金魚掬いの夜は更けて

 夜の闇に輝いている――

 

 

     *

 

 

 一本道に、無数の屋台が見えた。

 金魚掬いのはじまりだ。

 屋台のおじさんはいない。

 どれも、金魚掬いの店ばかりが、延々と並んでいる……

 


     リ、チリン、リ……

     風鈴がゆれた。


 

       どこか荒んだ枯れ草の原で

       つよい風が

       雨まじりで吹きあれている。

       細い木々が

       倒れそうになりながら

       寒い雲で覆われた空を見あげ

       所々ぽつり

       ぽつりと 立っている。

 

 


  あか、き、しろ……あるびの……くろ……

  いろいろと泳いでいたんだなァ。

  ぼくは知らなかったよ。

  いなくなったと思っていたら、こんなところで群れていたなんて……

 

     リチリチリン……

 

 

  ぼくの頭のすぐ上を、やあらかな尾びれをゆらゆらしながら、

  今も通りすぎている。

  ぼくは色のはげおちたりしてる青っぽい水底を、歩いている。

 

   はは、いっぴきすくわれていったや。

   あんなにまあるいめをして。

   ひれとかえらとか、ひっしでぱたぱた、ぱくぱくしながら、

   そらへきえていった……


 

   (もう、戻って来ないな……)

 

   ほかのはこんなにゆうがに泳いでいるから、

   さっきのやつまぬけみたいに思ったけど、

   すこしあわれなくらいだ……




       ぼうぼうと風吹きすさぶ

       枯れくさ草原

       草は皆、なぎ倒され

       ちぎれて空へ去っていくものもある。

       なにより つめたいだろう……

 

  

   水の中はとても静かだ。

   さっきまで泳ぎ廻っていた魚達も、もうどこにもすがたが見えない。

 

   空には、波紋のひとつもない。


   皆、一体どこで眠っているんだろう。

 

 

     チリ、チリンリン……


 

 夜の闇にまたたく、屋台立ち並ぶ一本道を、一陣の風が吹きぬけた。

 …… …… ……

 一つ路地をそれたら、どこの町へ出るだろうか。

 家並の影はまっ黒くつらなっていて……


 

     ……チリ……ン……

 

 

   水の底は、なんの音も聞こえない。

   ぼくはひざをかかえ、

   ひざに顔をおしあてて、

   すわり込んでいる……

 

 

       ふいに、つよく風が吹いた。

       いろんなもの達は

       戻って来ないだろう。

       枯れ草野原に吹く風は

       いつも雨まじり。

       空は暗く

       重たい雲でいっぱいだけど

       もう、旅はおわって

       夢を見ることは

       できないのだろう。

 



       だれかが風に倒れ

       また倒れそうになりながら

       風景の中を歩いていく……

 







  

   (あか、しろ、……くろ……

    ……でめきん、めんたまとーれた……

    あっちのは、みてご覧。おびれが曲がってら。

    …… ……




*「現代詩手帖」2008年10月号掲載

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