短編

恋人の骨

(1)恋人達のいる丘

 僕の恋人は、すらっとして背が高く、長い髪、顔立ちも整った人で、ある家のお嬢様である。普段はとくにいわゆるお嬢様らしい格好をしているわけでもないけれど、育ちのよさ、上品さはにじみ出ている。この日のデートも、ジーパンに薄いシャツというラフな格好だった。

 僕らは川辺の丘にある公園に来ていた。とりとめのない休日のデートにとりとめのないやりとりや会話が、今の僕にとっての幸せだし、彼女にとってもそうだろう。二人はすでに思い込みとか勘違いを越えたところで、明らかに、お互いをわかり合えていた。

 

 

 *

 

 今は夕暮れも過ぎようとしている。ちろほろと浮かぶ雲には黒と橙が入り混じって、その合い間あちこちに薄い星が出ている。

 二人は緩い傾斜の草地に寝そべって、しばらくの間それを眺めた。もう一度起き上がった時には既に暗くなって、丘から見下ろす鈴鹿川は、こちら側の岸から随分遠くの向こう岸まで、一面黒っぽい水を湛えて流れているのだった。岸部の草の色には、まだ所々橙が残っていた。

 この二人以外にもあちらこちら恋人達が、川辺から傾斜の上の道路にすぐ近いところまで、たくさん肩を並べている。どのカップルも今は、顔も色も見えなくて影絵のようだった。

 夕暮れの終わりの静けさに響いていた川のせせらぎを掻き消すようにして、重たい飛行機の音がする。僕はまた寝転んでみる。飛行機は見えない。ゴウゴウゴウと、何か気味の悪い生き物が遠ざかっていくようだった。

 僕が体を起こしてみると、彼女はうつむいたまま動かない。僕は何故か、正面から彼女の顔を覗き込むのが怖くて、背中に回ってそっと横顔を見たのだ。

 彼女の長い髪がすふっと浮いた。

 彼女は目を閉じていて、鼻から流れた血が流れを止めて固まっていた。口元にも小さく血がこびり付いていた。

 あたりはもう、今やとうとう日が暮れて真っ暗く、影絵の恋人達は皆、風が草を揺らす斜面に無造作に並べられた、動かぬ大小の黒い岩にすぎないようだった。

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