよ」

「雅楽か……いろいろやっているんだな。しかし、話が膨らみすぎるから、そこは、大野英章に任せよう。話を続けるぞ。檀家は移動すると言う所に話を戻す。だから、引っ越しとともに、お墓も簡単に引っ越せるようにしてやる。ニーズに対応するために。そして、インターネットで仏事、神事に立ち会える事にする。遺骨を移送しやすい形に変える。今の骨壷は取り扱いが大変だ。移動するにも、保存するにも……だから、カード型にする。RFIDを仕込んだ、カードに遺骨を埋封する」

「遺骨をカード型に……否定はしない約束だが……。わかった、それで、良い事があるんだろうな。ところで、RFIDってなんだ?」

「カードに、遺骨の持ち主の情報を埋め込める……それだけ覚えてくれ、十メートル範囲内ぐらいならば、すぐにどこに遺骨があるか見つける事が出来る。遺骨に比べて、保存が楽になる。狭い場所にでも、沢山の遺骨を置ける。ピッと探して、すぐに取り出せる。移送も軽くて小さいのでゆうパックで遺骨と書いて送れば、数百円で日本中に移送できる」

「宅急便で遺骨が送れるんだ?」

「知らないのか? ニーズがあるから、できるようになったんだろうよ」

「うーん、それはどうなんだろうなぁ……まあ……分った。でも、それでは、過疎化の話が解決できないぞ。みんな都会へ行ってしまって、勝厳寺の檀家はいなくなってしまう」

「引越しを簡単にするだけならな。しかし、実はそうならない。お墓の移動が自由になったとき、どこへ移動するかといえば、自分の近くへと考えがちだが、簡単に移動できる……であれば、どこにあっても良いと人は考えるはずだ。すぐに移動できるならば、今、一番条件のいい場所へ――その条件のいい場所とは、勝厳寺だ。現在の寺へのニーズを満たした勝厳寺を作る事ができれば、世界中から檀家が集まってくる」

「まだ、ピンと来ないな。もう少し具体的な話をしてよ」

「勝厳寺が神事、仏事のクラウドサーバーになるようなもんさ」

「ぜんっぜん具体的じゃない」

「ではそろそろ、本題に入ろうか……」





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