第17話 株式会社日和花道


「そろそろ、具体的な話に入ろうか。勝厳寺が行うサービスを一覧にしよう」そう言うと、鍋島はノートに計画を書き出した。

「なんだか、いっぱいあるなぁ。こんなにやりきれるのかい?」

「いっぱいあるように見えるが、やる事は、見た目のそれほど多くは無い。もちろん、人手が必要だから、雇用したり、設備を借りたりする必要はあるがな」

 英章は、鍋島が本気である事が、だんだんと分ってきた。これは、本格的な事業計画書だという事が、素人の英章にもわかった。

「人を雇ったりするお金は無いよ。三百万円でできる仕事じゃないと思うけどなぁ。それに、ネットワーク化って――ITって言うの? 凄くお金がかかるんだろ?」

「お金の流れは既に計算済だ。お布施をポイント化する事でまかなえる。それに、ネットワークの構築はすでに終わっている。基本システムは俺が作ったんだ。あとは、運営、保守のランニングコストさえ捻出出来れば問題ない」

「すでに作ったって、そんなに簡単なものじゃないだろ? そんなもの、いつの間に作ったのさ」

 英章にとって、ソフトウェアの世界は皆無に等しい。例え、教え子であっても、この分野でお株を奪う事は間違いなく出来ない。しかし、それが、返って鍋島の話をスムースに聞く材料になった。

「五年ほどかけて作ったシステムだ。簡単ではなかったさ。五年前の俺には、悩みがあってね、それを解決していくうちに出来上がってしまったシステムだと言っても良い」

「鍋島にも悩みがあるんだねぇ。悩み事を解決していくうちに出来上がるシステムってどう言う事なのか、さっぱり分らないけど」

「実は、思春期の俺には漠然とした不安があった。『俺はどこから来て、どこへ行くんだ』と言うね。自分のルーツを抹消したかった俺は、消してしまったらしたで、今度は宙に浮いてしまった。でも、それを模索しているうちに、神道と出会った。日本人のルーツは、神話につながると言う事を知って、どこから来たと言う悩みが解消された。何とも接点がなく、宙ぶらりんになっていた俺の人生は、それまで、ふわふわ漂うばかりだったんだ。まるで、幽霊船の様に、広い海を漂っている様な気持で毎日を過ごしていたんだ。でも、神話と言う港に、碇を下ろす事が出来た。どこから来たかと言う事がわかれば、どこへ行くかは自分次第で決められる。自分が今どこにいるかがわからなければ、真っ白な海図を、やみくもに突き進んで、自分の軌跡だけで海図を埋めて行くしかない。もし、自分の目的地がハワイの様に太平洋の真ん中に浮かぶ、絶海の孤島だったのなら、まずたどり着くはずはない。でも、分ったのさ。俺の真っ白な海図は、日本地図に繋がったんだよ。言っている事がわかるかい?」

「思春期だったって……今でも、十分に思春期真っ只中だろう? でも、言いたい事は解るよ。僕も、同じだった。誰もが抱えている漠然とした悩みだろうね。悩みと言うより、迷いと言った方が良いだろう。自分とは何者か……。きっと、古代の哲学者も同じ事を考えていたろうね」

 英章は、鍋島の人間的な部分を始めてみたような気がした。これまで頑なだった鍋島の心は、どういう理由なのかはわからないが、少しずつ柔らかくなってきているのかもしれないと。

「それで、出来上がったシステムってどんなものだい?」

「簡単に言ってしまえば、日本人全員の家系図作成ツールさ。自分のルーツをたどっていくと、誰かのルーツと必ず重なる。血筋だけでなく、ある集団に属していたり、ある仕事を行っていたり、人間は、何かしら、誰かとのかかわりを持って暮らしている。今は、仮の人工知能データを数万人分入れてあって、シミュレーションしているが、あらかた目処が付いて来た。人間は、否応なく、人とつながる事になり、また、人とつながる事を欲していると言う事が分った。問題は、その場をどう言う形で提供してあげるかだ。このシミュレーションを実践してみたくなったのさ。だから、大野英章にこの話を持ちかけたんだ。お寺には、戸籍よりも古い家系図が残っているだろう? 後は、生のデータを打ち込みさえすれば良いんだ。その為には人手が必要。そして、お金が必要だが、お金は足りない。じゃあ、作業者には自前で稼いでもらおうと思ったんだ。彼らには、墓守コンシェルジュと言う名前を付けた」

 鍋島は、自分が言っている意味を、本当の意味では理解していなかった。『人間は、否応なく、人とつながる事になり、また、人とつながる事を欲している』と言う言葉は、決して他人事ではなく、自分にも当てはまると言う事を理解していない。

「日本人全員の家系図を作るって言うのはおもしろいね。それは僕もやってみたいよ。でも、お金が儲かる様には思えないけどね……。あと、墓守コンシェルジュって言うのは、良くわからないな」

「墓守コンシェルジュは、このシステムの中で最も重要な存在だ。彼らには、墓参りの代行をしてもらう。忙しくて、墓参りに行けない顧客の代わりに、墓の掃除や、花やお供え等をやってもらう。希望者にはインターネットで生配信して、一緒に墓参りをしてもらう」

「でも、その人たちを雇用するお金は無いよ」

「その通り、だから、彼らは常用で雇用できない。その代わり、副業として魅力的な仕事にしたいと思っている。仕事がある時に、やった分だけ収入が入る。彼らに支払う給与は、中間マージンを取らない。墓参りを依頼した人が支払った分を全てコンシェルジュに支払う」

「それは素晴らしい事だけど、お代を頂かないとやっていけないよ」

「公益性の高い仕事内容だからな。利益追求は返って反感を招く」

「そんな理由なのかい? しかし、言っている事はもっともだし、僕もやりたいと思う気持ちが増すよ。コンシェルジュさんには良質な仕事を沢山やってもらいたいね。やっぱり、できるだけ、高額の給与を払わないと」

「ただし、顧客には会員費を払ってもらう。年間三千円程度ならば、払ってくれるだろう。言いかえれば、年間三千円で、お墓参り代行のマッチングを行う仕事とも言えるな」

「なるほどね、だったら納得だ。あと、どうせなら、コンシェルジュさんにはもっと沢山仕事をしてもらおうよ」

 英章は、だんだん楽しくなってきた。(鍋島は、変わり者の天才児だと思っていた――確かに、話す内容は突拍子もないが、それは、僕の固定観念が邪魔をしているからなんだ。目の前にいるのは、ごく普通の男の子……それから、ビジネスのパートナーになる、大切な存在だ)

 二人とも、自分が変わり始めた事に、まだ気が付いてはいない。人間は、否応なく、人とつながる事になり、また、人とつながる事を欲しているのだ。

「この仕事は全国区になる。コンシェルジュに依頼があるのは、勝厳寺だけではなく、なんの事情も知らない、普通のお寺へお墓参りに言って欲しいと言う事だったりする。だから、そのお寺の住職に内容を説明して理解を得る必要がある。そして、日本の家系図の情報公開もお願いする」

「なるほどね。理解を得るのは、大切な仕事だね。まあ、檀家さんからの依頼なら断れないだろうけど……。でも、家系図の方は個人情報も絡むから難しいんじゃないかな。故人には適用されないかもしれないけど、理屈じゃ通らない人も多いだろうから……でも、ここは、懇切丁寧に説明するしかないだろうね。みんながルーツを知る事で、自分のアイデンティティを高めたり、ご先祖様を大切にする気持ちを育ていたりするんだ、と言う事を」

「もちろん、ネット上では名前なんかの個人情報は掲載しない。会員同士もハンドルネームしか分からない。それと、昔は住職が行っていた、村人の悩み相談の代行もしてもらう。それに応えられるぐらい、彼らには教養を積んでもらう。自分の地域の歴史や特色のレポートもしてもらう」

「なるほど、いいぞ、楽しくなってきた。日本人総家計図の使い方が判ってきたぞ、『人間は、否応なく、人とつながる事になり、また、人とつながる事を欲している』、だったっけ? 例えば、ある二人のご先祖様同士が、同じ時間、同じ場所で、同じ悩みを抱えて生きてきた。そして、それぞれの分岐点に立って、さまざまな選択を強いられて、今日現在、二人は、こんなに離れた場所に立っている。ある人はお金持ちになり、ある人は貧しい生活を強いられているかもしれない。そこには絶望感もあるだろうけど、でも、逆を考えれば、自分にも、お金持ちになるための選択肢があった、これから正しい選択を行っていけば、きっと僕にもお金持ちになれる道がある。そう考える事もできる。それを良い方向へ導いていくのが――宗教か……僧侶や、勝厳寺大学で育った墓守コンシェルジュがそれをサポートしていくわけだな。なんだか分ってきたよ。でも、そんな、有能な人材が沢山集まるかな? これが一番大変なんじゃないのかな」

「その通り、だから、優秀な人材を集めるのではなく、優秀な人材を育てるんだ。育てるのは、大野英章が教壇を取る、勝厳寺大学だ。もちろん、生徒には学費を払ってもらう」

「え? 僕が大学の講師をやるのかい? 自信が無いなあ」

「これは俺には出来ない事だ。やってもらわなければ困る……教えるのは、お墓参りのやり方や、お釈迦様の教えや、神道の祭事など、日本人の根底に深く根付いている文化の価値を伝え、心豊かな日本人を作る事だ。つまり……」

「つまり、信仰を広めるって事か、生徒さんに学費をもらって、布教活動を行なうわけだ」

「乗ってきたな。その通り、何かひとつを行なうときには、別の何かを一緒にやってしまえないかを考える事が大事だ。原価は変わらず、売り上げが二倍になる事もある。お金をもらって布教活動と言うと、聞こえは悪いが、実際には学費の支払い期間をずらしてやる。つまり、コンシェルジュとして働き始めたときから、学費を払ってもらう。そうすれば、人材も集めやすい」

 自然と二人の会話のテンポが上がってきた。異質な二人のセッションは、ジャズに例えるなら、スウィングしていると言っても良いのかもしれない。鍋島は、英章の様に自分が楽しんでいる事に気がつけていない。彼は、この短い人生の中で、何かを楽しんだ事があっただろうか――もちろん、あったのだが、全ては厚い壁の中へ閉じ込めてしまっている。この壁が壊される日は来るのだろうか。

「でも、それじゃ、初期に支払うお金が足りないんじゃないかな。もちろん、僕は無償で良いけどね」

「いや、大野英章にも、しっかり給与を受け取ってもらう。間違えないで欲しい。これは、仕事であって、ボランティアではない。俺は俺の対価をもらうし、プロとして働いた人間は、その対価を受け取らなければならない。もし、大野英章と同じ仕事をしいて、ちゃんと対価を受け取っている人がいるとする。そこで、大野英章が無償でやりますと言い出したら、その人はどう思う? プロとして、人間としての価値を無にする行為に等しいと、俺は思う」

「わかった……その通りだ。特に、日本人は、物になっていないもの――デザインや、知的財産にお金を払う事に慣れていないなぁと、僕も思っていた。デザイナーやっている友人がいたら、ちょっと、自分のホームページの壁紙書いてくれる? とか、何の罪悪感も無く、言ってしまうものな……。僕も、それと同じ事をしようとしていたわけだ。反省するよ。で、どうやって、僕にお給料を払ってくれるんだい?」

「まず初めに行なうのは、世界同時永代供養だ」




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