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長い旅のあと、砂漠は海になる。わたしは暗く荒れた海にほつりと浮かぶ駅のホームで、雨に濡れて待っていた。
自分のかかえていた砂漠はもう、はるかこの海の底にあり、わたしの知らないさみしいいきもの達がそこでうごめきはじめている。雨とつめたさにすこしふるえながら、その深海の風景を、わたしはわたしの胸になじませている。……今にも、大きな魚達が、わたしのいる真下のあたりにまで来ている……
ホームには、骸骨が一人、二人、……四……七……十一、……集まってきた。
……あなた達は、たたかいを終えた人達ですか……あなた達は、どこかにやすらかな国があるのですか……? あなた達は……
向かいに、もう一つここよりおおきなホームが浮かんでおり、骸骨は皆、海にうっすら浮かぶ道筋を辿って、そちらへ歩いていく。わたしも……つめたい波に、足の指がさらわれていく。そこから、わたしの組織も、血も……すべて……
電車が来ていた。骸骨達はもう、ほとんどが電車に乗り込んで席にかけている。電車は、長い、幾輌もの列車で……今、いちばんうしろの車輌から、最後の二人ほどの骸骨が乗り込んでゆくところだ。わたしも、あれへ乗ろう……
車内は、暗かった。灯かりのついている様子はない。電車は、とても深くて、青いところを走っている。今、雨は電車の中でふっていた。乗客は皆、傘をさしていて、俯き、帽子やコートの影に隠れて顔はよく見えない。電車の動きでゆっくりと、ゆれている。雨の音と、ガツン・ゴツン……という電車の音以外何も聞こえず、喋りかけるものもない。それは、したしさのように思えた。
わたし達は、それぞれの砂漠を越えてきた。だれもその旅や、それまでの旅を知らないし、砂漠は失われてさみしいいきものの住処になってしまった。そのことをここにいる皆は今静かに受け入れていて……ああだけど、わたしのポケットには、まだ遊園地のチケットがあった。はじめから古びていて、入場の期限など書かれていないそれが…… ……急に、電車の中のすべてがよそよそしくなった。ガツン・ゴツン・……とつぜん、すべての座席の骸骨達はぼやけたまっ黒の影絵になって、とまってしまう。電車もとまる。
するとわたしは、仄かな灯のひたひたとともる、ひと気のない狭い地下道で、まっ黒い人達が傘をさし雨にうたれ列車に乗っている、そんな剥がれかけた一枚の絵を見つめていた。
ガツン・ゴツン……どこか上の方か、いやもっと下の下の方で音が響いて、すぐに遠ざかっていく。そのあとは……もう何も聞こえない。かすかな風の流れを感じ、わたしは長い、長い地下道をただ歩いていった。
*
曇り硝子にぴと線を引くと、ネオンに輝く、明るく巨大な夜の街……たくさんの人が、ライトにてらしだされ、踊り、舞っていた。音楽は、硝子に遮られてまったく聞こえてこない。
わたしの周りは暗くてよく見えない。あいかわらず、こちら側では雨がふっている。……
ガツン・ゴツン……
遊園地がもう、間近なところまで来ている。
会いたい……だけれど、もう、わたしも遊園地もきっと、かたちがかわってしまっている……
遊園地へ……
(初出「ユリイカ」2009.1月号)
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