第22話 やりすぎ

 羽田に到着した理沙は、菅野に手を引かれるままに、走っていた。初めての東京に胸を膨らませていたが、周りの景色も見ることができないほど必死になって足を運んだ。とにかく走り続けて、自分が何処にいるのかなど、見当もつかないが、どうやら、テレビ局へ向かっているという事はわかっていた。道すがら、菅野が事務所の社長と話しているのを聞いたからだ。社長は、何かしらのトラブル対処のため、今、テレビ局にいるらしい。

 空港からのモノレールを降りた後、何本も電車を乗り換え、タクシーに乗った。理沙は、やっと、一息ついたが、気力も体力も限界だ。東京の人ごみは、上京してきたばかりの人間から、惜しみなく体力を奪って行く。どうやら、もう直ぐ、テレビ局へ着くらしい。

「理沙ちゃん、もう直ぐ社長に会わせるからね。ずいぶん遅い時間になっちゃったけど……ところで、理沙ちゃん、何歳だっけ?」

「七月で十八歳になりました」

「あら、セブンティーンは終わっちゃったのね、でも、とっても良い事だわ……その制服、かわいいわね……ところで、お化粧とか……した事無いの?」

「お化粧は無いですね……あんまり興味も無いって言うか、佐賀にはお化粧して出かけるところもあまり無いって言うか……」理沙は、なんだか雲行きがおかしい事を察知していた。菅野の言動や、目線に違和感を感じていた、そう、社長との電話を切った後からだ。

「菅野さん……どうかしたんですか?」

「それがね……社長がトラブルの対処のためにテレビ局入りしてるんだけど……うーん、なんだか、言いづらいわねぇ」

 やっと、タクシーがテレビ局へ到着した。菅野は電話で社長に到着を告げると、また、理沙の手を引いて、入り口のほうへ駆け出した。

「理沙……ちゃん、はあはあ、あのね……ふう」

「菅野さん、走りながら話すの止めませんか?」

 エレベーターホールへ入ると、丁度エレベーターのドアが開いた。さすが、東京のテレビ局のエレベーターは到着を告げる音も都会的だ、ポーンではなく、フォーンと鳴った。菅野は、エレベーターに駆け乗ると、呼吸を整えて、理沙に言った。

「実はトラブルというのは、うちのタレントさんが、駆け落ちして行方不明になってしまったの」

「え! 駆け落ちですか……?」

「そう、そんな事もあるものねえ、でね、社長が別の子を用意しろと言うんだけど、どの子もスケジュールがNGで、前例は無いけど、急遽代役を探し出したのよ」

「そうですか、それは良かったですね、じゃあ、社長さんも、これでおうちへ帰れるんですね」

「そう、そうよ、理沙ちゃんって、ほんっとに良い子ねぇ。良い子だから、もう言っちゃうけど、見つかった代役って言うのは、理沙ちゃんなの。もちろん、社長の面談でオッケーが出たらだけどね。もう、そのまま制服で出ちゃうわよ。お化粧は私がしてあげる! 元メイクアップアーティストなのよ、これでも!」

 理沙は、神様には不思議な力があって、近道をさせてくれているのだろうと思っていた。しかし、あまりにも急ぎすぎではないだろうか。あまり急ぐと、スピード違反で捕まっちゃうよ――そう心の中でつぶやいた後、心の声が零れ出た。

「オーマイゴッド……神様やりすぎだって!」

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